6. アホの子、健気な子、写真と神経衰弱
その日、リコは特に何をするでもなくベッドの上に寝転がっていた。
「ねえ、タクちゃん」
「ん?」
「ヒマ」
「そうか、がんばれ」
今日で何回目かわからないやりとりをしながら、趣味である知恵の輪に取り掛かる。
お、ここを通せばうまくいきそうだ。
「ひーまー」
なめくじのようなうごきで背中にはりつき、頭の上に顎をのせて頭頂部を刺激してくる。
「やめんかい。これでも食ってろよ」
おやつのポッキーを口に差し込んで黙らせる。
げっ歯類のごとくかりかりとかじられ、あっというまに飲み込まれていく。
「そうだ! タクちゃん、ゲームしようよ」
「なにをする? 対戦ゲーか? それともトランプか?」
「ふっふっふ、わたしの天才的なひらめきによって思いついたゲームがあるのだよ」
自慢げに胸を張るリコは、アルバムを持ってきてほしいと言い残し、リコ自身もベランダを伝って自分の部屋に戻っていく。
一階の押入れから引っ張り出し部屋に戻ると、リコも戻ってきていてその手にアルバムが握られていた。
なにをするのかと見ていると、おもむろにアルバムを逆さにする。ばさばさと写真が床に散乱していく。
「ほらほら、タクちゃんも中身だして、シャッフルシャッフル~」
後片付けが大変そうだなと思いながらも、母によって几帳面にならべられた写真をごちゃごちゃにしていく。
なにをするのかと聞くと、神経衰弱と言い出した。
神経衰弱といえば、トランプをめくって同じ数字を当てていくゲームのはずであるが、いま目の前にあるのは写真であった。
「お互いの写真をめくって、そこに写っているときの年齢が同じものをそろえていくゲームなのだよ」
「また、妙な遊びを思いついたな」
「もっと褒めてもいいのよ。ハンデとして、先手は譲ってあげる」
その自信満々な顔をぐちゃぐちゃにしてやるぜと思いながら、まずは自分の写真をめくる。
「あー、それ、小学校のころだね。なつかしー」
運動会のときのもので、紅白帽子をかぶってグラウンドを走っている自分の姿がうつっていた。
体操服のワッペンには大きく『4-1』とかかれ、10歳のときのものだとわかった。
リコの写真をめくると、そこには小学校の校門まえにオレと並んでいる姿が映っていた。小学校入学の看板が立っていて、胸には入学生用の花飾りがささっている。
「はずれか。それにしても、このころのリコはかわいかったのにな」
オレの服の裾を握りながら、後ろに隠れるように写っている。
目の前のこいつはというと、クラスでもいつも目立っている存在となっている。どうしてこうなった。
「さて、次はわたしの番だね」
リコがめくるとそこには中学校の学ラン姿のオレ、二枚目は中学の制服姿のリコだった。
「あったり~。わたしが先制点だね」
「ちょっと待て、まだ合ってるか確かめてないだろ」
「え? だって、これタクちゃんの中学2年のときのでしょ。ほら、まだ背がちっこいし」
子供の頃、クラスで並ぶと前列ばっかりだったのに、中学3年になったところで一気に背が伸びた。
「そういえば、そうだったな。ようやくリコの身長超えたんだったな。よく覚えたな」
「タクちゃんのことに関してはわたしが一番知ってるはずだよ。ああ、でもおばさんには負けるか。さすがに赤ん坊のころの記憶はないしな~」
それから、お互いに札をめくっていき、そして……
「まけた……だと……」
「ふはははっ、勝利~」
勝ち誇った顔でVサインをするリコ。
「じゃあ、罰ゲームね」
「ちょっと待て。そんなものあるなんて聞いてないぞ」
「やってもらうことはね~、決め顔でとった写メを送ること!」
いじられる。これは一生いじられる。
「取引といこうじゃないか」
こんなときのために撮っておいたこいつの恥ずかしい写真を見せる。
スマホに表示させた画像には、ベッドに寝ているリコの姿。ただし、目があいて白目というとびっきりの変顔であった。
「い、いつのまに、こんなものを……」
「罰ゲームを取り消せば、これを消してやる」
「むぐぐ、しょうがないな。じゃあ、ふつうに写真撮らせてよ」
リコは体をよせて、スマホのカメラに二人が収まるように一生懸命腕を伸ばしている。そんな姿をみていると思わず手がでてしまう。
脇をつっつくと面白いように反応し、撮れた写真はぶれぶれだった。
「ちょっと、やめてよ。ぶれちゃうじゃない」
「お、いい顔だ。一枚いただき」
怒ったリコの顔をパシャリと写真に収めると、写真の撮り合い合戦になりあっという間にスマホのメモリーが一杯になってしまった。
その後、メモリー整理をするために過去に撮りためた写真を眺めていると、一枚の写真が目に留まった。
リコが普通にベッドで寝ている顔をとったもので、気持ちよさそうに寝息を立てている姿が写っている。
こっちは、まあ、このままでいいかと思いながら、そのまま保存しておくことにした。