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砂海と巫女とサンドワームな俺  作者: 約間円
第一章 巫女と俺と砂海の骨王
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第二話 大砂海の巫女

『神託――個体名:グレゴリオ・ロイズ。種族:サンドワーム。固有技能:アロー・バッシュ。種族特性:砂泳ぎ。炎熱耐性。乾燥耐性。体殻成長。筋力増加(小)獲得。体殻、小殻体に成長。存在位階(レベル)|:3に上昇。……越えよ、栄えよ、地に吠えよ』



「お、また上がったか。やっぱり早いな、低レベルのうちは」


 頭の中で、半日ぶりに美しい声が響く。

 辺りはもう日が落ちて、大砂海には夜の帳が下りていた。


 砂海コウモリを倒してから半日ほど、俺はひたすら狩りを続けていた。

 戦いの感覚が懐かしかったからだというのもあるが、まずはこの体を使いこなせるようにならなければいつまた不意に襲われた時に命を落とすかわからない。敵は砂海コウモリだけではないのだし。


 孤立無援のこの状況では、頼れるものは己の強さのみだ。

 いつだかパーティーが窮地に陥り、たった一人で殿を務めて洞窟の中で虫型モンスターの群れを相手に大立ち回りを演じた時を思い出す。あの時は仲間がすぐにありったけの人員と装備を持って救援にきてくれて嬉しかったものだが、実はあの時も今もそれほど悪い気分ではなかった。


 自分の鍛えた技量と度胸、それと肉体に命を賭ける。

 それを好んでしまうのはどうしようもなく戦士の性分なんだろう。


 そしてその意味では、この聞き慣れた声が今でも聞こえることは素直にありがたいと思えた。


「神託の声。『生命』の女神様の存在上昇(レベルアップ)のご神託、ちゃんとこの体でも聞こえるんだな。冒険者の頃の技能が残ってないのと、話し相手にはなってくれないのは残念だけど。戦えばちゃんと成長できるってのは、ありがたい」


 それはこの広い世界に生きる人類なら、誰しもが享受している神秘の恩恵だった。

 何かしらの十分な経験を積めば、必ずこの声がどこからともなく響き、存在位階(レベル)が上昇する。

 そこには目に見えて何らかの能力の成長があったり、獲得した経験を言葉にしてくれていたりする。

 学者なら知力が上がるし、戦士なら筋力が上がる、といった風にだ。


 神託の声の正体が本当に『生命』の女神様なのかどうかは教会や神学者のみぞしるところだが、生憎と戦士の俺、もといサンドワームの俺にとってはそこにはそれほど興味はない。

 ただそのありがたみだけは普段から常々感じているので、何かあれば祈っておく。女神様万歳。


「さて……夜になって、流石に獲物も出なくなったな。今日はもう寝るか?」


 本日の狩りの成果は砂海コウモリを皮切りに、フェルグルド・ゲッコー、レインボウ・スネーク、夜玉虫などの小型かつ比較的弱い獲物である。

 ロック・リザードや砂漠オオキツネのような中型種、ナイト・スコーピオンや猛毒の毒蛇である死毒の(わたり)といった即死級の相手は避けてきた。


 ちなみにレベルが上がることで体格、もとい体殻も大きくなった。

 このモンスターを忌み嫌う人々がつけたサンドワーム、砂蟲の名の通りの小さな姿も、そろそろ手乗りサンドワームから腕乗りサンドワームぐらいには成長したのではないだろうか。


「まぁ鏡とかないから確かめようもないんだけどな……おや?」


 どうでもいいことを考えながらサラサラと砂の中を泳いでいくと(半日も経つとさすがに泳ぎ方も覚えた。柔らかな砂の感触といい、これが中々に気持ちがいい)遠くで何かが光っているのが見えた。

 

 どうやら茶褐色の岩陰の下で、何かが光っているらしい。

 しかしこんな砂漠の中で何が光っているのだろう。蛍にしては妙にゆらゆらと揺れているし、まるで誰かが焚き火でもしているような――。


「えっ、あ、焚き火! もしかして、人間か!?」


 そう気付いた途端、思わず体が砂を泳ぎ出していた。

 ざっぱざっぱと砂飛沫を立てながら、小さな体で豪快に砂の海を突き進んでいく。

 

