わからないが、正解。
良くある話かも。
…外からは野球部の声がする。西日が差し込む教室には、生徒と先生の二人だけ。二人の関係は…。
ばっしーーん!!
「なーにが、二人の関係だ!補習だ補習!ちったぁー、真面目に取り組んでるかと思えば何書いてんだ、てめぇは!!」
「叩かなくったっていいでしょ?!体罰よ体罰!」
「机叩いて何が体罰だ!お前の頭はどーなってんだ?!」
「まともな頭だよ!そして、可愛い、可愛い女子高生よ!先生とは違うの!ピッチピチなの!」
「今時の女子高生がピッチピチなんて使うか!ボケ!いいから課題やれ!」
机の上には、現代文のプリント。何かと最後にででくる設問が「この時作者は何を考えていたか。」。毎回知るか!ボケっ!ってつっこみたくなる。ツンツン、シャーペンで設問を突っついているのを見かねて、担任がぶつくさ言い出した。
「そこな。お前普通「今日の晩飯」って書くか?この前は「原稿料」だったし。確かに思ってるかもしれんが、普通考えれば、作品の中身の傾向から作者の思考を判断するだろ。」
「えっ、じゃぁ、設問を「この作品は何が言いたいのか」にすりゃいいじゃん。紛らわしい。」
なんだ、設問がまちがってんじゃん。私悪くない。つい解答欄をぐしゃぐしゃに塗りつぶしてしまった。
「いやな、そこを読み取るのも必要だってことだ。」
「そんなことわからんし。設問にまで気を使って考えるなんてバカらしいっしょ。」
「それで毎回補習になってるお前がバカだろ。」
「お前いうな!セクハラだ!」
「はいはい。ほんと、現代文だけだめだよなぁ。あ、もしかして俺に気があって二人っきりになりたいとか?」
ニヤニヤしていう担任に、一瞬言葉が詰まる。
「えっ?……まじか?」
担任が勝手にオドオドし始めた。
「や、あのな。気持ちは嬉しいが、生徒と教師の立場がある。そして、まだお前は未成年だ。だから、気持ちに答えることはできない。それに、好意を持ってくれるのは嬉しいが、そのために補習って言う考えはおかしいぞ。」
言い切った担任と沈黙を守る私。
そして、震えだす、私。
「だーはっはっは!むり!むり!我慢できないっ!語ってるよ。勝手に勘違いして語ってるよ。あまりに突拍子もなくて固まっただけなのに。うぬぼれも甚だしいよっ!」
ヒーヒー言いながらめっちゃ笑ってたら、流石にパコンとプリントで叩かれた。
「うっせーよ。兎も角、プリント終わったら職員室持ってこいや。」
真っ赤な顔した担任は、頭をかきながら、教室を出ていった。
「はぁ。めっちゃ笑ったわぁ。」
目にたまった涙を拭きながら呟く。
うん、ばれてない。ごまかせてる。作者の気持ちがわからないのはほんと。でも、自分の気持ちくらいわかってる。そして、この気持ちがばれたら、一気に距離をおかれるのも知っている。
「で、結局この作者は何が言いたいのよ。知るか、ボケ。」
外をみる。THE!青春!って感じの部活帰りの野球部や、手を繋いでる恋人たちがいる。
解答欄を綺麗に消して、「わからない」と記入する。
うん。もぅ、これでいいや。
自分の気持ちはわかっても、他人の気持ちはわからない。先生の行動は予想着くけど、気持ちはわからない。さっきの赤い顔がすこしは好意の現れだと期待しちゃうけど。でも、好意じゃなかったら怖い。知りたくない。わかりたくない。
だから、わからないが正解だと思う。
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「あれ?先生顔赤いですよ?風邪ですか?季節外れの風邪はたちがわるいですよ。はい、あめちゃん。」
「あ、どうもっす。」
歴史担当、学年副主任から、飴をありがたくいただく。顔が赤いことが、風邪なんかじゃないのは知っていたが、風邪の方がまだましだ。
職員室には、まだちらほら先生方がいた。授業よりも、雑務が多いことを、一般職種といわれる方や学生たちには理解してもらえないことが多い。
そして、生徒との恋愛なんて奇跡的な確率であることも。
小説やドラマでは、良くある設定だが、生徒と結婚したなんてそうそういないぞ?むしろ、手を出して捕まった方が多いんじゃないか?
