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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
75/80

31 Side Shiori 01話

 最近は若槻くんが自発的にゲストルームの家事に触手を伸ばしてきているあたり、私のお役ご免も近い気がする。

 それでも、なんでかしらね……?

 血もつながっていないし、自分の子というわけでもないのに翠葉ちゃんの側にいたいと思うのは……。

 これが俗にいう「情」なのかしら。

「若槻くんに私の仕事を取られてなるものですかっ!」

 自分に喝を入れて家を出た。


 私がこの時間に来ることは三人とも知っているし、私は基本的にこのゲストルームへ入るときにインターホンは鳴らさない。

 それは翠葉ちゃんたちの了承も得てのこと。

 今日もいつもと変わらず七時五十分少し前くらいにゲストルームの玄関を開けた。

 すると、そこには出かける準備を済ませた翠葉ちゃんと蒼くん、それを見送ろうとしている若槻くんが揃っていた。

「あら? 今日は少し早い?」

 私の問いかけに、返事の代わりのような苦笑を返してきたのは翠葉ちゃん。

 何か、あるのね……? それは学校で、なのか、翠葉ちゃんが、なのか……。

 そんなことを考えつつ、手に持っていたお弁当をふたりに渡す。と、

「俺、今度弁当作ってみようかな。そしたらリィ持ってってくれる?」

 翠葉ちゃんは驚いて何も返せない。そこで、私は少し文句を言うことにした。

「ちょっと、私の仕事をいくつ取り上げたら気が済むのかしら?」

「俺ができる限り?」

「……若槻くんが家事をできないくらい、秋斗くんに仕事振ってもらうように言おうかしら」

 そんな会話の流れからか、

「唯兄、お仕事大丈夫なの……?」

 翠葉ちゃんが不安そうに若槻くんに訊く。と、

「仕事のことなら気にしなくていいよ。それに、この家で暮らすなら、生活スタイル変えたほうがいいと思うんだ。そのほうが俺の身体にもいいしね」

 若槻くんの言葉には目を瞠るものがあった。

 これがあの若槻くん……?

 ふと、出逢った頃の彼を思い出す。

 笑うし受け答えもまとも。それでも、人とかかわろうとすることはなく、自分の考えすらその場に合わせて順応するタイプの子だった。

 意識してそうしているのか、無意識なのか、そんなこともわからないようなつかみどころのない子だったのに……。

 翠葉ちゃんや御園生の家に関わるようになって劇的に変わってきていることは知っていても、それまで刹那的に生きてきた彼からは考えられないような言葉の数々。

 人って、変わるのね。――変われるのね。

 そう思うと、その場の会話には加わらず、見守りたい気持ちになった。

 話の内容からすると、ものすごく真っ直ぐな子だということがわかる。

 自分がどんなふうに生きてきたのか、どんなふうに自分を扱ってきたのか、そういったこともちゃんとわかっていて、それを認めたうえでこれからどうしようか、という考えを口にしていた。

 この子、秋斗くんに見つけてもらえて良かったんだわ……。

 それに、御園生家と出逢えたことも大きなきっかけとなったのだろう。

 事実、御園生家にとっても彼の存在は大きい。それは双方引けを取らないほどに。

 運命の巡りあわせってこういうことを言うのかしら……。

「俺、ひん曲がった根性してるからさ、『心配』の一言であれこれ制限するのって好きじゃないんだよ。もともと『制限』って言葉が大嫌い。『無制限』大好物! 俺はさ、リィのできないことを指摘するよりも、あれもできるんじゃない? これは? ってできることを提案できる発想力を培いたい。正論とかそういうのはどうでも良くて、言われた側の人間がどう考えるか。『心配』の二文字が重く感じるときはどんなときか。そういうの、リィやセリを見てると考えさせられるよ。ありがとね。色んなことに気づかせてくれて」

