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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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37 Side Yui 01話

 司っちに二度目の電話をしたあと、十分くらいしてからようやくリィの姿を見ることができた。

 が、一緒にいたのは司っちではなく、司っちと同学年の美都くんだった。

 その時点で何かあったのかな、とは思った。

「遅くなってごめんなさい」

 リィ、怒ってるわけじゃないよ。ただ、心配しただけ。

 申し訳なさそうな顔をするリィの額を軽く小突き、そのことだけ伝える。

「連絡取れなくなるから心配したでしょーが」

 なんていうか、保護者みたいな一言に俺が心酔してしまいそう。

 大人ぶるのってちょっと楽しい。

 大人にはなりたくないとか思ってるくせにね。

 美都くんにお礼を言うと、

「いえ、自分は司に頼まれただけですから。じゃ、翠葉ちゃん、家に帰ったら会計作業お願いね」

 スマートな返答かつ、伝えるべきことは伝えた。そんな感じ。

 ふたりになったけど、俺はまだ本題は切り出さない。

 リィに探りを入れるときは念入りな準備が必要。

「ご利用は計画的に」ってフレーズ、実はかなりお気に入り。

「何、この学校。生徒会は皆美形じゃないと入れないとかって規約でもあんの?」

 リィは少し考えてからこう答えた。

「ううん、さっき聞いた限りだとそういう規約はなかったかな」

 規約――あぁ、生徒会規約ってやつかな?

「でも、みんな容姿が秀でてるよね?」

「違うんだよ。みんな成績も容姿も人としても秀でているの。それでいてお仕事もできる人たち。私がいることがおこがましくなるくらい……」

 ほい、一丁上がり。

 リィ? 口にしただけだったら突っ込まずにいられたんだよ?

 でもさ、口を手で押さえちゃったらアウトでしょう。俺、そういうところではスルーしないよ?

「何かあったんだ?」

 一言訊いただけで、リィは涙をいくつか零した。

 その涙に自身が気づくと、眉根をきゅっ、と寄せて悲愴そうな顔をする。

「ま、とりあえず帰ろうよ。ほら、六時目前。早く帰って寝なくちゃ」

 助手席に押し込めると、俺もすぐ運転席に回りこんだ。

 シートベルトを締めるときになんとなくリィに目をやると、その手には手ぬぐいが握られていて、涙はすでに拭き取ったあとだった。

 でも、目は赤いし、今でも表面張力ぎりぎりって感じの潤み具合。

 いいよ……。今は何も訊かないから、頭の中であれこれいっぱい考えてごらん。

「考える」って行為はすごく大切なことだから。

 今、自分の身に起きていることや、周りで起こっていることをちゃんと考えるのって重要だよ。それは、次につながるステップになるからね。

 平坦な道の人生なんてつまらない。

 リィの人生はでこぼこしすぎている感が否めないけど、それでも、何もない平坦な道を歩く人生よりも、よっぽど価値があると思う。

 価値なんて人それぞれだけどさ、俺はそう思う。

 どんなに悲惨な出来事だって、全部自分の糧になるんだ。そうできるかできないかはその人の問題。

 リィはこっち側においで。

 俺をこっち側に連れてきてくれたのは、引っ張ってくれたのはほかでもないリィだよ。だから、リィもこっち側においで。

 いつまでもそっち側にいないでさ。そのための手助けならいつでもするから。

 俺にできることは少ないけど、あれこれ画策するのは性格上というか仕事柄というか……ま、得意なんだよ。


 数分の道のりを俺は鼻歌交じりに運転した。

 カーステから聞こえてくる音がどれも無機質に聞こえたから。そこに多少の温度を持たせるべく自分の声を追加した。

 いつもならマンションのロータリーでリィを降ろすわけだけど、今日は降ろさずに立体駐車に入る。

 湊さんの駐車スペースは立体駐車場の二階。でもって、連絡通路まで徒歩十秒。

 駐車場においての一等地である。

 車を降りてエレベーターホールに着くと、リィが何か思い出したように顔を上げた。

「唯兄、私――」

 大丈夫、わかってるよ。学校から送られてくるファックスのことでしょう?

