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第8話

「応急処置は致しましたけれど、なんだか足の骨に罅が入っていそうな感じですわ。あまり無理はなさらないでください。」


女医さんに注意された。


「はい。」


突き飛ばされたって言うのもあるけど…ヒールが敗因だと思われる。あんなヒールを履いて思いっきりこかされたら足の骨に罅くらい入るかもしれない。


「なんだかシェリル嬢にとって散々な社交界デビューになってしまったね。」


セドリック様が馬車で送ってくれる。


「そうでもありませんわ。ミレーヌ様とも出会えましたし、セドリック様の格好良いところも拝見できましたもの。」

「ふふ。それなら良かった。」


屋敷の前に着くと、セドリック様はお姫様抱っこで私を馬車から降ろし、そのまま屋敷の中へ入った。何事かと、侍従侍女、クロスが私たちを迎え出た。セドリック様は私を床に立たせるとぎゅっと抱き締めてきた。


「美しい蝶。3分間だけ、僕のものになってください。」


耳元に囁かれた。

長い、長い抱擁だった。3分してから離された。


「有難うございました。美しい蝶。引導を渡されたのですから、もうあなたを追い求めることは止めます。あなたはあなたの道を、僕は僕の道を進みましょう。本当に愛していました。…………クロスに伝えてください。『辛いのはお前だけじゃないよ』と。」

「はい。」


セドリック様が颯爽と去って行った。

侍女たちがきゃあきゃあ騒いでいる。


「お嬢様…遂に王太子妃へのお打診が…?」


侍従が興奮に頬を紅潮させながら尋ねてきた。耳元で話されたため、最後のセドリック様との会話は聞こえていなかったらしい。みんなドキドキワクワクの顔で私を見つめている。自分の仕えているお嬢様が王太子妃ともなれば大変な名誉だものね。セドリック様が足しげく私の元へ通っていたので皆密かに期待していたらしい。侍女たちは憧れの恋物語を間近で聞くような顔をしている。私は苦笑した。


「ないわ。そんな話。もうセドリック様が私の元へ通うこともないでしょう。」


皆は一気に消沈した。私が失恋したと思ったらしい。いつの間にか使用人とも馴れ合ったなあ。私の本心までは知らないようだけれど。

見回したが、クロスはいなかった。私は片足を引きずりながらクロスの部屋へ行った。


「入るわよ。」


声をかけて勝手に中に入った。ノックしても多分「入らないで欲しい」と伝えられると思ったから、この際礼儀に適っていなくてもいい。

クロスはベッドで身を丸めて泣いていた。

私はベッドの隅に腰掛けてクロスの顔を覗き込んだ。酷い顔だ。指で前髪を梳いてやる。


「耐えられると思ったんだ…。でも実際はやっぱり想像していたよりも苦しいね。」


クロスが笑いながら泣いた。


「ねえ…時々思うんだ。あの時僕は心から『生きたい』気持ちでいっぱいだったけど、本当はあの時死んじゃったほうが幸せだったんじゃないかなあって…。シェリルが『この味をよく覚えておきなさい』って言ったんだよね。自分が生きる為に他者から奪ったものの味。すごく…苦かったよ。シェリルが口移しで食べさせてくれたものなんだって思うとちょっぴり甘くて、やっぱり苦い。苦しいね。シェリルが『生きたい』って言った僕を生かして、シェリルが『生きたいって言った僕』を殺すんだ。」


もう輝いてくれないのか。『生きたい』って言ってくれないのか…


「……今日セドリック殿下に告白されて振った。セドリック様からクロスへの伝言『辛いのはお前だけじゃないよ。』ってさ。」


私…あの女は『みんな辛いんだから』と言う言葉が嫌いだった。慰めるつもりなのか、励ますつもりなのか、叱咤するつもりなのか知らないが、私一人が辛かろうが、みんな全員辛かろうが、『私』が辛いことに変わりないじゃないか。みんな辛いからみんなで我慢するの?馬鹿じゃない?愚痴を言うくらいの権利をくれよ、別に聞いて欲しいなんて思ってないし、一人で「殺してやる」って呪詛ってるだけなんだから。此処が私一人の地獄か、全員の地獄かくらいの差しかない。それともそういう言葉を吐くやつは、もしかして、まさかと思うが、「つらいのは自分だけじゃない。だから頑張ろう。」なんていう『本当は全然絶望していない、一人だけ楽になれる奴』だったのだろうか。だとしたら死んでしまえ。その気楽な精神構造が妬ましい。


「私が思うに、この世はみんな辛くて、救いなんてどこにもないんだろうけど、『一人だけ楽になろうなんて許さない!』っていう意思表示じゃないかな。」


クロスは笑った。


「根性悪。」

「我儘言うからよく聞くように。『私の心を奪った罰に、私と一生苦しめ。』私も苦しむから。好きだよ。クロス。」


クロスの唇を奪った。栄養状態が良いからか、昔林檎を口移しで与えた時よりずっと柔らかい。


「…ばかじゃん。ずっと言わないで我慢してきたのに。そんなの知ってるし。僕だってシェリルが好きだよ。」


私はクロスが好きでクロスも私が好き。そんなのお互い知ってる。でも私は公爵令嬢で、クロスは親すら不明の平民。結婚するのはちょっと無理そうなんだ。


「二人でどっか遠くへ逃げちゃおうか。」


クロスの髪を指先でくるくる巻いた。


「無理だって知ってるくせに。」


私達には自活能力がない。当たり前だよ。貴族教育しか受けてないんだもん。何にも手に職ついてない。それに家出で家族と別離するほど私は自分の父母を愛していないわけじゃない。


「どっか、クロスを養子に貰ってくれる貴族家があればなあ…」

「それが一番現実的かな。」

「それが無理なら一生死ぬまで令嬢やるよ。」

「ヘルマンさんとサラさん怒らないかな?」

「政略結婚…させられるほどうちは切羽詰まってないはずだけど。一生令嬢コースだったらどっか遠縁から養子を貰ってこなきゃならないけど。」


とりあえず怪我をしたので両親に事情説明をしなくては…と言うわけで今度はクロスにお姫様抱っこで運ばれた。両親はクロスのお姫様抱っこで運ばれてきた私に驚いた顔をした。そして今日あったことの事情を説明したら怒り狂った。


「可愛いシェリルに怪我をさせるだなんて!しかも思い込みで濡れ衣を着せて!」

「酷いわ。セドリック様が庇ってくださらなかったら、シェリルちゃんが『セドリック様に恋い焦がれるあまり嫌がらせに走った令嬢』にさせられるところだったなんて!」


両親は怒りのボルテージを上げている。


「お父様とお母様に一つ言っておきますと、私はあまり怒っていませんわ。色んな意味で痛い思いは致しましたけど、ちょっとした勘違いくらい誰にでもあることですわ。ちょっと今回は行き過ぎただけで…」

「シェリルは温厚すぎるぞ。たまにはガツンと言わねば。」


うーん…手酷い勘違い令嬢だと思うけれど、そんなに悪い印象はないのよね。他にも思惑があるかも?とは思ったが、根っこにあるのはミレーヌ様を心配する心だったし。

とりあえず私はまだお化粧すら落としていないので、お化粧を落として医者に足を見せた。足はものすごく腫れていて、やはり足の骨に罅が入っているようだ。折れているわけではないから、安静にしていればくっつくだろうとのことだった。両親も心配したけど、クロスがものすごーく心配して、どこへ行くのもお姫様抱っこで運ばれた。



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