第二話 静寂
短いです
「はっ! はっ!」
まだ日が顔を見せ始めたばかりで、気温が馬鹿にならないくらい低い森の中で、風を切る音と共に、声変わりをしていない男の声が静かにこだまする。
永久持続型磁力船「マリア」の船頭地域の中でも、最果てに位置する村「コナト村」のすぐそばにある”白煙の森”の中で、少年トワは剣の朝稽古に励んでいた。
少し長めに伸ばしてある髪は、体の動きに合わせてサラサラと揺れ、まるで一匹の生き物のように躍動している。普段はフード付きのケープをつけている状態でないと外出はできないので、トワは新鮮な風を唯一全身で感じることのできるこの時間が、たまらなく好きだった。
百二十回ほど素振りをしただろうか。メニューの半分を終え、一息入れようと、剣を地べたに置き、腰を下ろしたところに、サッサッと草を踏む心地よい足音が聞こえてきた。トワは姿勢はそのままに、頭だけぐいっと後ろに下げると、少しだるそうに
「いつもは来なくていいって言ってるだろ、コナツ」とぼやいた。
手に小さめのバスケットを持ち、少しくせのある赤茶色の髪を揺らしながらやって来た少女、コナツは、眉をひそめて言った。
「あんた、いっつもそんなことばっかり言うんだから。 たまには感謝の言葉の一つや二つ言ってくれてもいいじゃない、のっ!」
語尾と同時にトワのおでこにデコピンをしたコナツは、にやっといたずら顔を浮かべると、デコピンをくらい、思わず目をつぶったトワの横に腰を下ろした。そして手に持っていたバスケットの中身を取り出しながらほんの少し残念そうに言った。
「今日は王都に行く日でしょ? いいなーコナツも行きたかったよ」
「遊びに行くんじゃないんだぞ・・・・・・」
「そんなの分かってるわよ。 でもね、やっぱり村で親に決められた結婚をして一生を終えるんじゃなくて、王都に行って自分の好きな仕事に就いて、その後に本当に好きな人と結婚したいじゃない」
「でも、女は村で一生を終えるってのが掟だからな」
トワのロマンチックのかけらもない返答を聞いて
「トワって本当に夢がないんだから」
と口を尖らせるコナツに、トワは「まあコナツと王都に行ったら楽しいだろうけどな」と言って無邪気な笑顔を見せた。
コナツはバスケットから取り出したリトルピーチと同じくらい頬を赤くすると、「ふ、ふーん・・・・・・あっそ!」と早口でまくしたて、ずいっとトワにそれを突き出した。
トワは一度首を傾げてから「さんきゅ」と礼を言ってすぐにリトルピーチにかぶりついた。通常のピーチよりは大きさの問題で食べ応えに欠けるものの、芳醇な果実の香りと、濃厚なピーチの甘味が口いっぱいに広がり、運動後の体に染み渡る。
「どう? うちのリトルピーチは。 おいしいでしょ」
ドヤ顔で顔を覗き込んでくるコナツのおでこにピンっとデコピンをお見舞いしてから、おでこを抑えているコナツにトワは素直に「うん。うまいよ」と正直に答えた。
その後、2人で残るリトルピーチを全てたいらげ、コナツが持ってきた水筒からお茶を注いでる時だった。ふと思い出したようにトワが切り出した。
「なあ・・・・・・下の世界って、どんな所・・・・・・なのかな?」
コナツはうーんと少しだけ考え込むと、「人間が住める所では無いって昔お父さんは言ってたけど・・・・・・でも、何でそんなこと聞くの?」と不思議そうにトワに聞き返した。
「何でって聞かれても困るけど・・・・・・でもさ、なんか気にならない? 下の世界がどうなってるのか!」
好奇心旺盛な子犬のように目を輝かせているトワに「えー?! コナツはなんか怖いよー。 怪物とかいたらどうするの?」とかぶりを振り、下の世界への興味を否定した。
そんなコナツを見たトワはにやっといたずら顔を浮かべ「コナツは怖がりだからなー」とコナツの頭をペシペシ叩きながら言った。
コナツはぷーっと頬をふくらませ、
「そんなことないもん! コナツはただ・・・・・・」
「ただ?」
尚もにやにやしながら答えをせかしてくるトワに
「んーーー!!! トワのいじわる!!」と言ってぷいっとそっぽを向いてしまった。
「ははははっ! ごめんごめん! 悪かったよ!」
腹を抱えて爆笑しながら謝ってくるトワを見ないで、そっぽを向き続けているコナツに、ようやく笑うのを止めたトワは、今度はそっとコナツの頭に手を置いて優しく語りかけた。
「大丈夫。 前にも言ったろ? どんな怪物が襲ってきても、必ず僕がコナツを守る」
ゆっくりとトワに向き直り、「本当?」と少し涙目になった瞳を向けるコナツに、トワは「うん!」と力強く頷いた。まだ14歳の少年が怪物相手に勝てるはずはないが、コナツは歴戦の騎士よりも心強く感じた。
「ありがとう、トワ。 コナツも・・・・・・トワが危ない目にあってたら絶対守るから!」
そっとトワの手を取り、コナツはやさしく微笑んだ。コナツは村一番だと村長に太鼓判を押されている程の美少女だ。その顔にはまだ少し幼さが残るものの、非常に整った顔立ちをしている。そんなコナツに村の子供達は愚か、大人までもがメロメロなのだ。
さらに白煙の森の木漏れ日がコナツの透き通った白い肌をより一層美しくライトアップする。いつも彼女を見ているはずのトワも少しの間見とれていたが、ハッと我に返ると気を取り直すかのように、一つ咳払いをして言った。
「さ、さてとそろそろ戻らないと。 朝食に間に合わないよ」
それを聞いたコナツは「おっそうだね!」と元気に相槌を打つと、片付けを開始した。
トワも地面に置いていた剣を持ち上げると、「ちょっとでも遅くなるとおばさん、すぐ怒るからな」と独り言を言い、それに「あははは」と笑ってくれるコナツをちらっと見た後、トワは村を一望することができるスポットが帰り道にあるので、そこに寄って行こうとコナツを誘った。
白煙の森は”森”ではあるが、山の一部なので、当然高低差はある。特に白煙の森辺りの高低差は厳しいと村人達の間では有名な話だ。(なのでトワはコナツに危ないからあまり来て欲しく無かったのだ)そんな白煙の森の中にあるトワだけが知っている絶景スポットに、今日はコナツを招待するのだ。
「もうすぐ着くからな」 と自分の半歩後ろをぴったりとついてくるコナツに声をかけ、ゴツゴツした下り道を少し行ったところで、右に曲がった。さらにそこから10分ほど歩いた所にある、折れた大木の前でようやくトワは止まった。
「結構歩いたね・・・・・・」
息を切らしながらそう呟くコナツの手を握り、「ほら、あの倒れた大木の上に登ったら、村が一目で見渡せるんだよ! コナツ、先に登ってみなよ!」
トワがほらほらとせかしてくるので、「じゃ、じゃあお先に・・・・・・」と大木をよじ登った。
「どうだ? 見えるか?!」
興奮気味のトワの言葉に押し出され、コナツは大木の上に立つと、目を大きく見開き、硬直した。
「どうだコナツ! すごい景色だろ!!」
尚も興奮が収まらないトワに、眼前に広がる光景に目を奪われたまま、コナツは震える声で言葉を絞り出した。
「村が・・・・・・・・・燃えてる・・・・・・!!」
まだまだ続きます