「リィはさ、まず寝ようよ。申請書やらなんやらは俺があとで取りに行ってあげるから。じゃないと時間がずれ込んで夜の作業ができなくなるか、予習復習の時間が取れなくなるよ。ね?」

 リィは俺の言葉に俯くように頷いた。

「でも、身体は疲れていても心が寝るって行為を従順に受け入れてくれなさそうだよね」

 そんなときに飲む薬なら、俺も知ってるんだ。

 リィ、大丈夫。大丈夫だよ。


 九階に着き玄関を開けると、栞さんと碧さんが出迎える。

 栞さんは不安そうに声をかけてきて、碧さんは「何かあったのかな?」くらいの顔。

 やっぱり、本当の母親と、リィが好きでお世話していた人の取る行動や表情って違うよね。

 俺はそんな観察をこっそりとしていた。

「とりあえずリィは寝かせたほうがいいと思うから、それはあとね」

 今、何かを訊きだして興奮させて眠れなくなるのは得策じゃないから。

 俺はリィを連れてふたりの間をすり抜けた。

 リィを洗面所に追いやり、

「まずは手洗いうがいでしょ?」

 すると、後ろから碧さんの声が追加された。

「翠葉、ついでに顔も軽く洗っちゃいなさい」

 さすがだね。

 碧さんと俺って意外と意思の疎通ができてると思うんだ。

 そしてきっと、栞さんはまだ少し悶々としてるかな。リィが好きすぎて、心配しすぎて。

 でも、あの人は看護師だから。すぐに頭を切り替えて、今のリィに何が必要なのかをはじき出すと思う。

 今のリィに必要なのは休息――。

 手洗いうがいに洗顔を済ませたリィに制服を着替えるように言うと、コクリ、と首を振って洗面所から出ていく。

 あーあ……。なんだかかわいそうなくらいに飽和状態。

 いったい何があったんだか……。

 なんとなくなんだけど、学校で何かあったとしたら、それは司っちが関係することなんじゃないかな、と思う。

 俺はうがいと手洗いを済ませると、ダイニングに置いてあるリィの薬箱を開いた。

 その場には碧さんと栞さんもいる。

「こんなときにはこれでしょう?」

 栞さんに見せた薬は抗不安薬。

 巷ではマイナートランキライザーと呼ばれる精神安定剤。

 でも、リィはこの薬をそういう用途では使っていない。

 痛みで身体全体が硬直し、筋肉まで凝り固まってしまうことから、それをほぐすために筋弛緩剤として使っている。

 結果的にはどっちでもいいんだ。

 痛みで不安になっている心を落ち着けるための薬でもあり、筋肉を弛緩させてくれる薬でもある。そういう薬。

「……看護師は私なのに、なんだか負けてる気分だわ」

 栞さんが苦笑と共にゴーサインを出してくれる。

「はい、お水」

 グラスに水を用意してくれたのは碧さん。

「とりあえず、寝かせてくる」

「お願いね」

 ふたりに見送られてリィの部屋へ向かった。


 ノックして部屋に入ると、ルームウェアに着替え終わったリィがベッドに腰掛けていた。

「こんなときはさ、薬の力を借りるのも悪くないよ」

 手に持っていた薬をリィに見せる。

「睡眠導入剤までは使う必要はない。ちょっと気分を落ち着けるために飲むもの。俺も、精神的に不安定だった時期があるから、そういうのはわかる。素人判断って言われたらそれまでだけど、この薬ならリィも普段から飲みつけてるでしょ?」

 一応栞さんの了承は得たから問題はないんだけどね。

 リィは何を喋るでもなく、俺の手に載っている薬を二錠口に入れ、俺が差し出したグラスを両手で持ってはコクコクと水をすべて飲み干した。

「あとはラヴィでも抱いて寝ちゃいな。七時少し回ったら起こすから」

 誘導に誘導を重ねると、リィはようやく口を開いた。

「唯兄……ありがとう」

 小さすぎる声だったけど、大丈夫。

 ちゃんと聞こえてるよ。

「うん。なんだったら寝付くまでここにいるけど?」

 空ろだった目に光が戻る。

 そうだよ。こっちに戻っておいで。

「手、つなぐと安心するんでしょ?」

 にこりと笑みを向けると、

「じゃ、少しだけ……」

 控え目な声が返され、少し躊躇いつつ布団から左手を出した。

 俺はベッドを背にして座り、リィと同じ左腕をベッドに乗せ手をつないだ。

 冷たい手――。

 こんな手に触れるとセリのことを思い出す。

 セリのことは妹とは思えなかった。でも、リィのことは妹にしか見えない。

 もちろん、セリのことも守りたい対象ではあったけど……。

 でも、これはなんなんだろう。

 妹として守りたい子。女の子として、じゃないんだ。

 血のつながりなんてあってもなくてもどうでもいい気がしてきた俺はちょっとまずいのかな?

