君と僕と向日葵と
いつもどおりの朝、俺は走っていた。
いつもならば学校に着いていてもおかしくない時間だが何故か今日は遅れた。
叱られるのを覚悟の上で教室に入る。案の定、入ったとたん担任の怒鳴り声がした。
「お前はもう、2年生になったんだ。これからのことだって・・・」
長々と続く説教にも終わりが来るはずだと考え気怠そうに話を聞いていた。
やっと説教からも逃れ自分の席に着くと後ろにいた友人に話しかけられる。
「珍しいな。お前が遅刻なんて。」
そんなことを言いながら友人はニヤニヤ笑っている。その顔に無性に腹がたった。気を紛らわそうと教室を見回すと見たことのない少女が座っていた。下を向いたままなので顔が髪で隠れてよく見えないが、背筋の伸びた、今時珍しい清潔感のある子だった。
授業が終わり友人に尋ねてみると転校生だと言っていた。
「ずいぶん遅いのな。何でまたこんな時期に?」
「そっんなこと知るか。本人に聞いてみろよ。」
そう言うと友人は足早に教室を出て行ってしまった。
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2ヶ月が経つといつの間にかその少女は居なくなっていた。
学校にいてもいつも教室で俯いて何かを描いている。覗いてみた女子に隠しながら誤魔化しているのを何回か見た。何となく気になり始めた俺は担任に住所を聞き出した。その時初めて名前を知った。
彼女の家に行くと母親らしい人が出てきた。話を聞くと彼女はいま入院しているらしい、だが何処の病院かまでは教えてはくれなかった。
ある日俺は部活で怪我をした。結構重傷らしく、手術をしなくてはいけなくなった。
入院手続きを済ませ母と二人で部屋に入る。そこは6体のベッドが並んでいた。どのベッドにもお年寄りがいた。ふと目に付いたのは頑丈に締めてあるカーテンだった。そこは自分の向かいのベッドだった。すぐ近くに居るお婆ちゃんに聞くと、女の子が居るという。たまにカーテンを開けていると何かを一生懸命描いていると言っていた。その時、ふと転校してきた少女を思い出した俺は、慣れない車椅子を必死にこいだ。外にかざしてあるプレートを見るとそこには俺の探していた少女の名が記されていた。
「近藤千香さん?」
思い切って話しかけてみた。返事はなく寝ているのかとも思ったがペンを走らせる音がしたのでもう一度呼んでみた。
「近藤千香さんだよな?俺、じ高校の末田だけどわかる?」
すると一瞬彼女が動いた気がした。少しの間が空きカーテンが揺れた。隙間から顔を出したのは小柄な少女だった。間近に見たことの無かった俺は案外幼いんだなと思った。
それから俺は積極的に話しかけた。最初は返事もしなかった彼女だが、だんだん心を開いたのか最近ではお婆ちゃんとかから編み物を教わったりしている。前までは見ることも出来なかった彼女の笑顔も見られた。
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俺の足も手術が終わり、退院まで残りわずかだった。
その日も二人で話していた。最近の彼女は少し話しただけでも疲れてしまうらしくよく眠る。何の病気かは聞いてないけど相当やばい事ぐらい馬鹿な俺だって分かる。
「亮ちゃんは、私がいつも何描いてるのか聞かないね」
突然不思議なことを言い出した彼女は、真剣に俺の顔を見ていた。
「何で?見せてくれるのか?」
こく、と頷くと隣の引き出しから何かを引き出した。それは少し小さなスケッチブックで、中を開くと、黄色い世界が広がった。中は向日葵が描かれていたのだ。
「私、もうすぐ遠いところに行くの。そこで、大きな手術をするんだって、もしかしたら死んでしま うかもしれないって先生が言ってた。」
そう話す彼女の目は、寂しそうにただ一点を見詰めていた。話題を変えようと俺が何で向日葵を描くのかと聞くと彼女はただ一言「私には無いモノを持ってるから」と答えた。その時は言っている意味がよく分からなかったが、切なさだけが胸に残った。
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それから何日かした朝、もう彼女は居なかった。その後俺も退院し、また元の生活に戻った。足を壊したためもう部活は出来ないと言われたがそこまでショックではなかった。退院した後もリハビリのために週に1度は通院していたおかげで、1年経った今では走れるまでに回復した。普通の高校生活を楽しむ反面気になっていることもあった。そう、彼女のことだ。
