第一話 残痕
今回は長いです。
ここは・・・・・・どこだろう?
他にもたくさんの疑問があるがこれが一番の謎だ。
部屋で寝ていたいたはずの僕が、なぜこんな所に立っているのか・・・・・・いや、もしかしたら浮かんでいるのかもしれないが、空間認識が全くできないため、自分が今どのような状態なのかさっぱり分からない。上下左右を見回しても何も見えない、聞こえない。分かっているのはその程度のことだけだ。
僕が今居るこの空間を一言で言い表すとしたら、”闇”という言葉が一番合っているのだろうが、実際にここまで”無”の空間に包まれたことがないので、この言葉が最も適しているかは断定は出来ない。
もちろんここが夢の世界だろうという考えはあった。むしろ真っ先に思いついた。しかし、あまりにも意識がはっきりとしているし、痛覚もあったのでその可能性はすぐに除外せざるを得なかった。
「夢じゃなかったらどこなんだよここは・・・・・・」
少し苛立ち気味に呟き、俯いた。が、ふと顔を上げて人差し指と親指を顎に添え、脳をフル回転させて記憶を辿る。
「・・・・・・いや、ちょっと待て。ここに居るのは初めてじゃない・・・・・・気がする」
なぜかとても懐かしくそれでいて、恐怖も感じる。そんなモヤモヤした感じは、前にも体験したような記憶がはっきりではないが、少なからずあるのだ。
「ここにはやっぱり来たことがある・・・・・・。でも、下手に移動するのもなぁ。少し様子を伺ってみるしかないか」
僕がそう決断しようとしたその時、目前に淡い光が一つ、何の前触れもなく浮かび上がった。
「あれは・・・・・・?」
様子を伺うと決めてはいたが、どうにも気になり、僕は吸い込まれるかの様に光に向かって移動を開始した。
光に近づくに連れて、だんだんと音・・・・・・いや、歌が聞こえてきた。柔らかな声で語りかけるように歌うその声、メロディーが大きく、はっきりと聞こえるようになり、僕の足も比例して速度を上げていく。
歌がはっきりと聞こえるようになるにつれて無意識に僕の目から大粒の涙が溢れ出した。頭の中に濃霧が立ち込め、僕の理性を蝕んでいく。自分でもなぜ泣いているのか、全く理解ができない。
次々に生じる体の異変に戸惑い続けながらも、足は光の方へと向かい続けていた。もう自分の意志とは関係なく、勝手に動き続けるている。まるで誰かに体を乗っ取られたかのように、僕の命令に体の全機能が背いている。どうにもならない。体調は変化し続け、やがて胸がとても苦しくなり、呼吸も荒くなってきた。
「・・・・・・ハァハァ・・・・・・っああああああああー!!!!」
僕はもう、何が何だか分からないまま、泣き叫びながら光の中へ全力疾走で突っ込んだ。
眼前には黒ではない空間が広がっている。
「らああぁぁぁっっ!!」
そして前のめりになりながら、思い切り体を光の中へと思いっ切り放り込んだ。
闇の世界から脱出したんだ。
制御不能な体でもそれだけは確信することができた。
ここは・・・・・・どこだろう?
