第三話 炎影
大変長らくお待たせしました。
久しぶりの更新で、ワクワクしてます。
ごゆっくりお楽しみください。
「コナツ・・・・・・・・・今・・・・・・何て言った?」
「だから!! 村が燃えてるんだよ!!」
コナツはサッと体をトワの方に向け、訴えるようにそう叫んだ。彼女の瞳に余裕はなく、唇は恐怖のためか血色が悪い。
コナツは普段、嘘をつかない。幼なじみのトワはそれを十分に知っている。ましてやこんなに必死な様子のコナツが嘘なんてついているはずが無い。
「何で・・・・・・・・・そんな・・・・・・・・・」
それでも信じたくはない。できればコナツが笑えない冗談を言っただけであって欲しい。心からそう思う。だがコナツは自分にはっきりと言った。純粋で明るい彼女があんなにも顔を強張らせて。でも・・・・・・でも何で・・・・・・・・・!!
トワは混乱する脳を制御することができないまま、コナツの居る倒れた大木に半無意識状態で近づいて行った。倒れてから何年も経ってるであろう大木は、虫に喰われたり雨風に晒されたりして腐敗してはいるものの、まだその原型を留めており、子供二人の体重くらいなら十分に耐えることのできる強度を誇っていた。
トワは登り慣れた大木を一気に駆け上がると、再び村の光景に目を奪われていたコナツの横に並び、彼女の瞳が捉えている方へ目を走らせた。あわよくばボヤ騒ぎ程度であってくれ・・・・・・そんな淡い期待を最大限に込めて。
だがそんな期待は床に落ちたガラスの如く、ことごとく打ち砕かれた。トワの前方、約三百メートル先にある、コナツとトワの故郷「コナト村」は村人達の家は愚か、教会や学校、農作物を保存する巨大な倉庫までもが火の海に呑み込まれていた。
「嘘だろ・・・・・・・・・・・・・・・」
トワは絶句し、その場に佇んだ。故郷が、僕達の大切な場所が消えて行く。そんな言葉がグルグルと頭の中でループし、トワを絶望へと引き釣り混んでいく。たった一時間前まで自分はあそこで寝ていたのだ。なぜこんな短時間でここまで・・・・・・・・・・・・。トワの黒い瞳にはますますその濃さを増してゆき、やがて薄らと涙の膜が貼り始めた。
「何でこんなことに・・・・・・・・・」
トワがそう呟いた時、それに応答するかのようにコナツもポツリと小さな声で言った。
「村のみんなは・・・・・・無事・・・・・・だよね」
それを聞いたトワはピクっと肩を揺らすと、段々と表情を険しくしていき、 震える声でコナツに向かって言った。
「僕・・・・・・村に行ってくる」
コナツは一瞬目を見開くと、すぐにキッと眉を吊り上げ「それはダメ!! 今行ったらトワ、死んじゃうよ!! もう少しだけ様子を見よ? 確かにみんなのことは心配だけど、トワやコナツが行っても危ないだけだよ!」と言ってトワの前に立ち塞がり、両手をひろげた。
トワは一瞬目を下に向けたが、すぐにコナツの目を見て静かな声で言った。
「コナツ・・・・・・おじさんが・・・・・・マノハートおじさんが居るんだ・・・・・・・・・・・・」
コナツはハッとして両手で口を抑え、トワを潤んだ瞳で見詰めた。マノハートおじさんはとても優しく、誰に対しても親切で、コナツも小さい頃からよく可愛がられていた。また、彼はトワの義理の父親でもある。武器工房である彼の家の近くにある大樹の根元に捨てられていたトワを彼の妻であるネサが連れて帰り、二人で我が子のようにトワを育ててくれた。トワの大恩人であり、大切な家族だ。だがマノハートおじさんは生まれつき足が悪く、一人で歩くことは愚か、立つことすらまなならなかった。だから工房で武器を作る時はいつもネサおばさんのサポートが必要だったのだ。
「でも・・・・・・ネサおばさんがいるじゃない! きっと二人で上手く逃げてるよ・・・・・・」
コナツは段々とと声のトーンを落としていき 、やがて俯いた。
「コナツだって知ってるんだろ? ネサおばさんは、僕が森で剣の稽古してる時はいつも川で洗濯をしてるって!」
「でも・・・・・・でも!」
「ネサおばさんはいない! 僕が行かないとマノハートおじさんが死んでしまう!! だからそこをどいてくれ!! コナツ!!」
