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第四話 幻想

始めは少し回想が入りますので、ご了承ください。

久々の投稿、お待たせ致しました。

 聞き慣れた小鳥のさえずり。窓から差し込む、まだ明度の低い日光。朝だ。

 服を着替えて、ベットの側に立て掛けてある剣を握り、リビングに向かう。リビングのドアを開くと、いつものようにネサおばさんが朝食の準備をしていて、僕に気づくと、「おはよう」と微笑んだ。それから家を出て隣にあるマノハートおじさんの武器工房に顔を出し、真っ赤になった鉄をハンマーで延ばしているおじさんに挨拶をする。

 この行程を全て終了させた後、白煙の森へと向かう。

 高低差の激しい森の中をいつもと同じルートで軽々と突破し、目的地である、木の数が比較的少ない訓練スポットで、背中の剣を抜く。

 刀身を朝日で煌めかせ、美しいフォルムと斬れ味を誇るそれを両手で握り――――振る。


 これが僕の日常。これを何度も繰り返していくだけ。これからも、その先も・・・・・・・・・・・・。



「ふぅ・・・・・・」

 軽い休憩を取ろうと一度剣を背中にある鞘にしまった僕の耳に、突然甲高い悲鳴が飛び込んできた。


「何だ・・・・・・!?」


 急いで周囲を警戒し、身構える。何も起きない。


「どこだ・・・?」

 今度は目を閉じ、耳に意識を集中させる。草木の葉や小鳥、野生動物の鳴き声など、いつもなら好んで聴き入る森の鼓動を全てシャットダウンし、二度目の叫び声を拾う事に神経を集中させる。


「聞こえた!!」

 先程よりも遠い場所、方角にして南西辺りで確かに女性の叫び声が聞こえた。

 尋常ではない恐怖の入り交じった悲鳴だ。


「行くか」

 フードを被り、黒髪を隠す。

 髪を見られてはならないとおじさんに忠告されてから着けるようになったフード付きケープが、森の風によって(なび)く。


「はっ!!」

 力一杯地面を蹴り、走り出した僕の前に幾千もの木々が立ち塞がる。だが、問題ない。

 昔から反射神経と動体視力、加えて運動神経にも自信がある。スピードはそのままに、次々に現れる樹木を左右に振れて躱す。

「こんなものっ!」

 だが樹木だけではなく、行く手を阻む細いツルや枝の集合体も何の前触れもなく現れる。そんな時は右手をスッと背中の剣に伸ばし、素早く抜くと同時に斬りつけ、強行突破するより仕方ない。

