第五話 青雲
大変遅くなりました!
次回で第1章終了です。
コナト村からケサック村への直線上に位置する、広葉樹の森の中を一人の男が疾走する。
「援軍のおかげでコナト村の方はどうにかなりそうだが、ケサックの方は・・・・・・くそ! とにかく急ぐしかねえ!!」
短い深緑色の髪と、所属騎士団の象徴色である藍色のマントを風任せに揺らしながら男は独りそう言うと、自身の右手をチラっと見た。
「この後の戦闘のことも考えると、今消費するのはあんまりよろしくねーが・・・・・・ちょっと無理するしかねーかな」
深緑髪の騎士は少し口角を上げ、スーッと息を吸った。そして静かに、されども強い口調で呟いた。
「FMAD、移動モードに変換、特化コンディション改装開始・・・・・・!」
”FMAD”と呼ばれた、彼の両手に装着された鉱石のようなひし形の装置は騎士の音声を聞き取った瞬間、静かな機械音と共に青いライトエフェクトを生じた。さらに彼の両手から胸に向かって流れる血流に沿って青い光も流れて行く。心臓付近まで到達すると、今度はまさに光の速さで彼の踝まで移動し、突然幾重もの細かい光線となって体外へ拡散、彼の両足を包み込んだ。
「さあ来い!」
騎士の両足を包んだ光は一度強く輝いた後、吸い込まれるように彼の体内へと消えた。それと入れ替わるようにして、彼の踵から脹ら脛にかけて、片脚に四つずつ、計八つの小型ジェットエンジンが出現する。
騎士は走る足を止めることなく、感覚でそれを確認した。
「特化コンディション改装への変換、無事完了!! さあ、飛ばすぜ!!」
彼の声に呼応し、八つの小型ジェットエンジンが青白く光る。
「GO!!!!」
そう言ったかと思うと、彼の体はその場から消えていた。
「うっ・・・・・・お・・・・・・!」
もはや突風となった騎士は広葉樹の森を一気に駆け抜け、 その先にある大樹が多く分布する原生林をも突破し、十分もかからない内に目的地であるケサック村の手前にある崖まで到達した。
「はぁはぁ・・・・・・改装解除、通常モードに変換っと」
荒い呼吸を整えて改装を解除した騎士は、崖下のケサック村を一望した。
「やっぱり遅かったか・・・・・・」
彼の眼前に広がるケサック村は、コナト村の二倍の人口を誇る、この辺りの地域では最大規模の村だったが今はもう見る影もない。
多くの家が潰れ、村全域に火災が発生している。加えて村人の姿も一人も見当たらない。
「全員逃げたと捉えるのが気持ち的には吉か」
騎士は自分に言い聞かせるように小さく言うと、高さ三十メートルはあろう崖から飛び降りた。
「やっぱ・・・・・・誰もいねーな」
ケサック村に到着してからはや二十分。騎士は”奴” と同時に生存者を探していた。
ここはケサック村の中央に位置する、かつて商店が多く立ち並び、人が多く行き来していた大通りだ。だが、今そこにあるのは瓦礫の山と、それに押し潰された人々の血痕だけだ。
道の端に落ちている、血液で汚れたうさぎのぬいぐるみを拾い上げ、握りしめる騎士のこめかみに血管が浮く。
「絶対に仇を討ってやるからな・・・・・・」
そう言ってぬいぐるみを置いた騎士の頭中で、コナト村での出来事がフラッシュバックする。
「・・・・・・・・・・・・そうだあのボウズ!! まさかここに来てやしねーよな・・・・・・」
コナト村で出会った唯一の村人であり、フード付きのケープを着ていた。深くフードを被っていたために顔はよく見えなかったが、騎士が思わず吐露した内容を聞き、ケサック村方向へ走って行ったあの少年だ。
「でもさっき森の中で追い抜かしたって可能性もあるよな・・・・・・」
顎を弄りながら考え込む騎士。
彼が一度視線を前に向け、彼の目が捉えるか否かの瞬間、”それ”はあまりにも突然に姿を現した。
「しまっ」
騎士が言い終わるよりも早く、彼の体は、あまりにも無慈悲かつ強大な力によって吹き飛んだ。
誰も居なくなった屋台を五、六個貫通し、民家の壁に背中から勢いよく衝突してようやく騎士の体は地面に着いた。
「ゲホッゲホッ・・・・・・!! ・・・・・・っくっ!!」
体全体に走る激痛に思わず声が漏れる。
「くそ・・・・・・俺としたことが とんだヘマしちまったぜ」
儚く笑い、壁に手を付きながらなんとか立ち上がった騎士は、ゆっくりと視線を奴に向けた。
自分が先程立っていた場所に悠然とそびえ立つ、一つの影。騎士はその影の正体を嫌という程知っていた。
「ヒト・・・・・・・・・・・・!!!!」
所々煌々と赤く光る斑点を除いては人間の手そっくりな造形をした巨大な生物。手首から上が無く、血色の悪い皮膚は日光の影響でよりその青白さを際立てている。
「あ・・・・・・」
よく見るとついさっきまで自分が持っていた、誰のものとも知れないうさぎのぬいぐるみがヒトのそばに横たわっていた。だが、ぬいぐるみの首は取れており、中から白い綿が噴き出している。
「ぶっ殺してやる!!」
憎悪に満ちた声と共に一歩足を踏み出した騎士の左足付近に鮮血が音を立てて飛び散る。
「・・・・・・?!」
騎士は困惑した。ヒトに吹き飛ばされた影響で、確かに全身打撲の状態ではあるが、出血はしていなかったからだ。
「これはいったい・・・・・・?」
騎士が顔を上げた刹那、向かい側の家の屋根を一陣の風が駆け抜けた。
「あれは・・・・・・・・・・・・」
騎士の視線の先で、よく見ると赤い光を一つ灯した風は、こちらにゆっくりと近づいてくるヒトと激突した。
「くっ!!」
たちまち巻き起こった突風と砂埃の中で、一つの赤い光が、他の多くの赤い光を消してゆく。
「いったい何が起こって・・・・・・」
状況が読み込めない騎士の足元に、またも鮮血がが飛び散る。
「うおっ!!!!」
今日一の突風が騎士を襲い、それに次いで何かが崩れ落ちたような轟音が鳴り響いた。
騎士の眼前を覆っていた砂埃もあっという間に消えてなくなり、やっと視界が明瞭になる。
「お前は・・・・・・」
すっかり明るくなったケサック村大通りに横たわる、血だらけの巨大な人の手の上に立つ一つの影。
握りしめられた剣は刃こぼれひとつ無いが、あまりにも多くの血を浴びたために柄まで真っ赤になっている。そしてそれをしっかりと握りしめる少年。長めの黒髪が微風に揺られ、その瞳もまた同じく黒い。だが、もう片方の瞳、いや眼球といった方が妥当だろう。彼の右眼球は、その全てを赤く染め上げ、そこからゆらゆらと赤い光が空気中を漂っている。
「コナト村のボウズ・・・・・・だよな?」
少年は騎士と目を合わせると、瞬き一つせず、無表情で呟いた。
「ニンムカンリョウ」
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まだまだ続きます。