トワの気迫に押されたコナツは手を胸に起き、心配そうな表情はそのままに半歩後ろに下がった。すかさずトワは彼女の裾を通り抜け、大木から飛び降りた。長めの黒髪がフードから開放され、着地に合わせて大きく靡く。そして足に力を込め、全力で駆け出そうとしたその時、背後からいつもの元気いっぱいなものとは違う、決意の硬さを象徴する力強い声が飛んできた。
「待ってトワ!! コナツも・・・・・・・・・行く!!」
トワは力んだ足から力を抜き、振り向いた。赤茶色で少しクセのある髪を風に揺らし、声を上げた少女は胸の前で握った両手に力を込めて言葉を続けた。
「トワが危ない目にあってたら絶対コナツが守るって・・・・・・さっき約束したから!」
「コナツ・・・・・・」
コナツの眼を見れば、彼女の決意の強さが手に取るように分かる。トワは少し俯き、小さな声で言った。
「気持ちは嬉しいけど・・・・・・・・・でも、今回はだめだ。 危険すぎる」
「危険なのはトワだって一緒でしょ?! コナツはトワが危険な目に合っている時に助けられないのが一番嫌! それに・・・・・・・・・・・・」
コナツは大木からトワの隣に身軽に飛び降りると、暗い顔をしているトワにいつもの優しい笑顔で言った。
「コナツを・・・・・・絶対守ってくれるんでしょ?」
「・・・・・・!!」
トワは少し顔を上げ、眉間に皺をよせて数秒目をつぶった後、諦めたように「はぁ」と小さくため息をついてコナツに言った。
「分かったよコナツ。 一緒に行こう。 でも僕の指示には必ず従ってくれ。 逃げろと言ったら絶対に逃げるんだ。 いいね?」
コナツはぱあっと顔を明るくすると、「うん!」といつものように元気な返事をして、トワと共にコナト村に向かって走り出した。
十分程の走りで二人は白煙の森を抜け、コナト村に続く幅の広い道に辿り着いた。このまままっすぐ進めばコナト村、少し行ったところで左に曲がればケサック村まで繋がっているこの道を、全速力で駆け抜ける。
「お願いだから・・・・・・無事でいて!!」
トワは今朝みた夢といい、どうしても嫌な予感を捨てきれないでいた。マノハートおじさん(とトワとネサおばさん)が住んでいる家はコナト村の中でも南端に位置している。火の回りは他の場所よりは遅いはずだが・・・・・・。
もうすぐケサック村との分かれ道という所でトワが突然走るのを止めた。
隣で並走していたコナツも走るのを止めて振り返り、「どうしたの?」とトワに尋ねる。
トワはすぐにはコナツの問いに答えず、ふと考え込み、それからコナツをじっと見詰めて言った。
「なあ・・・・・・コナツ。 このまま左に曲がってケサック村に行って来てくれないか」
トワの瞳に微かに悲しみが含まれていることにコナツはすぐに気づいた。そして、トワの意図を組み、今度は食い下がることなくふふっと儚く笑うと、トワに向かってわざとらしい呆れ声で言った。
「あーもう! しょーがないなートワは。 コナツのこと心配しすぎだよー? 全く・・・・・・。 でも分かった! コナツはこのままケサック村に行って応援を呼んでくるよ」
コナツの返答に少し驚いた表情を見せたトワだったが、ふっと優しく微笑むと「あぁ、頼んだ!」と力強く言った。
「あっそうだ!」
突然コナツがそう叫んだので、ビックリしてしまっているトワにはお構い無しに、コナツは自分の左耳に手を伸ばした。
不思議そうにコナツを見るトワに、えへへとイタズラ顔を作ると、「はいっ!」と言ってトワの手を取り、そこに金色の小さなイアリングを置いた。
「これって・・・・・・・・・」
イアリングとコナツを相互に見るトワに、コナツは一歩下がってふふっと笑って言った。
「お守り! ・・・・・・・・・・・・また後でね!」
そう言ってコナツは背を向け、ケサック村に向かって走り出した。
白いワンピース姿の小さな背中を見送り、トワは手中のイヤリングをぐっと握ると、再びコナト村を目指して駆け出した。
「やっぱり、この辺にはまだ火が来てないみたいだな・・・・・・・・・・・・」
白煙の森から一番近い場所にあるコナト村南側地域で、トワは少しだけ安堵していた。
トワの予想通り、北側と東側を中心として火災が発生していたため、南側にはまだ火の手が届いてはいなかった。それでもここまで到達するのも時間の問題だろうが。
「けど・・・・・・妙だな」