実際、私立校であるこの学校にはいるときも、念入りに釘を刺された。お互いの合意だと言っていても、後からいくらでも訂正できる。
知人は、生徒から告られ、断った。それなのに、いつの間にか生徒に手を出したと噂を流され、教師を辞めていった。本人は教師に未練はないといっていたが、人生が狂ったのは確かだ。
だから、警戒した。生徒の、いや彼女の雰囲気が一瞬変わったことに。放課後に二人っきりという状況に。そして、自分が彼女に少しでも好意があるということに。
自慢じゃないが、そこそこの若手で普通の顔をしていれば、生徒に好意を抱かれることもある。だから、その場合は前もって警戒し、うまくはなれる。でも、今回はそれができなかった。補習だって、別に1人残す必要なんてなかった。
全ては俺の、彼女といたいというわがままだ。そう、先生として最悪な考えだ。
だから、瞬時にいつもの断り文句を言った。
ヤバイと思った瞬間に、口から言葉が流れでた。
そして、彼女が笑いにかえたとき、安堵した。まだ、近い場所で彼女と話すことができると。まだ、仲のいい先生としてそばにいれると。
「失礼します。…あ、先生ー。できましたぁ。置いときますね?では!」
「あっ、ちょっとまて!!おい!なんだこの回答は!?」
プリントをめくり、解答欄を見たときにはもう扉はしまっていた。
「どれどれ。あー、わからないってか。こりゃないわ。現代文以外はいい成績なんだがなぁ。」
「そうなんすよね。しかも、別に他の設問もしっかり答えれてはいるんですけど。いつもここら辺で間違えるんですよね。」
「まぁ、目くじらたてんでもいいかもなぁ。現代文上がれば結構いい大学目指せるの本人わかってるだろうし。ここまできたら、やる気次第だろ。担任だから気になるだろうが。」
「…そぅすね。」
解答欄にかかれた、『わからない』。
そう、人の気持ちなんてそうそうわからない。特に、学生なんてこれからの出会いがどれだけあるか。俺に向けている気持ちも、憧れなのか、愛情なのか。
笑顔がかわいいと思う。反応が面白いと思いますが。もっと話したいと思う。力になりたいと思う。今はこれだけ。そう、今俺が彼女に抱いているのは好意だけ。どろどろした、抜けられなくなるような愛情には達していない。
もし彼女から、告白されたら。俺の気持ちが愛情になったら。彼女が生徒でなかったら。俺が彼女と同じ学生だったら。生徒と教師の恋愛になにも障害がなかったら。
いや、元々ほんとに彼女に好意がなかったら。俺の想いが只の生徒への気配りのひとつなら。
仮定は様々。でも結論はわからない。
「…どうすればいいんすかね。」
「なるようにしかならんよ。結局は本人次第だ。」
俺の呟きに、『わし、いいこというなぁ。』とばかりに、うなずきながら副主任が言う。苦笑いしながら、さっきもらった飴をなめる。
レモン味の飴は思ったより甘くて。彼女の俺への想いが、愛情であってほしい。そして、卒業までずっと想い続けてほしい。更に卒業後に出会って、同じ目線で恋愛したいななんて、甘い考えをもって自分に、身震いした。
「…そぅすよね。なるようにしかならい。今はわからなくてもわかるときが来ますよね。」
気持ちを切り替えるために、ちょっとだけ大きな呟きをした。
「まぁ、わかるとは限らんがな。…この話、内容がないよう。なんつって。」
ここで、ダジャレ?!しかも、全く脈絡なくね?!
人の気持ちなんてどうなってるかわからない。うん。これが正解なのかもな。教師としては、納得してはいけないがな。
お読みいただきありがとうございました。