町の案内をしてもらいました④〜なにやら因縁をつけられました〜
「必要と思った時って..」
(この町にいるのが耐えられなくなった時ってこと?)
こんなに優しい人たちに囲まれているのに、他に酷いことがあるのだろうか。
今はこんなに笑顔で親切にしてくれる裏で、何かとてつもなく大きなことを隠していたり、ほんとうは僕のことを嫌っていたりするのだろうか。
「なにそれ怖い」
思わず玉枝の口から飛び出した言葉に、ジヨッコがビクッと肩を震わせた。
「タマエ!貴方が辛い思いをすることは私がさせませんから!!京さまは違います。もちろんツクモも、私が補償しますから、大丈夫ですから..」
両肩を掴まれて、大きく摩られる。それだけで胸がいっぱいになって、泣き出したくなった。
「あの、だいじょうぶ..だから、ジヨッコさん」
ジヨッコの両手を離そうとするが、手には力が入らなかった。
二人の様子に京が目に見える様子で狼狽えだした。
「上手に伝えられる言葉が見つからなくって!他意はないの、ごめんなさい。ああ!ええと、わたしったら..」
目の前で大きく振りかぶられた頭に、
『この人は信用できる』という思いと同時に、そこまでさせてしまったという呵責を覚えた。
「態度がおかしくてごめんなさい。ジヨッコさんも」
僕も思わず頭を下げてしまう。そして上げた先にはジヨッコさんの泣きそうなーそれでいて慈しむような顔があって、
ぎゅうっと、抱きしめられた。
「良い人だねぇ。ごめんね。これから気をつけるよ」
ついでに京にも頭を撫でられた。悪い気はしなかった。
「お涙頂戴の場面は終わった?あ〜あ、体にノミがついちゃいそう」
・・・結果、一部始終を見守っていたセンリに冷水を掛けられて、小さな騒動は幕を閉じたのであった。
その後、外側を周り終えた次は内側の比較的大きな道を案内された。
先程までのセンリと京、ジヨッコと玉枝のペアで距離を空けて歩いていくのではなく、皆で団子のように歩いていく。
京とも距離が縮まったと感じていたが相手もそうらしく、4人入り混じった会話はとても弾んだ。
大きな道を軸に細い道が枝のように連なっている。
(大学のあった街とも実家とも違う、、『町』ってこんな感じなのかな)
生まれ育った森の中と大学のあった街中しか知らない玉枝にとってそこは新鮮だった。
(あとでこの町の地図がないか聞いてみよう)
ツクモあたりに頼んでみようかと思案していると、水車小屋が目に留まった。
水田に囲まれた一画にそれはあった。
一般的な農村で見る水車小屋だが、明らかに水がそこから流れ出していた。
クモ手の水受け板から透き通った水が落ち、それが小さな川となって秋に稲を刈り取られた田へと分かれ清流を運んでいる。
「家の中から水が流れてくるんですね」
「この町の水源ね。昔この土地を守護してくださってた龍神さんがとどまられていた場所っていう話」
「伝説、的なものですか?」
「その手の話はこの町にはごろごろ転がってるよ。いちいち反応しないでくれる?」
「急にセンリ冷たくない?」
「今はキッショウさんとクダンがここを守ってくれています。ツクモの仕事で顔を合わすこともあるかもしれませんね」
(キッショウさんとクダンさん。ツクモさんに迷惑をかけないように、覚えておかないと)
「よぉーし、今度は小川に沿って歩いてみよう!」
おー!と握り拳を元気に振り上げた京にセンリが続く。
「お二人は気が合うみたいなんですよ」
「ふふ、わかる気がします」
ジヨッコと歩きながら談笑していると、
目の端に、藍色のー丸くて硬そうなものが勢いよく飛び込んできた。
「うわーー」
「っっタマエ!」
バシン!