光の中で気持ちを落ち着かせた僕は再び同じことを疑問に感じていた。
頭中の濃霧も無くなり、意識ははっきりとしている。
さっそく使えるようになった体で新たな空間の解析を開始する。見た感じ何も無い、という点では変化は見られない。
だが、先程の空間とは違い、柔い光で構成されており、懐かしさは感じるものの恐怖は感じない。どうやらここにも来たことがあるみたいだ。相変わらずおぼろげにしか覚えていないが。
空間はどこまでも続き、永遠に僕を守ってくれるかのような心強さを感じた。
まるで・・・・・・母さんに抱かれてるみたいだ・・・・・・。
そう思い始めた時、頭の中に再び濃霧が立ち込め、思考能力を奪い去って行った。
幸せだ・・・・・・。
そう感じて気づいた。今度の濃霧は思考を犯していくタイプのなのだ、と。
しかし何も抵抗できないまま意識を蝕まれていった。
もうこのままいつまでもここに居ようかな・・・・・・。
既に脳内お花畑の僕にはそれ以外の選択肢はもはや無かった。
だが、 この空間はそれを許さなかった。優しい光は突如として真紅に染まり、空間その物が大きく波打ち出した。さらに血管のようなものがいくつも浮き出すと、破裂するのではないかと思うほど激しく脈打ち、空間全体に脈を伸ばしていった。
あまりにも突然のできごとに混乱する僕の耳に、言い争う2人の男女の会話が飛び込んできた。
「あともう少しなんだ、もう少しだけ待ってくれ!」
「もうダメよ! すぐそこまで来てる!! 早くしないと何もかも手遅れになるわ!!」
「この子に人類の未来全てが掛かっているんだ! これを取り付けなければ・・・・・・、これさえあれば人類は再び戻ってくることができる!!」
「それでも、この子を逃がすことが出来なければ全部水の泡じゃない!! 早くカプセルに入れて!!」
「・・・・・・よし、出来た! 頼んだぞ、私たちの愛しい・・・・・・」
刹那、轟音が鳴り響き、音声は途切れた。それと同時に空間の歪みも収まり、色も元の淡い光へと戻った。
「これは・・・・・・・・・一体・・・・・・?」
何もかもが唐突すぎて、頭の整理が全く間に合わない。本当になんなんだここは。
頭をくしゃくしゃと掻き「んー・・・・・・・・・!!」と唸る。しばらくの間(といっても数十秒だが)唸って髪をくしゃくしゃするのを繰り返し、一つの結論を出した。
「とりあえず出口を探そう」
これが僕が考えた上でできる最善策であり、限界だった。
僕の頭では今まで起こったことや、この空間について自分の納得のいく説明をすることなど到底できない。また、さっきみたいに待っていれば新たな空間への入り口が出現するのかもしれないが、それが現実世界に戻れるものである確証は無いし、戻れないリスクの方が高い。しかも、一度はここに来たことがあるのなら、前回はここから抜け出し、現実世界に戻ることに成功した、ということになる。となればいち早くここから脱出する方法を見つけることを目的とした方が良いと思ったのだ。
何か出口らしきものはないかと 一度辺りを見回し、やっぱり何も無い空間であることに溜息をつきながらも、僕は歩き始めた。
しかし、数十歩前に進んだところであることに気づき、立ち止まった。
辺り一面に存在しているあるもの、突然現れ僕に多大なる混乱をもたらしたものの一つ。 つまり、
血管が消えていないのだ。
いや、正確に言えば、先程の空間の歪みの際に大きく脈打っていた血管のようなもの、だ。今にも破裂しそうな勢いで脈打っていたものが、今ではピクリとも動かないので気付かなかった。
僕は一種の好奇心のようなものに駆られ、血管のようなものが密集している部分に近づいた。
目の前までやって来ると、入念な観察を開始した。もしかしたら、ここから出る鍵になるかもしれない、そんな期待を込めて。
だが、残念ながら「グロい」以外の感想は出なかった。
「脱線してる場合じゃないよな、早く出口を探さないと」
再び出口探しを始めようと血管から目を外した時、妙な違和感を覚えて、僕は視線を血管に戻した。
血管に変化は何もなく、やはり「グロい」ままだ。
「なんか・・・・・・動いた気がするんだけどなあ」
うん? と首を傾げながらもう一度まじまじと観察する。やはり変化は何も無い。
「思い過ごしか・・・・・・」
血管から目を切り、今度こそ出口探しを開始しようと立ち上がった時、それは動いた。
ハッとして血管から一歩下がり、様子をみる。初めのうちは微動する程度だったが、徐々に動きを増していき、さっきと同じように激しく鼓動するようになった。
「また何か起きるのかよ・・・・・・!!」
全神経を尖らせ、周囲を警戒する。次に起こることが僕に直接危害を加えないものであるとは限らない。
だが、血管は僕に近づいてくる、などの直接的攻撃を加えようとはしなかった。代わりに再び理解不能な事象を巻き起こした。それは僕が状況判断をするのを阻害するのに十分なものだった。
広範囲に散らばっていた血管は、芋虫のようにクネクネと空間を這いながらある一点を目指して一斉に移動を開始したのだ。やがてそれらはその一点を中心として円を描きながら集合し、這うスピードを上げながら周り続けた。
「なんだこりゃ・・・・・・」
唖然として見詰めていると、それはやがて渦になっていき、空間上に一つのブラックホールを生み出した。
「うおっ!!」
ブラックホールから発生された強風が、僕を吸い込もうと吹き荒れる。
「く・・・・・・っそ・・・・・・!」
負けじと足に力を込め、手を握り、歯を食いしばった。しかし、ブラックホールは全てを吸い込み、消滅させるもの。僕は疾風の如く、ブラックホールに吸い込まれた。
「痛っ!!」
突然ブラックホールから吐き出された僕は、勢いそのままに地面に叩きつけられた。
「ったた・・・・・・・・・ってあれ?
