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第6話

一気に飛びます!ほんとは話を挟みたかったけど、飽きたのでw

時は流れて16歳。私は明日社交界にデビューする。いつだかセドリック殿下にいただいた豪奢な髪飾りを付けて行くつもりだ。

セドリック殿下は相変わらず、私の元に足しげく通われる。歳を重ねて少し色香を纏い始めたセドリック様はとても麗しい。私より一つ年上なので、去年社交界デビューされたが、数多くの女性を陥落させたという噂だ。少しフレッシュな感じが失われて、やや技巧派になられたけど、魅力的な殿方であることに間違いはない。


「明日はいよいよシェリルの社交界デビューだね。」


クロスが少し憂いを秘めた瞳で微笑んだ。クロスはクロスで抜群の美貌の少年に成長した。骨と皮の鶏ガラみたいな少年だったなんて信じられないくらいの成長ぶりだ。身長も私を遥かに追い抜いて立派な体つきになった。クロスはあまり巧みな表現は覚えなかった。純真で、それでいて複雑な綾を持つ子。


「そうね。」

「そっか。ファーストダンスはセドリック様と?」

「多分そうなるわ。」


クロスは複雑そうに微笑んだ。クロスは来年16になるけれど、クロスが社交界デビューすることはない。クロスはずっと貴族教育を受けてきたけど、貴族ではないから。クロスはクロスが拒まなければこの先もずっと私に飼われる予定だけれど、クロスと私の立ち位置が同じラインになることはない。


「ねえ、シェリル。『自分を作る』って一体何なんだろう。僕は君に出された宿題がわからないんだ。僕は本当に成長しているの?色んな人を見て、色んな人と関わって、その思考を知って、自分なりに考えることもあるけど、心は目に見えないから自分がきちんと成長してるかわからないんだ。あの頃の僕の心にはシェリルしか住んでいなくて、シェリルにそれじゃダメだよって教えられたから、色んな人と関わってみたけれど、関われば関わるほどシェリルの存在を大きく感じるんだ。僕はちゃんと自分の世界を広げたうえで、シェリルを選んでる?それとも僕は何一つ成長していなくて誰かと関わって、僕が『見た』と信じていたものはただの幻想で、僕の目は何も映してこなかったのかな?」


クロスは少しばかり純粋過ぎた。私を想い過ぎた。


「……クロスは今、私以外に大切に思う人はいる?」

「うん…ヤッソ爺と、レナと、ジャミールおじさんと…」


指折り数え始めた。


「その人たちはみんなクロスの心の住人なのよ。クロスの世界は確実に大きくなってる。クロスは成長してるのよ。」

「そっか。じゃあ僕は世界を広げてなおシェリルに飼われることを選んだんだね。」


きっとそれはあまりいい選択肢とは言えない。クロスにとっても私にとっても。


「……シェリル…お願い。キスしてほしい。頬でいいから。そうしたらこれから先もちゃんと生きていける気がするんだ。」


クロスの瞳は切ない色を映していた。もう子供じゃないのよ。そう言って笑い飛ばしてしまいたかった。でもクロスみたいなわかりやすい子にそんな目で見られれば私だってクロスが私をどう思ってるかくらいわかる。そしてその想いに私が応えられないことも。クロスが私がクロスの想いに応えられないと知っていて、生涯黙って傍で耐えるつもりでいることも。自ら己の翼を捥ぐことを選択した哀れなツバメの頬にキスを贈った。クロスが切ない顔で微笑んだ。


「有難う。」



***

セドリック様が家まで迎えに来られた。エスコートしてくれるつもりらしい。

そして私の髪飾りに目を留めた。ダイヤとアクアマリンとサファイアが散りばめられた美しい髪飾り。今日の藍色のドレスとはよく似合ってると思う。


「今日も美しいですね、シェリル嬢。やはりその髪飾りはあなたによく似合う。」

「有難うございます。」


セドリック様は優しく微笑まれた。

……この方はいつからこんな風に微笑むようになったのだろう。優しく、少し眩いものを見つめるかのような微笑み。もうずっと私に対して営業スマイルを見せてない。私の前で心を開いて、私が触れてくれるのを待っている。

初めて『新芽祭』へやってきた。足に良く馴染むレッドカーペット。艶のある床のホール。金のシャンデリアも曇りのないガラス鏡も、華やかで美しい。セドリック殿下が私をエスコートしてきたので人目を引いて、羨ましそうな女性の顔がよく見える。


「シェリル嬢。麗しの蝶。あなたのファーストダンスを頂けますか?」


セドリック殿下が私の手を取って、手の甲にキスした。


「はい。喜んで。」


音楽に合わせてセドリック殿下と踊る。セドリック殿下は言うまでもなく美しい人だし、私もまあまあ見れる見た目をしているので周囲からは「ほう」っとうっとりとした溜息が漏れる。軽やかにダンスを踊る。1曲完璧に踊り切った。

その後我も我もとダンスを申し込まれて沢山踊った。自分の家の情報は煙に巻きつつ情報や噂話を拾った。私が若いツバメを囲っているという噂は有名らしい。まあ、良いんだけどね。囲うも飼うもあまり変わりないし。

踊り疲れてシャンパンで一息。ふと見るとセドリック殿下が可愛らしい令嬢とお話しているのが見えた。淡い金髪にくりっとした翠色の瞳の乙女。色白で桜色の頬に桃色の柔らかそうな唇をしている。なんと言うか、えも言われぬ可憐な愛らしさがある。お二人が並んでいるところを見ると中々絵になる。美しいな。私はうっとりと見惚れた。名も知らぬご令嬢も勿論美しいし、私はやっぱり殿下のご容姿は好きなのだ。思わず見惚れるくらい。セドリック様がちらりと私を見て令嬢に何かを言っている。令嬢も私を見た。

