股間で撃て
緑の魔物との、熾烈な戦いを終えた俺は、一路ネトリ村へと歩を向けた。
…しかし暑い
こちらへ来る前の日本は冬だったこともあり、余計にそう感じるのかもしれないが、初夏を越えたくらいの気温に感じる。
加えて、歩けども歩けども、目的のネトリ村が見えないことが、余計に暑さを感じさせるのかもしれない。
戦う術を手に入れたとは言え、ここは異世界。
どのような危険が待ち受けているか、わかったものでは無い。
緑の魔物然り。
あんな危険な生き物が平然と闊歩している上に、盗賊だって居るかもしれない。
一応、街道らしきものを歩いてはいるが、見渡す限りの人気の無さ。
俺のようなうらぶれた中年男性の一人旅など、襲ってくださいと言わんばかりだ。
まぁ、実際襲われたとて、所持している金目の物など無いのだが、命が危険に晒されるのは間違いない。
そんな感じで歩き続けていると、遠くで何か動いている物が見える。
近づくごとにはっきりと見えてきたのは、どうやら馬車が何かに襲われているようだ。
ほら来た。
知ってる、知ってますよこのパターン。
盗賊が、商人の馬車を襲っているんでしょう?
わかるわかる、この場合のパターンはこうだ。
①商人は気の良い人で、助けるとネトリ村まで連れていってくれて色々便宜を図ってくれる。
②助けに向かうと、商人はすでに死んでいて、荷物の奴隷が仲間になる。
③馬車に乗っていたのは御姫様で、護衛の女騎士が「くっ!殺せ」とか言ってるのを助けると国賓待遇で迎えてくれる。
④馬車に乗っているのは犯罪者で、助けるとその後の死刑シーンが無くなって、いつまでもドラゴンが襲ってこないので話が進まない。
そんな所だろう。
ただし、どれも助けに入った場合だ。
そもそも俺は、助けに入るなんて危険な選択肢を選びはしない。
いくら少し戦えるようになったからって、慢心はいけない。
好奇心は猫も殺すのだ。
触らぬ神に祟り無し。
そんなことを考えるていると、どうやら戦闘は終わったらしく、馬車が猛スピードでこちらへ向かってくる。
「ヒャッハー!今日は獲物が多い日だぜぇええええ!」
どうやらパターン⑤を引いてしまったらしい。
襲われていたのは徒歩の一般人で、襲っていたのは世紀末な人のようだ。
普通、盗賊が馬車で移動してるとか、おかしくありませんか?
「新鮮な肉だー!」
叫びながら、馬車はグングンと距離を縮めてくる。
まずい、見えてるだけでも向こうは3人。
このまま接敵したら俺はヤられる。
早鐘のように鳴る心臓。
呼吸が出来ない。
後20m。
嫌だ、死にたくない。
その時、不思議なことが起こった!
世界が灰色になり、時が止まった世界で俺の中の何かが弾けた。
そして俺の心に一つの技が刻まれる。
「股間光殺法!」
俺の叫びと同時に、世界は色を取り戻し。
社会の窓を突き破った愚息が、黒光りする砲身へと姿を変える。
その後は一瞬だった。
俺の股間から撃ち出された、眩いほどの光線が馬車を貫き、世紀末な方々を欠片も残さず消滅させた。
また一つの危機を乗り越えた俺は、ゆっくりと歩みを進める。
さきほど襲われていた人が、まだ生きているかもしれない。
目立った危険さえなければ、声をかけるのもいいだろう。
一歩一歩、確実にこの見知らぬ大地を踏みしめていく。
そんな俺を祝福するかのように、暑い大気の中、気まぐれな涼風が俺の股間を撫でていく。