僕・・・・・・生きてる?!」
地面に倒れたまま、僕は自分が生きていることに疑問を感じながらも、痛みを感じたということは、生きてる証拠だ、と勝手に結論づけた。
「それにしてもよく生きてたなぁ・・・・・・」
地面に手をついて、よいしょと体を起こす。一応体に不備がないか一通り見回し、手も足もちゃんとついてることに一安心した。
自分の無事を完全に把握し、僕は前を向いた。
「今度は・・・・・・どこだ?」
三度目の空間移動を経験した今、どのような場所に転送されても別に驚きはしないのだが・・・・・・、
「戻って来た・・・・・・」
何も無い、という概念をとっぱらい、そこには背丈の低い草が無数に存在していた。紛れもなく、現実世界にある”草原”だ。
「やった! やっと戻って」
そこまで言いかけ、口を閉じた。そして辺りをもう一度見回し、いい加減言い飽きたセリフを吐いた。
「ここ・・・・・・どこ?」
確かに僕が今居る場所は広大な草原だ。もう夕方なのだろうか、太陽が朱色に染まり地平線の彼方へと落ちて行っている。僕がいた世界には当然存在していた光景だ。しかし、僕は自室のベットで寝ていたはずなのだ。もし現実世界に戻ってこれたのだとしたら、なぜ見ず知らずの草原にいるのか、合点がいかない。
「まだ戻れないのか・・・・・・」
落胆と絶望の入り交じった感情が僕を支配していく。いつになれば元に戻れるのか。検討もつかない。
ドサッと地面に腰を下ろし、沈みゆく太陽を眺める。これからどうすれば良いのか、夕日に向かって心の中で問いかけた。
二十分は眺めていただろうか。夕日は今にも沈みそうになり、辺りをだんだんと闇が侵食してきている。
「まずいな」
このまま夜になるのは明らかに危険だ。もしかしたら気温がグンと下がる所なのかもしれないし、夜行性の獣が出てくるかもしれない。かといって周囲に夜を越せそうな都合の良い洞窟なども見当たらない。
ここに留まることが一番の下策だと思い、とりあえず移動を開始する。なるべく陽が当たっている辺りを目指し、早足で。
ザッザッと草を踏み分け、徐々に減少していく陽の光をすがる思いで追いかける。が、突如、僕は肩から強い力で引っ張られ、強制的に体を180度かいてんさせられた。
「なっ・・・・・・」
振り向いたところで僕は絶句した。僕を振り向かせた張本人は長めの金髪に凍るような青い瞳を合わせ持ち、高貴な服を身にまとった少年だったのだ。 変な空間に来てから初めて会った人間だ。
緊張の緒がプツッと切れ、手をワナワナさせながら恐らく同年代であろう少年を足から頭まで見て、人間であることを確認した後、今まであったことを全て話そとした。が、なぜか声が全く出ないようにない。僕はかろうじて口をパクパクさせることしかできなかった。
そんな僕の奇行を見た少年は慌てる素振りひとつ見せずに僕に向かって爽やかに微笑むと、右手をゆっくりと僕の胸に押し当て、口を開いた。
「今度はキミに託すね。 上手に使ってくれよ。 できればキミで終わらせてくれ」
少年はまるで言い慣れたかのようなセリフを言い終わると、
「少し痛いかもしれないけど、我慢してね」と付けたし、右手に少し力を込め、叫んだ。
「コントラクト!!」
「うわあああぁぁっっ!!!!」
ガバッと勢いよく上体を起こし、ハァ!! ハァ!!と荒い呼吸をする。長めに伸ばしてある黒髪がそれに合わせて揺れ動き、肩も大きく上下に揺れる。大量に吹き出した汗は頬を伝っていくつも落ちていった。
何度か深呼吸をして少しだけに落ち着きをとり戻すと、ゆっくりと辺りを見渡した。鮮やかな色はどこにも見当たらない質素な部屋。見慣れた自分の部屋だ。
まだ少し荒い呼吸をしながら下半身に掛かっている掛け布団に目を移し、滴り落ちた汗をだんだんと染み込んでいくその姿を見ながら呟いた。
「夢・・・・・・か・・・・・・・・・」
時刻は午前五時三十二分、黒髪の少年、トワは疲労困憊の朝を迎えた。
まだまだ続きます。