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第9話

翌日、顔面蒼白のクノーア家の人々が我が家を訪れた。クノーア子爵と子爵夫人、長男、次男、レイチェル様、妹さん。クノーア家は我が家と違ってやや子沢山気味らしい。


「申し訳ございませんでした!!」


一同私の前に揃って土下座した。


「娘は足の骨に罅が入っているそうだ。」


父が冷たく告げる。


「も、申し訳ございません!」

「濡れ衣も浸透してたら取り返しがつかないところだったわ。」


母も渋い顔。


「申し訳ございません!!」


平身低頭である。


「どう責任とってくれるつもりなのだね?」


私の両親がチクチクと責め立てる。


「れ、レイチェルは『ロックガンド修道院』に入れます。」


思い切ったなあ。ロックガンド修道院はものすご―――――――く戒律の厳しい強制労働付きの修道院である。レイチェル様はたっぷり泣いたのだろう。腫れぼったい目をしている。


「それで?」

「後は金銭でのお詫びしかしようがなく…」

「侮るわけではないが、クノーア子爵家にマルシェクス公爵家の大事な一人娘の体に傷を付け、顔にこれでもかと言うくらい泥を塗りたくった慰謝料が払えるのかな?」

「……。」


クノーア子爵は青褪めたまま視線を泳がせた。まあ、難しいんだろうな。


「こちらの要求を2つ飲んでくれるなら、金は要らない。レイチェル嬢を修道院に押し込むことも免除しよう。」


お父様が語りかけた。クノーア家の人々がごくりと喉を鳴らした。


「よ、要求とは……?」

「一つはごく当然のことだが、レイチェル嬢の再教育。軽挙妄動を慎むように、厳しく、厳し―――――く、ご自宅で教育しなおしていただきたい。もう二度とこんな馬鹿なことをしないように。」

「も、勿論です!!」


真っ当な要求やね。因みに私は両親から要求の内容を聞かされていない「すべて良いようにしてやるから安心しておけ」と言われている。


「次に、我が家に居候しているこの『クロス』と言う少年をクノーア家の正式な養子にしていただきたい。」


なんだとう!?

度肝を抜かれた。私の隣に控えていたクロスもぎょっとした顔をしている。


「因みにクロスは貴族教育を受けて、しっかり躾けられてはいるが、王都のスラム出身の血筋は全然わからない子だ。」


クノーア子爵は紙のような白い顔になった。ご長男もだ。


「爵位を…クロス、様に譲れ…ということでしょうか…?」

「いや、むしろそれはしないでほしい。僕たちは『クロスが貴族家の正式な養子』であるという証明が欲しいだけに過ぎない。クロスはそちらの養子縁組の手続きをしたら、うちに婿養子に貰う。住居も移動しないし、面倒を見る必要もない。手続き上の問題だ。とりあえずどこでも良いが、クロスが貴族の養子にならないことにはシェリルの婿には貰えないからな。別に酷い負債があるとか、家人に問題があるとか、悪評に塗れてるとか、政治的に偏っているとか、そういう大きな問題が無ければどこでも良かったのだ。御家には借りを作ったところだし、早速こちらの問題を片付ける手伝いをしていただきたい。それで全てチャラにして差し上げよう。結納金も出すし、血の繋がりはないとはいえマルシェクス公爵家と縁続きということになる。クロスの出自に目をつぶっていただければ、悪い話ではないと思うが。」


クノーア家の人々は低頭した。


「そのお話、喜んでお受けいたします。」

「うむ。クロスが書面上とはいえ御家の子となるのだ。クロスが社交界に出た時に恥をかくような振る舞いは是非とも慎んでほしい。特にレイチェル嬢。わかっているな?」

「は、はい…」


あとは全員で和やかにお茶と言うことになった。


「シェリル嬢。本当に申し訳ない。」


クノーア子爵…モルガン様がペコペコ頭を下げている。


「悪評の方はセドリック様が泥をかぶってくださいましたから、それほど痛くもないですし、足の方はいずれは治りますわ。」


にっこり微笑んだ。


「でもレイチェル様はどうして私がセドリック様に恋してミレーヌ様に嫉妬した…なんて思ったんです?もうお父様達にもバレていらっしゃるようですから言いますけれど、私が好きなのはクロスですのよ?」