ジヨッコの鋭い声と同時に、こぎ見よい音を立てて固いものが地面に叩きつけられた音がして、恐る恐る目を開ける。
目の前には壁のように掌を大きく広げて立ち塞がる影があった。
「私、運動神経には自信があるんです」
振り返った京が誇らしげな顔で笑いかける。
逆光を受けて、光と影が交差する京はとてもーー
「か、かっこいい、、」
「え?」
目を見開いてこちらを見る京に、思わず口から漏れてしまった気持ちのことはさておき、お礼を伝えていなかったことに気付く。
「ありがとうございます。すごい、京さんがいなかったら僕どうなっていたことか」
「いやいやいやいやそんなこと」
京は顔の前で大きく両手を振る。首から上を耳まで真っ赤にして。
よく見ると受け止めていた手がほんのりと橙に色付いていた。思わず彼女の手を握ってしまう。
「ひゃう!たまえ、さん」
「熱を持ってる。ひりひりしませんか、痛いところは」
「いやいやいやいや、ないから」
「ぼくのためにごめんなさい。ありがとうございます」
あの玉は明らかに自分をねらっていた。
ここにきてから、好意的な人としか接していなかったから、油断していたのは否めない。
玉枝の背にひやり、と冷めた感覚がはしる。
忘れてはいけなかったのに。
微かに震えがはしる左手を右手で隠す。
「玉枝さん」
気がつくと、背を屈めて顔をのぞき込んでいたみやこと目があった。
僕の両手を彼女の左手がそっと握る、上からもう片方の手が添えられた。
胸を支配しかけていた冷ややかな熱量が静かに下がっていくのを感じた。
「ごめんなさいね、彼らは悪戯好きな民族なの。許してあげてとはいえないけれど、あなたにそこまでの害意がないことは保証するわ」
包まれている手に宿る温もりが、彼女の言葉をすんなりと僕の心に落ち着けてくれた。
そのまま京は言葉を続ける。
「ただーー冗談にしては調子にのりすぎだわ。きつーいお灸をすえてやらないと。
ーー二度とこんなことが起こらないように、ね」
一変して冷ややかな瞳になった京の横顔をみながら、僕の背中に二度目の冷や汗がはしったのは気のせいではない、はずである。
結果、高所から叩き落とされても傷一つつかなかった藍色の玉は、宮の親指と人差し指で中心から一筋の韻を入れられたのであった。
頭頂部が大分心細い小人の集団が、視界の端で小さくなって「おらの尻子玉がぁあ」「久しぶりに手に入れた逸品だったのにぃ」とうち震えている。
どうやら僕に向かって投げられた玉は彼らにとって貴重なものだったらしい。そんな大事なものをどうして投げたりするのか、僕には理解できないけれど。
「ちなみに、この玉に玉枝さんが触れると魂を吸われますよ」
それは、こわい。
「場合によっては反魂法を使わないといけないこともあります。反魂法は術者にもリスクがあるんです。そんなものを仕掛けてくるなんて、すっっっっごく迷惑な奴らでしょう?」
京の睨め付けるような声色で何人かの小人の足元が濡れてしまったようだ。
「はんこん、ほう、ですか。聞いたことあるような、なんか恐ろしいですね」
「でしょう?真希ちゃんが今いっしょーうけんめいがんばってる外界との親善を壊そうとする種族は追い出してしまえばいいのに、と真希ちゃんには再三言ってるんだけど、ねえ?」
京の流し目で一人、倒れ込んだ。
「もし次があったらどうなるかわかってますかあ?」
語尾でまた一人。
「あまつさえ玉枝さんになにかあったら...」
パ、キンと、藍色の玉は無惨にも宮子の指の隙間からたくさんの断片になって零れ落ちた。
かくして頭頂部の薄い小人たちは一人を残して宮によって撃沈されたのであった。
かろうじで崩れ落ちかけて耐えている小人に「ちゃあんと周知しといてね☆」と覇気を纏った笑顔を向けて、(背後からドサ、という音が聞こえたが)宮と玉枝はその場を後にしたのであった。
カッパーズとの邂逅
不安になった玉枝にジヨッコから送られたフォローに真希子(お嬢)が入っていないのは、ジヨッコにとって疑うべくもないヒトだからです。
ジヨッコさんは真希子の数多いる従僕の中でも依存度合いが重すぎるうちの一人です...