 そして大した時間もかからずに、遠くに見えていた灯かりの下まで辿り着いてきてしまっていた。


「……って、思わず来ちゃったけどどうするかな。こんな姿で人間の前に出て行っても、悪くて討伐、よくて人語を話せるモンスターとして見世物小屋行きだろうし」


 とはいっても、丸々半日かけても人っ子一人見当たらない広大な砂漠で人間の痕跡を見つけられたのは嬉しい。興味本位も兼ねて、とりあえずは様子を見ようと決意する。


 はてさて、大砂海で夜営をする彼らは一体どんな人間なのか。

 隊商(キャラバン)? 旅行者? あるいは盗賊団とか?

 懲りずに絵物語由来のイメージで胸をドキドキさせつつ、岩陰からこっそりと中を覗き込む。


 そこでは――裸の美少女が、踊っていた。


「……っ!?」


 声を上げそうになるのをギリギリで堪え、どの予想とも異なるその光景をもう一度見直す。

 褐色の肌をした、神秘的な美しさの少女が砂の上で舞い踊っている。


 だが、その姿は裸身ではなかった。

 見事に仕上げられた黄金の装飾品と、炎の煌めきを放つ赤の宝石。そして透けるようなシルクの薄布。

 扇情的な踊り子にも似て、しかし厳粛な場の雰囲気と、何より彼女の放つ壮麗さがまったく違う感想を抱かせる。

 

 少女の独特な舞踏に気を取られていたが、周囲では円を描いて幾人もの男女が座っている。

 そのうちの十数人ほどは楽器を持ち、太鼓や弦楽器で少女の舞踏のリズムを作っていた。

 厳かな調子で、間延びした歌のようなものを歌っている者もいる。


 宗教的な儀式、なのではないだろうか。

 少女の一見扇情的なほどに肌を晒した格好は、一般人と神職者を区別するための装いの差にも思える。教会などでは神職者は極力肌を晒すことを避けるが、他国の宗教では神職者ほどかえって肌を露出させることもあるのだとか。

 こうした特殊な儀式の場では、特に。


 (神様に捧げる奉納の舞い、だったか? 謝肉祭なんかだと、確かに音楽と踊りで神様に感謝を示すのはわりとどこでもやってることではあるけれど)


 それにしても、その雰囲気は異様だった。

 いくつものかがり火に照らされ、広間のような大きな岩陰で何十人もの男女に囲まれ、人間離れした美しさを持つ褐色の少女が踊る様は、まるで神話の一場面のようだ。

 神秘性が高まりすぎていて、異空間にでも迷い込んだかのような錯覚が生まれてくる。


 いつの間にか、俺はその光景に魅入られていたらしい。

 一瞬にも永遠にも感じられる時間が過ぎ、やがて音楽が止まり、少女も踊りを終えた。

 

「七夜の舞いは、あと三夜。砂海の主に相応しき聖舞を捧げ給え、『大砂海の巫女』よ」


「……砂海と天陽、夜の星々に誓って」


一団の最奥に控えていた老人が踊っていた少女に声を掛け、少女が応じる。

そこまでが一つの儀式だったのか、少女の言葉が終わって少しすると、一団はばらばらと立ち上がり楽器などを片付け始めた。


 少女を除き、そのほとんどは全身を覆うゆったりとした布の衣服を纏っている。

 砂漠では直射日光を浴び続けると危険だというから、そのためだろう。絵物語や、かつて数回だけ大砂海を訪れた時にも似たような服を着ている人々を見かけた記憶があった。


 なんとなく手持ち無沙汰になってしまった俺はどうしたものかと岩陰で考えていると、『大砂海の巫女』と呼ばれていた少女がどこかへと立ち去っていくのが目に入った。


 この一団の正体にも興味はあるが、やはり一番気になったのはあの少女のことだった。

 少しだけ逡巡して、俺は少女の後を追うことにした。

 美人だったから……というのはまぁ、否定はできないな。

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