4. アホの子、健気な子、壁ドンとあごクイ
いつもどおり部屋にやってきたリコは、定位置であるベッドの上で寝そべってゴロゴロしている。
しかし、いつもと違う点があった。
普段なら、子供の頃から二人で回し読みしている週間少年誌を広げているはずだった。
「なあ、なに読んでいるんだ?」
「ん? これ?」
リコが見せるのは少年誌とは趣のことなる雑誌だった。
表紙には『もてカワ女子の秘訣』なんてかかれている。
とりあえず、頭に手を当てる。
風邪は引いていないようだった。
「タクちゃん、どうしてお熱測ってるの?」
「頭大丈夫かと思って」
「あははー、元気だよー」
そういえば、こいつが風邪を引いたのって見たことがない。
「クラスのカスミちゃんにね、あなたは女子力皆無だから読みなさいって渡されたの」
クラスの友人の一人で、ギャルっぽい派手な見た目の女子だった。
ファッション誌なんて縁もなく、一体どんなことが書かれているのか興味がわいてきた。
オレもベッドに腰掛けて、リコと隣で一緒に読み始める。
「あごくい?」
ページにはイケメン男子が女子の顎に手を添えているイラストが描かれていた。
「タクちゃーん、これができる男子はもてもてなんだってさ」
「それなら、前やったじゃないか」
アレはたしか台所でのことだった。
学校から帰ってくると、台所に『冷蔵庫におやつのシュークリームがあるからリコちゃんと仲良く分けてね』と書置きがあった。
おやつの前にトイレにいってこようと、一緒に帰ってきたリコに声をかけておいた。
用をたして台所に戻ると、テーブルの上にはすでにシュークリームの乗った皿が置かれていた。
残りは一個。
もぐもぐと動くリコの口。
じっとその目を見ると、目が泳いだ。
「よく動く口だな。何個食べた?」
「い、いっこ」
「じゃあ、その口をアーンしてみろ」
顎をつかみ上げてにらみつける。
しかし、リコは咀嚼スピードをあげて、ごくりと飲み込んだ。
母が買ってくるシュークリームは4個入りのお徳用パックばかりである。プラスチックの透明なケースが、ゴミ箱に捨てられているのも確認済みだった。
「いいのか?」
「な、なにが」
「シュークリームの分だけ、さらにそこが増えるんじゃないのか」
リコの腹を指差す。
「だ、だいじょうぶだもん! ほら!」
顔を赤くしながら制服の裾をめくりあげ、おなかをみせてくる。やわらかそうな白い肌と小さいへそが見えていた。
思い出したらなんか腹が立ってきた。
「あのときのシュークリーム、返せ」
「えーっと、なんのことかなぁ~」
座ったまま手をついて、ずりずりと後ろにさがって距離をとろうとするリコ。
しかし、途中で手がすべってベッドに寝転がった。
「かーえーせー」
ベッドの上で横になったリコの顔の横に手をつき、肩を押さえつけて逃げられないようにする。
あ、なるほど、これがさっきの雑誌にのっていた壁ドンの格好か。
いや、床に押し付けてるわけだから、床ドンか。
「た、タクちゃん……、えっと……」
リコが頬を赤く染めさせながら、目をつぶる。
おい、寝るんじゃないよ。
ため息をつきながら体を離す。
「あれえ? 雑誌に書いてある通りにしたのになぁ」
リコが見るページには、壁ドンからのキスという流れが乗っていた。
それから結局飽きたのか、リコはいつもどおり少年誌のページをめくって笑い転げていた。