1年ぶりに彼女の家の前を通ると表札には「近藤」と描いてあった。一瞬息が止まった。それして何とも言えない気持ちが込み上げ玄関まで走った。焦った気持ちでインターホンを押すと少し待ってドアが開いた。出てきたのは彼女の母親だった。
「あら、あなた、、、末田くん?」
「あ、は、はいっ。」
いきなり名前を呼ばれびっくりしていると彼女の母は俺に入るように促す、リビングに通しソファーに座らせた。
「紅茶がいい?」コーヒーがいい?」
「あ、お構いなく。」
そう言うと紅茶のマグカップを持ってきた。彼女の母は向かいに座り話し出す。
「あの子に、会いに来たのよね?末田亮君だっけ?娘から聞いていたわ。」
「あの・・・。千香さんは?」
息をのみながら気に掛けていた事を打ち明ける。すると彼女の母親はニコと笑って、
「千香はまだ向こうにいるの。手術は成功したのだけどまだ心配だからと先生は言っていたわ。
リハビリも含めると少なくともあと2年間は戻れないの・・・ごめんなさいね?」
万が一の事も考えていたがその必要は無かった。俺は彼女が生きているというだけで涙が出てきたのだ。恥ずかしいというよりも嬉しい気持ちと安心したことの方が大きくて、もう自分が泣いている事などどうでも良かった。落ち着いたところで彼女の母親は思い出したように、引き出しを探り出し白い封筒を手渡された。
「これは?」
「あの子からよ。あなたに渡してって頼まれてたの」
中を開けてみると手紙と向日葵の種が数個入っていた。手紙を読んで俺は立ち上がった。
「ありがとうございました!また来てもいいですか?」
「ええ。いつでもいらっしゃいな。」
そして彼女の家をあとにした俺は一目散に掛けだした。目指すは俺の家の近くの土手だ。そこで種を植え、水をあげた。毎日欠かさず決まった時間に俺は水をあげた。
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一年経ち、大きな向日葵が3本咲いた。太陽のように大きかった向日葵はやがて俯き、枯れていった。そしてその向日葵の種をまた植えたのだ。自分の居場所を示すために。2年目の夏間近、俺は彼女の家に行った。
「これを、千香さんに渡してください。」
それは、向日葵のある場所の地図だ。それを驚いた様子で受け取る彼女の母親が俺とその髪を交互に見てから「わかったわ。」とだけいってくれた。
それから少しするとまた大きな花が咲いた。俺は何気なく毎年大きな花が咲くと写真を撮っていた。それは彼女に自慢するためだ。此処までやってきた自分が誇らしかった。
そして時は経ち、花たちが枯れていく頃になってしまった。俺の手元に残っていたのは向日葵の花と、花の写真だけだった。
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その日も俺は諦めずに次の種を植えるべく、枯れた向日葵から落ちた種を取っていた。すると後ろでカサッと草を踏みしめる心地の良い音がした。普段人目に付かないこの場所は人が来ることなど滅多になかったから、びっくりした俺は慌てて振り返った。
そこには、髪の長い女が小さな紙を片手にウロウロしていた。
彼女だ。
俺は一目見た瞬間わかった。彼女も俺に気づいたらしく話しかけてくる。
「亮ちゃん?」
「おせーよ。もう枯れちまったじゃないか。」
そう言っている俺の目には涙が溢れていた。彼女の方も小さく「ゴメン」と言いながら泣いていた。馬鹿な俺は結局、彼女が言っていた「私には無いモノ」の意味はわからなかった。そのことも教えてもらいたい、大学の友達の事や向日葵の写真の事、話したいことは山ほどあったがまず俺が放った言葉は
「お帰り!千香」
〜END〜
私は花の中で一番向日葵が好きです。
今回のネタはいつかこんな事書けたらいいなと思っており、実行してみました。
ホントは連載にしたかったのですが、今まで連載を書こうとして何度失敗したことか・・・(泣)
でも、この続編はいつか書けたらいいな何て思います。
此処まで読んでくださった方々。本当にありがとうございました。