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第1話

金喰虫の息抜きに書きました。微糖悪役令嬢。

第1話の期待値の低さは我ながら半端ない。

ただ流されてここまで来た。生きたいから生きてるわけじゃない。死ねなかったから惰性で生きてる。死ぬのは怖いんだよ。死んだら地獄に行くかも、そういう宗教的な怖さも勿論あるが、純粋に自害は痛い、苦しい。自分の皮膚を抉ってみると信じられないくらい痛くて我慢できない。躊躇い傷の傷跡は私が意気地なしの証拠。甘ったれの証拠。甘ったれてる自覚はある。「生きたくない私を産んでしまった責任を取れ」と呪詛を吐いて親の脛を齧っている。親が死んだら惰性でも生きられないとは思うけど、自分がどういう形でいなくなれるか想像がつかない。家は持ち家だけど、働いてないから電気も水道も止まるだろうな。メンタルクリニックに通っていたけど、きっとそのお金もなくなる。あまり苦しくなかったらいいのに。楽に死ねるだろうか…とメンタルクリニックで貰った4週間分の薬を一気飲みしたが死ななかった。カウンセリングの『お話』の時間が増えて苦痛。言語で解決できる類の事じゃないんだよ。あなたは水が高所から低所に流れ落ちるのを言葉で押しとめることが出来ますか?事象を言語で止めることが出来ますか?嫌なことがあれば勿論苦痛に思うし不安に思うよ。でもそうじゃないんだ。そうじゃないんだよ。ただ訳もなく不安で苦しいんだ。『心』があるだけで耐えがたい苦痛なんだ。でもその『訳もない不安感』を両親に説明できるほど私の口は上手くなかった。父は「不安がある?悲しい?どうして?何がお前を不安にさせる?悲しくさせる?その原因はなんだ?」と言うけれど原因なんてないんだよ。ただ訳もなく不安で何も楽しめないんだよ。それが理解されない。急かされるのも問い詰められるのも余計に苦しくて、父に追い詰められてよく泣いた。自分の中に存在しない『鬱』を想像するのは難しいだろう。理解するのは難しいだろう。父は理解しようと頑張ってるけど、私は理解してもらうのは諦めてる。自分の中に存在しないものを感じ取るのはきっと難しいから。火を見たことない魚が真に火を理解するのは自分が焼かれる時だから。私は平和な日本の平凡な家庭に生まれて両親に愛されてることを疑ったことがない。それが如何に幸せなことか知識としては知っている。でも心は知らない。私の心は欠陥品で『幸福を感じ取る器官』が存在してない。自分が如何に幸福な女の子か知識としては知っているが、心ではそれを感じ取れないのだ。知ってるのに…幸せだって…なのにそれを感じ取ることは出来ない。こんな欠陥品死んでしまえばいいのに。「殺してやる」が口癖で、漠然とした殺意を持っていたけど、本当は知っている。私が一番殺したいのは『私自身』だって。殺してやる殺してやる殺してやる。誰か殺してください、痛くない方法で。

だから安堵した。私の内臓が私の体から大きくはみ出すのを見て。すごく痛くて苦しくてそれだけはすごく不満だけど、これでやっといなくなれる。

父よ、母よ、あの車のドライバーを恨まないでください。あの人は私を救ってくれたのです。刑法に裁かれちゃうだろうけど…

ああ、頭回んない。

痛いよ、熱いよ、苦しいよ、早く、全部消えろ。全部全部全部。



***

はっと目が覚めた。涙で枕が濡れている。

私は酷く陰鬱な女の心を体感した。恐ろしい経験だった。あれが噂に聞く『前世』というものだろうか。そして私は自分の心をしっかり掴む。大丈夫。私の幸福受信機能はまだ壊れてない。両親に愛されて暖かい布団で眠る幸福を感じている。贅沢をすれば楽しいし、悲しい出来事がある日だって確かにあるけど、概ね幸福だ。

でも…

と考えた。あの女は子供が学び社会に出て行くまでの準備期間を『モラトリアム』と呼んでいたが、私のモラトリアムはあと6年。今10歳だから。16歳になったら成人として、社交しごとする。結婚するか何らかの才を見出されて女性でもつける職に就くかはわからないけど、何かにならねばならない。一生令嬢ではいられない。

あの女は春が嫌いだった。モラトリアムが尽きて、それでも何にも成れない自分を取り残して草木が芽吹き季節がカラカラと巡っていく。希望に満ちた新入生が、新社会人が自分と同じ形をした、何か別の生き物のような気がして気持ち悪かった。

嫌だ。何にも成れないのは嫌だ。私は人並みに社交しごとして、人並みに結婚して、贅沢したり伴侶に愛されたりしたい。『一夫人』になりたい。

自分を振り返る。今のままで本当に大丈夫?意識するのは初めてだけど、私は少し…いや、大分我儘だったかもしれない。あの女は一時期『コンビニ』というところでアルバイトをしたことがある。あの女は自分の仕事を『感情労働』と呼んでいた。客にどんな理不尽なことを言われても「申し訳ありません」と言うしかないし、どんなに嫌な客にも笑顔で「有難うございました」と言うしかない。その裏で「むかつく客に『店を出たあと10分後に非業の死を遂げさせる』能力があればいいのに」なんて真剣に考えてた。その反面自分の犯したミスを何度もリフレインして『殺してやる』と自分に殺意を向けていたけれど、それは置いておいて。

私に当たり散らされる使用人たちはまさに『感情労働』をしているのではなくて?『感情労働』はかなりストレスの溜まる労働でありながら、『感情労働』による『サービスを受ける』側の客は「自分がもてなされるのは当たり前」と思って…いや、そんなこと当たり前すぎて自覚すらしていない。あの女の国には『お客様は神様』という言葉があるが、店員が「お客様は神様」と思ってるのではなく、客の方が勝手に「お客様は神様」と思って行動してるのである。なんと傲慢なのだろう。私はまさに『感情労働』により『サービスを受けている』自覚がなかった。使用人が私に尽くすのを当たり前と受け止めていた。猛烈な羞恥に襲われる。なんと恥かしく、みっともないことか。私に聞こえるところでは誰もそんなこと言わないが、きっと使用人同士の会話ではぼろくそに言われてることだろう。自分が彼らに『サービスを受けている』と言う自覚を持たねばならない。『感謝』の気持ちを持たなくてはならない。傲慢は美しくない。使用人だって美しくない主人を持つのは嫌だし、美しくない妻を貰いたい殿方は恐らくあまりいない。私は見た目は少しばかり綺麗だけれど、それに惹かれただけなら『身体目当て』と言う意味だ。そんなの嫌だ。私は愛されたい。身も心も一途に愛されたい。殿方からの好意は両親からの『無償の愛情』とは違う。「愛されたい」と願うなら『愛されるに相応しい女性』にならねばならないのだ。

私は自然体で愛されるタイプの可愛い思考回路や可愛い言動の女性ではない。自然のままでは駄目なのだ。常に自分を客観的に観察し、ベストは無理でもベターな態度を取捨選択しなくてはならない。出来るだろうか…無理かもしれない。でも立ち向かう努力はしたい。また流されて心を壊して自分を『殺してやる』って憎むのは辛いから。心は繊細な部品だ。もう二度と破損したくない。

誰もに愛される…なんて我儘言わない。私が愛されたいと望む人に愛される美しい女性になろう。

私は再び眠りについた。今度は怖い夢は見ませんように。



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