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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
79/80

44 Side Tsukasa 01話

 マンションに帰ってくると、姉さんの家のポーチに明かりがついていた。

 このマンションは季節によって時間は異なるが、外が薄暗くなる前にポーチの明かりが着くシステムになっている。が、姉さんと兄さんの家だけは違う。

 人がいないときはポーチの明かりを点けない。そうすることで自宅にいるのかいないのかがわかるようにしていた。

 その習慣は、姉さんが病院で仕事をしていたときから変わらない。

 ここのところは俺が帰ってきたらポーチの明かりを点ける、ということが多かったが、今日はすでにオレンジ色の光が灯っている。つまり、姉さんが帰宅しているということ。

 玄関を開けると、

「おかえり」

 姉さんはキッチンから顔を覗かせた。

「ただいま」

「今夕飯作ってるから二十分以内でお風呂から上がってくること」

 帰宅してすぐ命令された。

「……その二十分の使い道、俺に選択権はないわけ?」

「ないわね」

 相変わらず横暴だ。

「私が用意する夕飯の席に、ホコリっぽいまま着かれてたまるか」

 言いたいことを言いたいだけ言うと、姉さんはすぐキッチンへ引っ込んだ。

 別にホコリっぽい場所で作業をしてきたわけではないが、近頃は帰ってきたらシャワーを浴びるというのが習慣になっていた。

 実のところ、姉さんの命令に背く理由もなければ選択肢がほかにあったわけでもない。

 自室にかばんを置くと、着替えを持ってバスルームに向かう。しかし、バスルームの引き戸を開けたときに考えが変わった。

「悪い、三十分にして」

 バスルームの前から声を発すると、眉間にしわを寄せた姉さんがキッチンから顔を出した。

「なんで」

「少し湯船に浸かりたい」

「……疲れてるの?」

「多少」

「ふーん……いいわ。きっかり三十分よ? パスタの茹で上がり時間を合わせるからそれ以上は認めない。それ以上になったら……そうね、バスルームで食べさせようかしら?」

 本気なのか冗談なのかわからないまま、

「とっとと入ってらっしゃい」

 と、再度キッチンへ姿を消した。


 ボタンひとつで湯が溜まるのは便利だ。

 実家は手動でコックを捻ってから湯が溜まるまでに十分近く要す。そして、自動的に止るわけではないため常に時間を気にして待たなくてはいけない。

 一方、このマンションはボタンを押してから五分もかからず湯が溜まり、湯は勝手に止まる仕組みになっている。

 湯を溜めている間に洗面所の引き出しから炭酸ガス発泡系の入浴剤を取り出しバスタブに放り込んだ。

 その後いったん自室に戻り、学校で使ったジャージなどの洗い物を洗濯機に入れ、風呂上りには稼動できるようにスタンバイを済ませる。と、ピピピ、と湯が溜まったことを知らせる音が鳴る。

 精神的なリラックスを得るために、湯の温度は三十九度と少し低めの設定にしてあった。

 それとは別に、眼精疲労への対応として、熱めのお湯に濡らしたフェイスタオルを目に乗せる。

 タオルの温度が下がれば、再度熱いお湯に濡らし絞っては目に乗せる。

 これを繰り返し、血行を促進させるだけでもかなり楽になった。

 まだ八時過ぎだ。交感神経が刺激されたことで困ることもないだろう。

 翠は集中し出すと時間を忘れる傾向にある。だからリトルバンクへのアクセス時間を制限した。 

 あんな数字ばかりを目で追っていたら、活字を追うよりも目に負担がかかる。

 翠の場合、間違いなく眼精疲労から頭痛に直結するタイプだと思った。

 最悪の場合、ホットタオルと筋弛緩剤のあわせ業という入れ知恵はしてあるが、それでも頭痛が起きないにこしたことはない。

 なんとか、そんな症状を起こすこともなく今日までやってこれたが――。

 翠は今日まともに休めるのだろうか。


 風呂から上がりダイニングへ行くと、テーブルに夕飯が並んでいた。

 見るからにできたての料理。

「……何、どうしたの?」

 思わずそれらを指して訊いてしまう。

「作ったに決まってるでしょ?」

「いや、そういう意味じゃないんだけど……」

「トマトソースのシーフードパスタ、好きでしょ?」

「好きだけど……」

 パスタ皿に盛られたパスタには、直径四センチほどの大ぶりなホタテが五個も乗っていた。

 飾りに添えられたパセリの青さが一際目を引く。

 パスタのほかにはレタスときゅうり、ミニトマト、コーンとシーチキン、ワカメが添えられたサラダ。お手製と思われるドレッシングはイタリアンドレッシング。

 カゴの中にはフランスパンが四切れ入っており、テーブルの真ん中にはオリーブオイルの入った透明のガラスボトルが置かれている。

 なんてことのないメニューではあるものの、並んでいるものすべてが俺の好きなものとなると話は別。何があるのか、と勘ぐらずにはいられない。

「別に何もないわよ……」

「じゃ、何? 今日、俺の誕生日でもなんでもないんだけど」

「……たまには姉らしいことをしようと思っただけ」

 そんな恐ろしい日はなくてかまわない。

「明日、雨とか雪、雹に降られると困るんだけど……」

 やるなら別の日にしてくれ。

「……言うわね。明日は晴れって予報に出てたわよ」

「だから、それを覆されるような真似をされると困るんだけど」

「相変わらずかわいくないわねぇっ!?」

 かわいくてたまるか……。

「ほら、食べるわよっ」

 席に着き、「いただきます」と手を合わせてからフォークを手に取った。それにパスタを絡めるものの、やっぱり納得がいかない。

 これは食べる前に訊き出したほうがいい気がする。

「本当になんなの?」

「しつこいわねぇ……」

 姉さんは嫌そうな顔をしてから、本音を口にした。

「黙っててくれたんでしょ? 知ってたのに……」

「……あのさ、必要最低限、主語述語目的語は欲しいんだけど」

「だからっ、静との婚約のことっ」

 あぁ、と思う。

「どうしたら俺にばれないと思えるのかが未だに不思議でならないんだけど」

「……いつから知ってたのよ」

「いつから? そんなの忘れた。とりあえず、酒に潰れた姉さんを介抱してるときに知ったのは確か」

 酒、弱いんだから気をつけろよな、とは思った。けど、そんな姉さんを連れ帰ってくるのはいつも静さんだった。

 そこからして計算づくにしか思えない。

 静さんは俺が気づくことを知っていながら姉さんを送り届けていたとしか思えなかった。

「で、何? この料理って口止め料のつもり?」

「別に口止めってわけじゃないけど……あと少し黙っててよね。栞を驚かせたいから」

「……俺が口外したところで何の利もない。むしろ害しかないんじゃない? 食後の片付けは俺がやるから」

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