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砂海と巫女とサンドワームな俺  作者: 約間円
第一章 巫女と俺と砂海の骨王
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第七話 陽天と二夜

 それから二日間。

 日中には一団に同行しつつ獲物を狩り、夜にはアイシャの話し相手になるという日々が続いた。



 最初の頃ははぐれるリスクを気にしていたが、体のサイズが違ってもなお砂海ラクダとサンドワームでは移動速度に相当な差があるようだった。

 悠長に砂漠オオキツネと取っ組み合っていても、隊列の最後尾に追い越されることはめったになかった。


 サンドワームの聴覚を活かし、一団に対する調査も進めた。


 まず、老人の名はアサド。

 やはり一団の長として扱われているようだったが、この名は偽名の可能性もある。

 用心深い男のようで口数は少なく、この男については名前以上のことはわからなかった。


 一団そのものは、メンバーたちには『砂海の継承者』と呼ばれているらしかった。

 意外なことに、そのメンバーはアサド以外のほとんど全員が雇われらしい。


 半年ほど前から何度か人員募集の集会があり、同志という名目で楽士や護衛が集められてきたのだという。アサドは随分と金払いがいいようなので、ほとんどのメンバーは単なる雇用関係なのだろう。

 老アサドがアイシャに語ったという大砂海の奥地に眠る存在の封印など、半信半疑の者が大半のようだった。とはいえ十分な報酬が出るのなら、多少雇い主が怪しかろうとも依頼を受ける者はいくらでもいる。


 金払いがいいために、護衛の質も低くはない。

 比較的安全に大砂海を旅して大金が手に入るのならと、アサドや『砂海の継承者』への彼ら自身からの評価はそれほど悪くはないようだった。

 

「ま、誰だって金払いのいい雇い主のことは気に入るわな、っと!」


「クォォンッ……!」


 得られた情報をまとめ直しながら、頭突きの要領で獲物の腹に全力で衝撃を与える。

 獲物である砂漠オオキツネは何度かよろめき、最後には鳴き声をもらして砂地に倒れた。


 砂漠オオキツネの平均存在位階(レベル)は11。

 今もレベルの差は感じるものの、中型種のモンスターでもだいぶ安定して狩れるようになってきている。


 最高位にもなれば砂海を統べるとも言われるサンドワームとはやはりポテンシャルの時点で差があるのかもしれないが、砂の上での立ち回りや各モンスターの動きをある程度覚えてきたのも大きそうだ。


「悪いな、少しもらっていくよ」


 砂漠オオキツネの肉を今日の昼食にして、後は砂漠の生き物たちに任せることにする。

 黒玉虫を筆頭に、砂漠には死骸を綺麗に処分するモンスターが数多く生息している。

 ちょっとした食べ残しもまた、決して無駄にはならないのだ。



 二日間の、というより最初に『砂海の継承者』たちと出会った時から変わらない楽しみ。

 それはやはり、夜になって行われる七夜の舞いだった。


 真の芸術は時と場合を選ばず、どれだけ無教養な者の心をも揺さぶる力があるという。

 夜毎に演じられるアイシャの舞いは、まさにその領域へと達していた。

 アイシャ自身の置かれた境遇への同情や、狡猾な老アサドへの義憤。

 そういった負の感情が、彼女の舞踊を見ている間は綺麗さっぱり拭い去られてしまうのだ。


 (……すごいもんだよな。プロの踊り子だって、あそこまでできる奴は多くないだろ)


 例によって岩陰から覗きつつ、俺は感慨に耽った。

 天賦の才、というやつなのだろう。

 人間離れした領域にまで整った容姿もさることながら、足運びや腰の巡り、指先の扱い、果ては呼吸や瞬き一つに至るまでのすべてがアイシャの舞いに神秘と魅力を与えている。


 アサドにカルカジャの街を連れ出されてから少しの間、儀式のために舞踏を教わりはしたという。

 しかしそれだけであの域まで上達できる人間が、一体どれだけいることか。


 その日の夜の幕営地は、砂上に突き出た岩稜地帯だ。

 硬く平らな一枚岩の上で踊るアイシャは舞台に立つ本物の舞姫のようだった。

 それに岩窟のように屋根や天井代わりにはならないが、砂と違ってモンスターが潜めないという利点がある。


 ……まぁ要するに、俺も隠れにくい場所なわけだが。



「砂漠の精さんは、ドラゴンと戦ったことがあるんですか?」


「まぁ、何度かな。手も足も出ずに命からがら逃げ出したこともあれば、必死こいて首級を挙げたこともある。あと一歩で食われそうになった日の夜は、夢で何百頭のドラゴンに追い掛け回されてうなされたっけな」


「ふふっ……失礼かもしれないですけど、冒険者さんって、すごく楽しそうなんですね」


「ま、馬鹿な連中ばっかりだけどな?」


「あははっ!」


 七夜の舞いが終わればアイシャとは、他愛のない話をした。

 今の姿のことを隠しても、首都で冒険者をやっていれば話の種はいくらでもある。

 あまり多くの嘘をつかずに済むよう、昔の話はほとんどありのままに話した。

 どうやら気に入ってくれたらしい。神々しさすらあった無表情が年頃の女の子らしく笑う顔は、ちょっとした爽快感すら覚えるほどだった。


 やはり、その顔が一番いいと思った。

 例え万に一つ、老アサドの言った事がすべて事実だったとしても。

 こんな顔で笑える女の子を犠牲にして成し遂げることに、大義などないのだ。



 そして夜が明け、日が昇り、再び沈む。

 七夜の舞いが終わる最後の日。


ロック・リザードの頑強な皮膚を噛み砕いて、俺は今できるすべての準備を終えた。


『神託――個体名:グレゴリオ・ロイズ。種族:サンドワーム。固有技能:ランス・バッシュに成長。ツイスト・バインド。小流砂。サンド・ブラスト獲得。種族特性:砂泳ぎ。炎熱耐性。乾燥耐性。体殻成長。筋力増加(中)。耐久増加(小)。速度増加(中)獲得。体殻、中殻体に成長。存在位階(レベル)|:12に上昇。……越えよ、栄えよ、地に吠えよ』


そんな声が、聞こえた。

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