 制限、無制限、指摘、提案、正論、心配――。

 この子はこんなにも言葉を効果的に使う子だったのね。

 翠葉ちゃんの目に涙が浮かぶと、

「ほら、行っといで!」

 と、その背中を押した。

 玄関のドアが閉まると若槻くんは私に向き直る。

「口を挟まないなんて珍しい」

「そうね」

「俺、今回のことではみんなが止める中、もしくは、止めようとしている中、行けるところまで

行っておいでってリィに言ってあげたかったんですよね……」

 言って肩を竦める。

「でも、合宿から帰ってきた時点で回収指令出されちゃったしさ。結局言ってあげられなかった」

 そう言われてみれば、彼はここ二週間自動車教習の合宿所にいたのだ。そして、帰ってきたその日にはもう翠葉ちゃんを病院へ連れていくことが決まっていた。

「リィを危険に晒したいわけでもなんでもなくて、ただ、妹から何かを取り上げることはしたくないんだ……。できることならなんでも与えてあげたい。物とかそういうのじゃなくて、主には『やりたいこと』をさせてあげたい。そのための努力なら惜しむつもりないんだよね。俺はそれで一度失敗をしてるから」

 若槻くんはにこりと笑った。

「若槻くん……」

 先を続ける言葉が見つからなかった。

 彼の過去はあまりにも過酷すぎる。

「栞さん、どうやら人って変われる生き物みたいです」

 茶化して言うけれど目は笑っていなかった。

「ここに変わりつつある人間がいる。だから……いつかリィもありのままの自分を受け入れられる日が来るかもしれない。それはものすごく先の話かもしれないし、何かきっかけがあったらすぐなのかもしれない。それまで、俺はリィに何ができるのかを一緒に探す人でありたいです」

 今まで、彼が内面に触れる話をしてくれたことはなかった。

 それだけに衝撃的だった。そこへ、

「俺が自分のコントロールができなかったとき、サポートについてくれてありがとうございました」

 腰からきっちりと頭を下げた。

「わっ、やめてっ!? ほら、私は看護師だったし――」

 どうしてか慌てる自分がいる。

「それでも、です。あのときの俺は感謝の『か』の字も心に思っていなかったし、今だから言えること。だから言いたい。ありがとうって」

 こんなふうに急に素直になられると、心の準備ができていなくてあたふたする。

 彼が翠葉ちゃんに向ける真っ直ぐさは毎日のように見てきたけれど、自分に向けられたことはなかったから……。

「あのですね、御園生兄妹のすごいとこ。どんなにひん曲がった人間でも素直にしちゃうとこ」

 にっ、と笑って彼は洗面所に入っていった。

 きっと洗濯物を片付けている最中だったのだろう。

「栞さん、今日は実家でしょ? 俺、適当に掃除機かけておくんで今日は何もすることありませんよ?」

 顔を出したかと思えばそんなことを言う。

「私から着々と仕事を取り上げる気ね?」

 こんな会話が今の私と若槻くんの日常会話なのだ。

「いえいえ、そんなつもりはないです。でも、自分がここにいる意味を見つけたから」

 その返事には違和感を覚える。

「若槻くんがこの家にいるのは家事をするためではないでしょう?」

「違いますね」

 じゃぁ、何どうして…?

「自分にできることをして喜ぶ人間がいるから、俺も同じことをしてるだけ。自分にできることをして、どうしたらそんなに喜べるのか――それを知りたくて」

 それは翠葉ちゃんのことね……?

「それから、今後は唯って呼んでください」

「え?」

「ほら、正式に御園生唯芹になったので、藤宮警備にも届け出しました。変わってないのはウィステリアホテルの広報部の名前だけ。なので、お手数ですが訂正お願いします」

 そう言って、再度洗面所に引っ込んだ。

 私は声をかけずにゲストルームをあとにした。


 自宅に帰ってきて電気ケトルのスイッチを入れ、洗濯機の脱水を選択して稼動させた。

 ダイニングに戻ってくるとケトルがぐつぐつと沸騰の音を立てている。

 マグカップにはラベンダーティーのパックをセット。

 十分程度のティータイムを過ごすのにはティーパックでも十分。

「人との出逢いって不思議ね……」

 私は「運命」という言葉を使いたくなるけれど、人によっては「必然」という言葉を使うのだろう。

 偶然、必然、奇跡、運命――。

 言葉なんてどうでもいい。

 ただ、私の周りにいる人たちが幸せになりますように。

 みんながこの時代に生まれて出逢えたこと。私が彼らに出逢えたことに心からの感謝を――。

 心の闇は誰もが持抱えている。でも、その闇に立ち向かえるほどの勇気を与え合える人に出逢えたことに、心からの感謝を――。

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