5. アホの子、健気な子、催眠術と子供あつかい
リコが50円玉に糸を通してオレの前に垂らす。
いったいなんのつもりかと思っていたら
「これから催眠術をかけます」
といいだした。
「それって、ふつう5円玉じゃないのか」
「50円なら効果も10倍だよ!」
得意顔で準備を始める。
あいかわらずこいつはアホなことばかり思いつくなとおもいながら見ていると、ごそごそとなにか本を開き始めた。
背表紙を見ると
『誰でもできる!今日からあなたも催眠術師!』とチープな書体でかかれた薄い本だった。
「えーっと、このコインを見ていてください」
目の前で50円玉がゆれ始める。
「あなたはだんだん眠くなります」
「ちっともならんぞ」
「眠くなります」
同じセリフをリピートしてくるので、効果がでるまで解放されないと諦め目をつぶってみる。
「やったぁ、効いたよ!」
薄めを開けてみると、喜びながら次のページをめくるリコの姿が見える。こいつの将来が心配になってきた。
「えっと、あなたの体は軽くなっていきます。今、体は宙に浮いています」
なにをやらせるつもりだよ。
さすがに空中浮遊をできそうもなかったので、手を浮いていく感じで上げてみた。
「あれ、おっかしーな、腕しか浮かばないや。まあ、いっか」
いいらしい。ほんとにこの子はこだわりというものがないな。
「体は元にもどり地面に戻りました。次は……なにしようか……。うーん」
ページをめくっていく音だけが聞こえる。そろそろ動いてもいいかなと、飽きてきた。
「よくわかんないし、もう適当でいっか」
パタンと本が閉じられ放り投げられた。どうやらこいつも飽きたらしい。
「では、立ち上がってそのままじっとしてください」
まだ続くらしい、よっこいしょっと立ち上がる。意識がない振りのために、顔はうつむいたままだ。
次は何をするのかと待っていると、ふわりと温かくやわらいなにかにつつまれた。
「いい子、いい子」
耳元でリコのささやき声が聞こえ、あたまをなでられる。シャンプーの臭いといっしょに甘いにおいが漂ってくる。
「へへー、いつも子供あつかいするから、お返しだよ」
なんだろう……、すごく照れくさくなってきた。頭をなでられるのなんて、幼稚園以来だった。
「はい、おしまい! タクちゃん、起きて」
リコは体を離すと、すぐにパンと手を叩いた。
これが催眠術を解くためのトリガーのつもりなのだろう。
「どうだった? あたしの催眠術」
「あー、うん、よく眠れたよ」
「やったね! 大成功だ」
いつもどおりの子供っぽい笑顔で喜ぶリコを見ていると、無性に頭をよしよししたくなってきたのであった。