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砂海と巫女とサンドワームな俺  作者: 約間円
第一章 巫女と俺と砂海の骨王
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第八話 タアルマカン古代要塞に眠る闇

 砂海の夜は寒い。

 太陽に焼かれる昼とは裏腹に、乾燥した砂海の空気は温もりを拒むかのように冷涼だ。

 いつものように、少し遠くで煌々(こうこう)と夜闇を照らすかがり火を離れて。

 アイシャと俺は砂の上に佇んでいた。


「今夜で、最後だな」


「はい、そうですね」


 七夜の舞い。その最後の夜が終わり、儀式はつつがなく終了したようだった。

 儀式の全貌は老アサドだけが知るところだ。

 とはいえ彼の口振りによれば、この夜が終わることですべての準備が整い、明日。アイシャは封印のための生贄に捧げられるということらしかった。


 明日の旅の終着点。

 そこで何処へ辿り着き、そこには何が待っているのか。

 わからない。わかっているのは、どうせロクなことではないという事だけだ。


 にも関わらず、防寒衣を羽織ったアイシャの口調からもう迷いは消えていた。

 本当に強い娘なのだろう。

 だから俺も、余計な気遣いは捨てることにした。


「アイシャ、話がある」


「え? はい、なんでしょう……」


「アサドが言ってることは、多分嘘だ。あいつに孤児達を助けるつもりなんてない」


「っ!!」


「俺は首都で、嘘吐きや詐欺師を何人も見て来た。アサドはそれと同じ目をしてる。弱味につけ入るやり方もありふれてるって言っていいぐらいだ。あいつは善人でも、律儀に約束を守るようなお人好しでもない。お前はきっと、あいつに騙されてる」


 褐色の肌をした肩が跳ね、ようやく平静を得ていた表情が怯えに変わり。

 哀れなアイシャは一歩、二歩と、受け止めたくない現実から逃げるように砂の上を後ずさる。

 けれどそこで止めるわけにはいかなかった。

 それでは彼女を傷付けてまで、今ここで真実を示した意味がない。


「その上で、提案と――謝ることがある」


 ザラザラと、外殻の隙間を砂が滑り落ちていく感覚。

 身を捩るだけで砂を器用に掻き分けられる体が、ゆっくりと砂の中から全容を(あら)わにする。 

 白く長く、そして大きな分厚い甲殻を纏った純白の砂の蛇。


 (サンドワーム)は鎌首をもたげ、成長した体躯で少女を上から威圧的に見下ろした。


   ***


 助けること。それを変えるつもりはなかった。

 見てくれに怯えて逃げ出されたからといって不貞腐れるぐらいならはなから助けようだなどとは思わない。それに元々大柄なのだ。人間だった頃だって、助けた子供に泣き出された事ぐらいはある。


 だからああしてわざと脅すような真似をしたのは、アイシャの覚悟を確かめるためだった。

 怯えて身を竦ませた可哀想な少女を抱きかかえて逃げるのか。

 それとも、気丈に堪える勇敢な少女を先導して助け出すのか。

 

 それを決めておかなければ、どうなるにしても行動を決めかねる。

 とはいえ普通の町娘なら誰だって怯えて泣き出してしまうだろう。

 それを責めることはできないし、そうだとしても俺がどうにかするつもりでいた。


 だが、アイシャは――。

 


「見えたぞ、あれだ! すげぇ、本当にあったのか!」


 物思いにふけっていたところを、鋭敏な聴覚に飛び込んできた歓喜の声に叩き起こされる。

 並走する『砂海の継承者』の先頭を行くラクダを見ると、護衛の男が目を子供のように輝かせていた。


 その視線の先。

 七日間の旅の果て、アサドが目指した目的地。

 それは水と緑豊かなオアシスと共に蜃気楼のように現れた、巨大な要塞の遺跡だった。


   ***


「長いこと大砂海でガイドや護衛をやってきたが、こんな遺跡は見たことがねぇ! こりゃあ、アサド様が言ってたこともあながち冗談の類じゃなかったのかもなぁ」


「落ち着いてください、ハリル。護衛隊長のアナタが取り乱しては……」


 オアシスの中に築かれた、古代の要塞。

 正式名称をフェルグルド大砂海というこの砂漠地帯には、かつて栄華を誇った都市や国家の痕跡が至るところに残っている。老アサドによればタアルマカン古代要塞という名を冠するらしいこの遺跡も、その一つだろう。


 その朽ち果て、砂にまみれてなお偉容を放つ遺跡の中を。『大砂海を継ぐ者』たちは調査していた。

 先頭を行くのは最も経験豊富な、今回の護衛部隊の隊長を任されたハリルという男とその副官の女性。


 道中の砂海で現れたモンスター相手には危なげなく勝利してきた彼らも、見慣れない遺跡の中では興奮を隠し切れない様子だった。

 モンスターを警戒しながら広い石造りの遺跡を探索していく一団の後方を、アイシャは歩いている。

 その隣には、感情の読めない無表情の仮面を被った老アサドも連れだっていた。


 形ばかりの敬語と共に、無礼ともとれる言動をする護衛隊長のハリルをアサドが咎める気配はない。

 名目上はともかく、実際には腕の立つ者を金に物を言わせてかき集めただけなのだ。満足な仕事さえこなせば、細かいことにこだわるつもりはないのだろう。


 出発前には酔狂な富豪の老人が余生を使って風変わりな事をしようとしている、というのがアサドへの周囲の評価だった。自分の金を何に使うかは本人の自由であるし、少しばかりの旅に協力したぐらいで大金を支払ってくれるというのであれば止める理由もない。

 一晩ごとに行われる詩劇じみた儀式の真似事も、よくできているなと感心する者がほとんどだった。


 だがここに来て、実際に見る者を圧倒するほどの未発見の遺跡に辿り着いたことで。

 この老人は『何か』を知っているのかもしれないという期待が一団の中で高まりつつある。

 その空気を、アイシャは肌で感じていた。


 浮かれる周囲を余所に、類稀な美貌を持った少女は俯いたまま水晶に似た白い髪を揺らす。

 考えることも悩むことも無数にあった。

 カルカジャの街の友人たちのこと。これから行われる最後の儀式のこと。

 昨夜話されたアサドの嘘と、砂漠の精の本当の姿――。


 けれど。

 アイシャの思索は、さほど時間を経ずして打ち切られることになる。


「おい、待て……なんだ、この音?」


 護衛隊長のハリルが不審そうに立ち止まる。

 灰色の髪の女性副官が怪訝な顔をして彼を見たが、やがてその表情は焦燥に塗り潰された。

 先頭を行く護衛隊に、意味を尋ねる必要もなかった。


 重苦しく、不可解で、破壊的な――巨大な『何か』の足音が、全員の耳に届いたからだ。


「全員、逃げろ――ッ!!!」


 ハリルが後ろを振り向いて叫ぶのとほぼ同時。

 側面の壁が洪水のように崩壊し、姿を現した巨大な骸骨が、巨腕を振るって遺跡の侵入者たちを塵屑のように薙ぎ払った。

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