レイチェル様はもごもごと口を動かし、顔を赤くした。


「お恥ずかしいなら、後で二人っきりで聞かせていただけないかしら?私喉に小骨が引っ掛かったようで気持ち悪くて。何か私が誤解させるような行動をとっていたという可能性もありますし…」

「はい…。」



***

と言うわけで、レイチェル様と二人きりになった。お父様達は養子縁組の書類を用意するとかで部屋から出て行った。当事者のクロスも。


「それで…何故あんな激しい誤解をなさったの?」


レイチェル様はしばらく俯いていたが、キリッと気合を入れて顔を上げた。


「シェリル様は『前世』と言うものをお信じになって?」


前世…前世なあ…多分あの鬱の女が私の前世なんじゃないかなー…とは思ってるよ。同時に『今の私』とは別物だとも思ってるけど。


「まあ、程々に信じてますわ。」

「信じられないかもしれないですけれど、私、前世の記憶があるんです。」

「ほう?」


まあ私にもあるから、他にそういう人がいても不思議じゃないよね。


「まあ私は前世ではその…本とか、漫画っていう絵物語とか、ゲームっていうなんて説明したらいいかちょっと難しいもの、が好きな女子中学生…あ、えーと学生、学問を学ぶ人間で14歳の女の子…」

「オタク中二女子?」


レイチェル様が驚愕を顔に浮かべた。


「も、もしや…シェリル様も…?」

「私はあの女を『自分』だとは認識してないですけど、多分前世かな?っていう記憶がありますわ。正確には夢で見たんですけど。37歳鬱糞ニート女って感じですわ。」

「設定重いです。」

「あの女の人生を見て自分を振り返って学ぶことも色々ありましたけれど、基本的にはあまり好感を持てないタイプの女性でしたわ。」

「な、なるほど……これは転生サポート令嬢のお得物語じゃなくて転生悪役令嬢のハッピー物語だったんですね。そりゃあ結末違うわ。ていうか気付けよ、私。転生悪役令嬢の方がメジャーじゃない。悪役令嬢系ってヒロインも転生者のざまぁ系の割合が殆どだから、ヒロインが転生者じゃなかった時点でてっきり…勘違いしてました。」

「ごめんなさい。あの女、色んな意味で人生エンジョイしてなかったので、呪文を唱えられてもよくわからないですわ。何か二次的なお話をしてるのだろうとは予想してるのですけれど、ちゃんと説明してくださいませ。」