 図々しいにも程があるってこういうこと?

 でも――今、俺の家族はここにある。ここが俺の家なんだよね。

 それをしっかりと心も身体も感じているんだ。


 目を瞑ったリィの顔を見つつ、左手で部屋の照明を落とす。そして、わざわざ出してくれた左腕を布団の中にしまった。

 別に、布団の外に手を出さないと手がつなげないわけじゃないからさ。

 そんな変化にすら、「ありがとう」と小さく口にする。

 俺は何も答えない。

 これが普通でいいんだよ。これを普通にさせて。

 ほら、寝ちゃいな。


 ……さて、司っち。

 君、何をしてくれたのかな。

 今、うちのお姫様に何かできるのは君だけだと思うんだけど。

 ……もしかして俺のせい?

 少し考えてみるんだけど、彼がリィを故意的に傷つけるとは考えがたい。

 だとしたら――傷ついているのかはわからないにしても、何か衝撃を受けたことには変わりがないとして、それが司っちの言葉だとしたら、この状況で彼はリィに何を言わなくちゃいけなかったんだろう。

 うおおおおおおっっっ。

 あの場に戻って美都くんを捕まえたい気分だ……。

 否、リィの前では訊けないことだから、どっちにしろあの場で訊けることではなかったんだけど……。

 背後から寝息が聞こえてきたところで携帯を取り出した。



件名 :何をしたのさ

本文 :ほら、怒らないから

    白状しなさいってば。

    ちゃんと返信ちょうだいよね。



 以上。

 返信は意外と早くにあった。



件名 :Re:何をしたのさ

本文 :とくには何も。

    生徒会規約を覚えてないバカ、

    くらいなものですよ。



 くっそ、意味わかんね。っていうか、それわかってて返信してきてるよね? 間違いなくそうだよね?

 司っち、マジで俺と対張れるよね。

 でも、生徒会規約、か――。

 それを見れば答えがあるってことだよね。

 俺はそっとリィの部屋を出て、自室のパソコンから藤宮高校のサイトへアクセスした。

 今から俺が閲覧する場所は防壁があるわけではなく、一般的に公開されている部分だからサクサク開けてつまんない。

 最初から全部読むつもりなんてさらさらない。

 検索機能さん大活躍で、生徒会規約にジャーンプ。

「……ふーん、なるほどね」

 司っち、やってくれるじゃん。

 俺は確かにゲストルームで仕事ができる状態をリィの気持ちの負担にならないように押し付けろってところまで任せたわけだけど、それをより鉄壁なものにしてたわけね。

 準規約は一般からのアクセスでは見られないようになっていたけど、俺にとっては薄っぺらいレースカーテンみたいなもの。

 サクっと覗いて準規約を見てきた。

 なんで隠されているのかもわかった。

 準規約には生徒のフルネームが出るからだ。

 そこにリィの名前を見つけて思った。

 降参降参、今回は俺の負け。

 っていうか、秋斗さーん……。あなた、まだ十七歳の彼にどれだけのことを仕込んでるんですか? それとも、これは血のなせる業?

 いや、少なくとも海斗っちからはここまでのものを感じない。

 やっぱり、一番近しい人間であり、似たもの同士としか思えない。

 椅子の背もたれに思い切り重心をかけたら、後ろに倒れそうになって焦った。

「この倒れるかもってときのドキドキ感ったら半端ないよね」

 誰に問うでもなく、長方形の部屋に響く俺の声。

 もう一度携帯を手に持ち、司っちからの返信を読み返す。

 ……大丈夫だ。彼なら大丈夫。

 きっと、このあとの収拾作業まで見越して行動しているのだろう。

 あと数時間もしたら、何食わぬ顔をしてゲストルームに現れるに違いない。

 そのとき、リィが呆然するのかあたふたするのかはわからないけど、そんなリィを目の前にしても、淡々と何か言ってのけるんだろうね。

 そうじゃなかったら君じゃないよね――?

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