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第5話

私の誕生日を過ぎて3ヶ月経った。ふと気づいた。


「クロスはふっくらしてきたわね。」

「僕、太った?」


クロスがこてんと首を傾げた。


「良い意味よ。可愛くなったわ。髪も少し艶が出てきたし。」


クロスは綺麗な亜麻色の髪に白い肌をしている。そしてなにより目を引くのはエメラルドのような鮮やかなグリーンの瞳。本当に宝石のようにきらきらとしている。ものすごく美しい。好事家に高く売れそう。売らないけど。私のだから。

クロスは困ったような顔をした。


「僕…もうあんまりご飯食べない方がいい?」

「ちゃんと食べなさい。太りすぎるようなら止めるから大丈夫よ。今はまだちょっと痩せぎすだわ。」

「わかった。」


クロスはもじもじとした。


「あのね、シェリル。僕、もう足し算も引き算も掛け算も割り算もできるようになったんだ。」


クロスが上目遣いで見てきた。私にはこの視線の意味が分かっている。私に褒めて欲しいのだ。ご褒美を期待している目。


「よく頑張ったわね。偉いわ。」


私はクロスを撫でて頬にキスをした。クロスは嬉しそうな顔をした。私はクロスが初めて全ての文字をマスターした時、感激のあまりキスをした。それ以来クロスは『ご褒美のキス』を楽しみにしているようなのだが、これを習慣づけるのは少し障りがあるような気がする。具体的に言うなら私やクロスに恋人が出来た時に。頬とはいえ自分の恋人以外の男性にキスしたら恋人はいい気持ちがしないよね。


「あのね、クロス。クロスが沢山お勉強出来たら沢山褒めてあげるつもりではいるけれど、もうキスはしないわ。」

「……。」


クロスがショックを受けた顔をした。クロスは賢い子だからきちんと言い聞かせればわかってくれるはず。私はクロスに今後もずっとキスをしていると互いの恋人が良い気持ちをしない、と言う説明を一生懸命した。クロスは悲しそうに笑った。


「そうですね。僕ちゃんと我慢します。」


クロスの瞳が揺れた。


「ちゃんと我慢するから…僕のこと捨てないで…一生傍にいて。」


不安げに瞳が揺れている。

ああ…と思った。この子の世界にはまだ『私』しかいないんだ。


「捨てないわ。私は。ちゃんと飼うって約束したもの。でもね。クロスはきちんと選びなさい。色んな人を沢山見なさい。色んな人と沢山接しなさい。自分の世界を広げなさい。色んな事を経験して、色んな事を沢山感じて、沢山考えて、きちんと自分を作って、その上で私に飼われたいならずっと私の傍にいなさい。でもどこかへ飛び立っていきたいなら私はそれを縛らないわ。」

「うん…」


クロスは切なそうに笑った。



***

クロスはとても社交的な子になった。積極的に人に関わり、色んな事を考えているようだ。そのうち礼儀作法のリンシア先生にも合格点を貰い、セドリック殿下にご紹介することにした。セドリック殿下は相変わらず足しげく私の元へ通っている。ラナン様を連れて。

ラナン様は相変わらず無口に私を睨んでくるけど、微笑みかけると戸惑った顔を見せる。


「セドリック様、私の可愛いツバメの、クロスですわ。クロス、こちらはセドリック様、あちらはラナン様。セドリック様はこの国の王太子様で、ラナン様はその護衛騎士よ。」

「初めまして。クロスと申します。」


クロスが臣下の礼を取った。


「楽にして構いませんよ。シェリル嬢のツバメは綺麗な子供ですね。正直自信を喪失しそうです。」

「セドリック様もお綺麗ですから大丈夫ですわ。」

「あなたが見せかけだけの美しさに浮かれてくださる女性なら苦労もしなかったでしょうけど、惹かれもしなかったでしょうね。」

「安いぎょくは購入するのが楽ですけど、さして美しくもないものなのですわ。高いぎょくは美しいけれどお値段も素敵なのですわ。殿下が見惚れてくださるなら私もまあまあ美しいぎょくなのでしょう。私は自分を安売りするのは御免ですわ。」

「やれやれ、手に入らないと思うとますます欲しくなる。」

「そういうものすごく欲しいものと言うのは手に入れてみるとそれだけで満足して飽きてしまうというのはよくある話。私は私のことを生涯唯一の宝と慈しんでくれる方のものになりたいものですね。」

「一朝一夕で信頼と言うものは得られないものなのですね。」

「苦労なさいませ。しかしいつまでも手に入らない宝にばかりこだわっていると、他の宝を見落とす可能性もありますよ。」

「他の宝に目移りした瞬間に、あなたを手に入れる権利を永久に失うのでしょう?僕はもう二度と機会を逃したくないのです。」

「殿下も少しは私のことをわかって来たようですね。」


微笑んだ。色んな人と接することは大いに推奨してるけれど、他の女の子に色気を出す殿方は要らない。私は我儘だから私を唯一の至宝としてくれる方にしか自分を与えたくないのだ。

4人でお茶を飲んだ。


「そう言えば、以前あなたに贈った髪飾りはお気に召しませんでしたか?中々つけてくださっている姿を拝見できませんが。」


髪飾りは宝石の散りばめられた最高級の一品で、それはもう美しかったけどね。


「なんだか重いのですわ。高価なプレゼントを頂くたびに、『物で縛られている』気がして。」


セドリック殿下は困ったような顔をした。


「気を遣わせてしまったのならすみません。あなたの可愛いツバメはあなたに何かプレゼントしてくださいましたか?」

「先日は手作りの焼き菓子を頂きましたわ。」


ものすごく上手と言うわけではないけれど、私の為に作ってくれたのが嬉しかった。いや、セドリック様も私に似合う品をよりよく吟味してくれたのだろうし、その心遣いはすごく嬉しいよ。あの髪飾りは確かに私によく似合ったし。


「参考に致しましょう。」

「殿下、高貴なご身分の方が厨房に入るなど…」


ラナンが止めた。


「大げさだよ、ラナン。戦場に行くわけでもあるまいし。」


セドリック様が笑われた。


「毎回お菓子は困りますわよ?これでも体型には気を使っているんですから。髪飾りならリボン1本で十分です。蝶はあまり重いものを身に纏っては軽やかに舞えないのですわ。」

「心に留めておきましょう。」


セドリック様がクロスを見て微笑んだ。


「ツバメ君。ずっとシェリル嬢の傍にいられる君が羨ましいよ。」


クロスは泣きそうな顔をした。


「僕の方が…ずっとずっと、殿下のことを羨ましく思っています…」


声が震えている。


「ツバメ君…」

「『クロス』と呼んでください…その名前は僕の宝物だから。シェリルがくれた大切な大切な宝物。本当はちょっと他の人に呼ばせるのは勿体無いって思うときもありますけれど、『名前』は呼ばれないと意味がないから。」

「クロス君…良い名前だ。」

「有難うございます。」


響きがいいから思い付きで着けたけど、クロスはかなり大切にしてくれているみたい。こんなに大切にされるくらいならもっと由来から厳選すべきだったかなと、ちょっと後悔した。



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