ふとトワはそんな疑問を覚えた。南側はまだ火災が発生していない。にも関わらず、一部の家がことごとく崩壊しているのだ。しかも破壊された家々は一直線上にあり、まるで何か大きなモノが通った跡の様・・・・・・・・・・・・。
そこでトワの思考は急停止した。最悪の状況が脳裏に浮かんで消えない。
「この方角は・・・・・・・・・・・・」
心臓の鼓動が早くなり、冷や汗が頬を伝う。
「くそ!!」
倒壊した家が並ぶ一直線上に沿って続いている細い路地を全速力で駆け抜け、家を目指す。村人達の居なくなった静かな路地にトワの足音が忙しく鳴り響く。
「おじさん!!!!」
やっとのことで路地を通り抜けたトワを待っていたのは、家を支える柱が折れ、屋根が一階を押しつぶすように倒壊した家だった。
トワはフラフラと家に近づくと、無我夢中で瓦礫をどかし始めた。
「おじさん!! 返事をして!! おじさん!!!!」
「ト・・・ワ・・・・・・・・・・・・・・・か?」
家の中から今にも途切れそうなか細い声が聞こえてきた。
「おじさん!! 大丈夫?! 今すぐ助けるからね!!」
マノハートおじさんの姿は見えないが、トワは顔を明るくすると、急いで瓦礫の撤去を再開した。
「くそ・・・・・・!! 斬るしかないか!!」
家のどこの部分なのかはもはや分からないが、数本の細い木製の柱がトワの作業を妨害する。
トワはシャッと素早く背中にある剣を抜くと、思いっ切り木に斬りかかった。
細い木製の柱はその硬度を忘れてしまったかのように美しい断面を残して次々と崩れ去っていく。
「もうちょっと・・・だっ!!」
マノハートおじさん特製の剣は恐ろしい斬れ味を誇っており、大抵の物は真っ二つにしてしまうためトワも稽古以外での使用は禁じられている。だが当然今回は例外だ。
「トワ・・・・・・そこにいるんだな?」
「いるよおじさん!! もうちょっとだけ頑張って!! すぐ助けるから!!」
先程よりもはっきりとしたマノハートおじさんの声にますます気合が入り、作業の手を早めるトワにおじさんは予想だにしないことを口にした。
「トワ、今すぐ逃げなさい!!!!」
「え・・・・・・・・・・・・?」
おじさんの心理が理解できないトワに構わずおじさんは続ける。
「いいか、トワ・・・・・・!! 私からの最後の願いだ!! 今すぐここから逃げなさい!!!!」
「何言ってるのおじさん!! もうちょっとで・・・もうちょっとで助けられるんだよ?! あっほら!! もう手が見えた!!」
瓦礫の中から埃と血で汚れた両手が出現し、おじさんを押し潰している瓦礫と両手の間にできた隙間をトワは急いで覗き込んだ。
「おじさん!!」
両手と同じく血と埃まみれの顔をしたおじさんは、トワと目が合うと、一瞬顔を綻ばせた。が、すぐに眉を吊り上げ、先程と同じことを繰り返し言った。
「トワ、お前は物分りのいい子だ。 頼むから私の言うことを聞いておくれ! 早くここから逃げないとお前も殺されるぞ!!」
「殺される・・・?」
「ああそうだ!! この村の者達の半数以上がそいつに・・・・・・」
おじさんは急に話すのを辞めた。トワの背後を見詰めるその瞳は恐怖の色を滲ませていく。
「おじさん・・・? どうし・・・」
背後から突然突風が吹き荒れ、瓦礫が崩れる音と共に轟音が鳴り響く。
「うわっ!!」
辺りを一瞬でホコリや粉塵が包み、灰色一色に染め上げる。
「何だ・・・・・・?」
突風が収まると、トワは目を開け、恐る恐る風が吹いてきた方を振り向き・・・・・・そして、戦慄した。
「トワ・・・・・・息を・・・と・・・め」
マノハートおじさんの声も今のトワには届かない。
粉塵の幕の先でゆらゆらと揺れながら大きくなっていく巨大なシルエット。 その大きさは、二階建てだったトワの家を優に越すサイズだ。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
ドサッと地面にヘタリ込み、その影を見上げる。トワに許されたのはそれだけだった。
影は、平たいところから五つに分岐し、真ん中が一番長く伸びている。そう、まるで人の”手”のように。
巨大な”手”のシルエットは三箇所から赤い光を灯しており、それが粉塵の向こうでゆらゆらと不気味に揺れる。
「化物・・・・・・・・・・・・」
段々と光が大きく、輝いていくのをトワは呆然と眺めていた。
「死ぬ・・・・・・」
再び吹き始めた風に黒髪を激しく揺らしながら少年はそう呟いた。