「まだか!」

 滑りやすい大きな石がゴロゴロ転がっている、比較的小川に近い所まで全力で駆け抜け、思わずそう呟いた。

 息も少し上がってきており、低温度の森の中で自分の吐く息が一瞬白く現れては消えてゆく。

「くそ・・・・・・! どこだ?」

 必至に辺りを見渡しながら激走していく僕に驚き、巣穴に慌てて逃げ帰っていく小動物達に悪いな、と思いつつも走り続ける。


「きゃあああああ!!!!!!」


「近い!!」


 待望の三度目の叫び声の方へ急いで向かうと、一人の少女が、二つの巨大な影に追われていた。

 少女は必死に逃げているが、影に追いつかれるのはどうみても時間の問題だ。


「あっ・・・・・・!!!!」


 自分の目と鼻の先で、少女が転び、とうとう二つの影に追いつかれてしまった。少女の瞳から涙がこぼれている。


「まずい!!」

 僕はギリギリのタイミングで二つの巨大な影が少女に襲いかかる前に、彼女の眼前に躍り出ることができた。


「え・・・・・・??」

 後ろから掠れたが聞こえてきた。振り向かずとも、少女が相当困惑していることは間違いない。だが、正直僕もかなり困惑している。


「まさかグロス・ベアの夫婦とは・・・・・・」


 グロス・ベアは白煙の森で最も大きい、かつ危険な巨大熊だ。その特徴は発達した前足の爪にあり、一番長いもので二メートルに達することもあるという。

 かくいう僕も、これらの情報はある村人から聞いたものなので、初めて見るグロス・ベアに正直、助ける身でありながら恐怖を感じてしまっている。


「どうしたものかね・・・・・・」

 二匹のグロス・ベアは獲物が増えたのが嬉しいのか、唾液を撒き散らしながらゆっくりと近づいてきている。いつ襲われてもおかしくはない。

 自分の力を信じるより仕方ないか・・・・・・。

 鞘に閉まっていた剣を、熊を刺激しないようにゆっくりと抜き、両手でしっかりと握る。

 逃げるなどといった選択肢は無い。グロス・ベアを相手に、子供二人の足で逃げ切るなんて到底不可能だ。かといって、ここで自分が負ければ、後ろにいる少女も殺される。

 一度浅く深呼吸をし、握る力を強める。


「絶対・・・・・・助ける!!」

 僕は後ろ足で立ち上がり、威嚇しているグロス・ベアの腹目掛けて、剣を突き出した──────。




「はぁ!!はぁ!!はぁ!!」

 ケサック村に向かう道中にある森の中で、トワは昔のことを思い出していた。何でもない日常の内の一つとなるはずだったあの日。トワの人生を大きく変えたといっても過言ではない時間。


「くそ・・・・・・!! こんなこと考えてる時じゃないだろ!! 急がないとコナツが!!!!」

 あの時のように多くの木々が行く手を阻む中、 トワは全力で駆け抜ける。


「くっ・・・・・・!!」

 細かい枝や棘のある植物が腕や足を傷つけ、顔を顰めるも、決して足を止めることは無い。


「僕は・・・・・・あの時・・・!!」

 歯を食いしばり、痛みに耐え、ひたすら走る。絶対にコナツを助ける。その一心で。


「うわっ!!!!」

 落ち葉で隠れていた樹木の根に気付かず、トワは前のめりに崩れ落ちた。


(あなたは・・・・・・誰?)


 足から血が吹き出し、強く目を瞑って痛みに耐えるトワの頭に、あの日の少女の声がこだまする。

 トワは片目を半分ほど開く。彼の心が這ってでも進めと叫ぶ。 歯を食いしばり、なんとか立ち上がる。

 だが、激痛に顔を顰めつつも、前を向いたトワの目にそれは映ってしまった。


「あっ・・・・・・・・・・・・」


 無下に放り出された一つの白いサンダル。見間違えるはずもない、コナツのものだ。


(私の名前は・・・・・・コナツ。 年は七つだよ)


 ふらふらとサンダルに近づき、それを拾い上げたトワの瞳に、絶望の色が濃さを増してゆく。


「僕は・・・守るって・・・・・・コナツを・・・絶対・・・」


 動こうとしない体にそう言い聞かせて、足をなんとか前に進めようとした瞬間、頬にポタリと一滴の液体が落ちた。


「雨・・・・・・?」

 葉が多くしげるため、日中でもかなり暗い広葉樹林の中で、トワはゆっくりと顔を上げた。


(コナツをこれからも守ってくれるの? ・・・・・・なぜ?)


 あの日のコナツの声が脳内に響く。絶対に破らないと誓ったあの約束。

 全身が激しく震え、体内の血液が温度を無くしていく。


(不思議な人・・・・・・でも、ありがとう! トワ。 すごく嬉しい! )


 トワの視線の先、樹木の太い枝に深々と腹部を貫かれ、そこを中心に白いワンピースを真っ赤に染め上げ、手足を力無く垂れ下げる、クセのある赤茶髪の少女。


「あ・・・・・・あ・・・・・・・・・」

 顎をカクカクさせ、瞬き一つせずその光景に魅入る黒髪の少年の目から、二筋の涙が流れ落ちる。


「うあああああああああーーーーーー!!!!!!!!!」


 名も無き森に一人の少年の絶叫が響き渡った。

まだまだ続きます。

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