レイチェル様の説明によるとこうだ。レイチェル様の前世に当たる少女が購読していた漫画に『ティアラを載せて♡』という少女漫画があったらしい。なんというか踏みまくられて、もう足跡すらつかないようなテンプレ?でヒロインの伯爵令嬢であるミレーヌは心優しく明るい素直な令嬢。ただし継母と義姉に酷く苛められている。華やかな社交界に夢見るミレーヌは義姉のお古のドレスを身に纏って、社交界デビューである『新芽祭』で、王太子であるセドリック様と運命の出会いを果たす。運命的に惹かれあう二人。ところがセドリック様の隣には、『自称』セドリック様の婚約者である、シェリル・マルシェクス公爵令嬢が。愛しい愛しいセドリック様とただならぬ運命感を醸し出す、飛び切り美しいミレーヌにシェリルが嫉妬に狂い牙を剥く。飲み物をかけたり、引っ叩いたり、足を引っかけたり、悪評を振りまいたり、持ち物を燃やしたり、公爵家の威光を笠に着てやりたい放題やるらしい。しかし障害が大きければ大きいほど恋は燃え上がる。セドリック様とミレーヌは惹かれあっていく。そこで継母や義姉やシェリルの妨害が入るのだが、紆余曲折を経て継母や義姉やシェリルはプギャーされてミレーヌはセドリック様の花嫁になる…と言う話らしい。因みにレイチェル様の役どころはミレーヌの良き相談役。シェリルをプギャーする際は『ならず者に依頼して伯爵令嬢であるミレーヌを襲わせる』というシェリルの法に触れちゃう嫌がらせの証拠をセドリック様の護衛騎士のラナン様と探って、ときどーき活躍するらしい。そして、共同作業を行ううちにラナン様と愛が芽生えてくっつくそうだ。因みにならず者の件は都合よく現れたセドリック様がミレーヌの窮地を救いだすご都合主義。この世界がその漫画の舞台と酷似してるっぽい…と気付いたレイチェル様はミレーヌの継母や義姉の悪行をミレーヌの父親にチクってサクッと追放。転生者かどうか疑ったがナチュラルヒロインだったミレーヌ様とラブラブフレンドライフ。シェリルの追放は、適度にミレーヌ様を庇いつつ、ラナン様と共同作業で愛を育むつもりであったらしい。ラナン様が最萌えキャラだったんだってさ。設定の殆どが原作通りで、且つミレーヌ様が天然もののヒロインだった為に『全ては物語通りなんだ!』と誤認したそうだ。どうでもいい話だがネット小説ではシェリルのような『悪役令嬢』に転生してしまった主人公が、悪行を慎み、同じく転生者で『ヒロイン』に生まれついた女性が「私はヒロインだから♡」と好き勝手やって、悪役令嬢を貶めようとするのを逆に悪役令嬢に生まれついた主人公が『ざまぁ』する物語が流行っていたらしい。主に舞台は『乙女ゲームの世界』なことが多いと言っていたが、時々少女漫画の場合もあるようだ。

と言うのが全貌だ。


「私が思うに…『ティアラを載せて♡』はつまらなそうですわ。流行ってましたの?タイトルにもセンスを感じないのですけど。」

「あんまり流行ってなかったです。でもとにかく絵が綺麗な作家さんで…多少ストーリーがつまらなくても見る分には楽しかったです。ミレーヌも可愛く描かれてましたし、ラナンも格好良くて……というか、シェリル様を失脚させるための愛の共同作業がないということは、私とラナン様の恋は!?ミレーヌとセドリック様の恋は!?」

「知りませんわ。自分でどうにかなさいませ。現実に台本なんてありませんのよ。…と言うか、レイチェル様は社交界中にばらまかれた『レイチェル妄想癖疑惑』の心配をした方がよろしいのではなくて?」

「うう……誤解してごめんなさい…裏は取るべきでした…」

「本当にしっかりしてくださいませ。クロスの姉になるのですから。」

「ちくしょー。しっかり青春しやがってー。」

「ほほほ。」


共通の話題ができたので、少し仲良くなれた。

クノーア家の人々は養子縁組の書類を申請しておくと言って去って行った。



***

「もう!お父様も、お母様も勝手に決めて!私が本当はクロスのことを好きじゃなかったらどうするつもりでしたの?」

「ははは。もう16年もシェリルの親をやってるんだから流石にわかるさ。二人して苦しそうに見つめ合っちゃったりしてね。セドリック様もいい線行ってたとは思うが、クロスの一途さはちょっと強すぎたね。」

「シェリルちゃんが6年前、ある日突然悔い改めたのも勿論気付いているわよ?グレたわけでもないし、本質はシェリルちゃんのままだったから、いいかなっていうことにしておいたけど。」


アハハ~流石両親。お見通しですね。


「僕…シェリルのお婿さんになれるの…?」


クロスはまだ現実味がないようで、少しぼうっとしている。


「なれるとも。代わりにマルシェクス家も継いでもらうから、これからはビシバシ扱くぞ。」

「うえええ…」


クロスが狼狽えたので、みんなで笑った。


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