すると、トワの後ろからいつもの穏やかなマノハートおじさんの声が聞こえてきた。
「トワ・・・・・・ありがとう、私を助けに来てくれて。 お前は私の立派な息子だ。 母さんを・・・ネサおばさんを頼んだぞ」
「え・・・・・・?」
おじさんの声を聞き、トワは振り返った。
”手”から発せられている赤い光は最高潮であることを示すかのように激しく輝いている。それは”手”に背を向け、おじさんのいる家を見ていたトワにも分かった。
「それってどういう・・・・・・」
トワがおじさんに聞こうとした瞬間、突然体が宙に浮いた。
突然の出来事に思わず目をつぶったトワは、ですぐにぱっと目を開き、自分を持ち上げたモノを凝視した。
「大丈夫か? ボウズ! とりあえずここから離れるぞ!」
トワを担ぎ上げたモノはそう言うと、信じられないスピードで走り出した。
二百メートル程を一瞬で駆け抜けると「ちょっとだけ我慢しろよ?」とトワに言ってトワを下ろし、そして包み込むようにしてトワを抱いた。
「化物!!」やこっちに来い!!」といった怒号が先程居た場所から聞こえる。
「マノハートおじさん・・・・・・」
そう呟いたトワは、ハッと顔を上げ、男の肩越しに顔を出した。
全貌を隠さんとばかりに光の出力を上げている化物と、崩れた我が家が目に入る。
「おじさ――――――!!」
刹那、閃光と轟音が相次いで起こり、トワは男の胸に全力でしがみついた。
「ふぅー・・・・・・危なかったな」
辺りが静かになるのを待って、男はそう言って立ち上がり、来た道を振り返った。
燃え盛る炎、そして木っ端微塵になった家々。マノハートおじさんのいる家ももう見えないが、獄炎の中にいることは間違いない。
「これは酷いな・・・・・・あのおっさんのお陰で助かった。でも、まさか本当にいるとはなぁ・・・・・・ってお? 大丈夫か、ボウズ。 ほら手を貸してやるよ」
そう言って差し伸べられた手をトワはとること無く、呆然と炎を見詰めていた。もう、おじさんの声が聞こえることはない。
男は一度目を瞑り、手を戻した後、トワに背を向けて言った。
「なあボウズ。 俺は今から”奴”を殺しに行く。 お前はコナト村の西側に向かって走るんだ。 そこに俺の仲間が一人いるはずだ。 出来るか?」
トワはゆっくりと男を見上げた。深緑色の短い髪に無精髭を生やしている。服装は上下とも、白色ベースの生地に青色のラインが入った装いで、背には藍色のマントを羽織っている。そしてその胸には、見たこともない徽章が装着されており、異様なオーラを放っている。徽章に関しては分からないが、その独特なカラーリングの制服にトワは見覚えがあった。
「分かりました・・・・・・騎士様もお気をつけて・・・」
そう言ってフラフラと歩き出したトワを横目で見ていた騎士は、ちょっと困ったように片眉を上げ、呟いた。
「ったく、あいつら俺を信じねーから出遅れるんだよ。 どーすんだよケサック村に行ったもう片方は・・・・・・」
偶然それが耳に入ってきたトワはピクっと肩を揺らし、震える声で騎士に尋ねた。
「騎士様・・・・・・今・・・なんて・・・・・・?」
「あっあぁ聞かれちまったか。 いや、俺の仲間の多くが俺の言葉を信じなくてな」
「そっちじゃなくて!! もう片方って・・・どういう・・・・・・。 それにさっきケサック村って・・・」
「あーそっちか。 今回襲って来た”奴ら”のもう片方が少し前にケサック村に向かったって報告を受けてな。 ていうかお前知らなかったの?」
一気に顔が青ざめたトワに、「どうした?」と騎士が不思議そうに問いかける。
「コナツ・・・!!!」
トワの頭の中で、最悪のシチュエーションが彷彿する。
「っと・・・”奴”め、俺達に気づいたみてーだな。 おいボウズ! 急いでここを離れろ!!」
そう言って振り返った時、自分の真後ろにいたはずの少年はいなかった。嫌な予感がしてさらに先を見てみると、少年は一直線にケサック村に向かって走っていた。
「あいつ・・・・・・・・・」
今すぐ連れ戻したいが、まずは眼前の敵を葬ってからでないと、少年にも危険が及ぶ。騎士は覚悟を決め、”奴”のいる炎の中に突撃した。
読んで頂き、ありがとうございます!!
次回話で第一章最大の衝撃が巻き起こります。
まだまだ続きます