二人が別れた後、件の令嬢が私の元にやってきた。


「ご機嫌麗しゅう。ミレーヌ・フェイバレロと申します。」

「ご丁寧に有難うございますわ。シェリル・マルシェクスと申します。」


フェイバレロ…確か伯爵家だった気がする。国によっては目上から話しかけられるまで目下の物は馴れ馴れしく口をきいてはならないとかあるようだけど、我がロールワイス王国ではそんな決まりはない。目下からでも礼儀に適っていればきちんと話しかけられる。


「先ほど、セドリック殿下がシェリル様のことをとても美しい令嬢だと仰っていたのです。近くで見てみて、私もハッとするくらい美しい方だと思いました。セドリック様はきっとシェリル様のお心まで含めたうえで『美しい令嬢』と表現されたのだと思いますけれど。」


ミレーヌ様がうっとりと私を見上げる。


「私の方こそ、ミレーヌ様のことを『なんて可愛らしい令嬢かしら』と思いましたわ。庇護欲をそそるというか…」

「有難うございます。」


ミレーヌ様がえへへと笑った。自然な表情。ふむ。この方はきっと『自然体で愛される性質』だと思った。私が持ちえなかった才だ。私は『意識して己を律して愛されようとする』令嬢だから。素直に羨ましいと思った。自分の持ってない美点を持つ人々はみな美しい。


「ミレーヌ様は…」


話しを振ってみて思った。裏表がほとんどない。流石に言いづらいことは言葉を濁したりするが、素直というか、貴族同士の化かし合いとは遠い世界にいる令嬢だ。それでいて品を損なわず、明るく、他者に対する思いやりがある。こんな春の日差しのような暖かな令嬢が寄り添ってくれたら、ピリピリする環境に置かれている人は心が休まるかもしれない。得難い人だと思う。


「ミレーヌ様は素敵な令嬢ね。明るくて、優しくて…」

「ふふ。よく『騙されやすそう』って言われます。シェリル様もとっても素敵な方。理知的と言うか、客観的に自分を見ているというか…私には出来ないから、すごいなあって。」

「有難う。」


6年間鍛えてきたからね。ミレーヌ様と程々に交流した後は化かし合いのステージへ戻っていく。優雅な微笑みを顔に浮かべて有用な情報、不要な情報、色々抜き取る。その精査は後でやればいいだろう。今はかき集めることに専念する。

情報収集が一区切りついた当たりで、セドリック殿下にテラスに誘われた。


「先ほどミレーヌ様とお話いたしましたわ。全然すれていない、可愛らしい方ですわね。」

「そうですね。僕も貴族社会において珍しいタイプの方だと新鮮に思いましたよ。」

「とても軽やかで可憐な蝶ですわね。」

「ええ。結局、マルティナ嬢とベアトリクス嬢は蝶ではない方になってしまいましたし。」


見事な蛾になったよね。我儘で、高飛車で、自己中心的で、常に「自分が一番!」な調和の取れてないケバケバしい装いと香水の匂いに塗れた、蛾。私もあの日あの夢を見ていなかったら見事な蛾になっていたのだろう…と震撼させられる『周囲の見えなささ』だ。生まれてこの方『誰かに感謝する』と言うことも覚えてこなかったのだろう。『お客様は神様』ならぬ『お嬢様は神様』である。因みに相変わらず殿下に夢中だ。殿下と私が接近することを面白く思っていないようだけれど、流石にマルシェクス公爵令嬢に喧嘩を売ってはならないと思う程度の思考能力は持ち合わせていたようで、難癖はつけられない。


「今日は…あなたに引導を渡してもらおうと思いまして。」

「……。」

「シェリル・マルシェクス嬢。あなたを愛しております。どうか、僕の妻になっては下さいませんか?」


来たんだな。いつかこんな日が来るとは思っていた。楽しい言葉遊び、親しんだ馴れ合い。殿下と過ごす日々は居心地が良かった。でも今日、私と殿下が構築してきた世界が壊れる。


「申し訳ありません。セドリック殿下。殿下のお気持ちにはお応えすることが出来ません。私は殿下に捧げる恋を持っておりません。ただ、殿下の事は素敵な方だと思いました。『お顔がとても好き』と言ったあの日から、殿下の人となりに接し、その内面の、日々育っていく美しさを知りました。私は殿下のお気持ちに応えることは出来ませんが、いつか殿下が私すら色褪せる美しい蝶と共に生きていけることを心より願っております。」


セドリック殿下が微笑んだ。


「そう仰られるだろうと思っておりました。もうずっと一緒にいますからね。あなたの心くらいはおぼろげながら僕にも見えますよ。あなたが選ぶのは茨の道だから、それなら僕で妥協してくださらないかと一縷の望みを持っておりました。僕が遠い昔、失ってしまった美しい蝶。茨の道で、あなたの美しい羽が失われないように祈っておりますよ。」


本当に素敵な方。幸せになってほしいと思う。ずっと私を唯一の宝と思っていてくれた。でも私は殿下のものにはなれない。だからこれから殿下は私よりもっとよく光る宝を探してほしい。殿下だけの宝を。

本当は…殿下ならその発言ひとつで私を自分の婚約者にしてしまうことなど容易い。けれど殿下は決してそれをなさらないだろう。誠実な人だから。優しい人だから。



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