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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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24 Side Reju 04話

 律ちゃんに訊いたら、奥さんはいつものところにいるとのことだった。

「いつものところ」とは祠のこと。

 こんな山の中にひっそりとそれはある。

「碧」

 祠の前で手を合わせる奥さんに声をかけた。

「終わったよ。相馬先生から連絡があった」

 翠葉とそっくりな大きな目から涙が零れる。

「これね、翠葉が吐き出した『すべて』だって」

 俺が手に持っているのはミュージックプレーヤー。

 その中には翠葉と相馬先生のやり取りを録音したものが入っている。

「俺もまだ聞いてないんだ。俺は聞こうと思うんだけど、碧はどうする?」

 翠葉の心の中――それは、もしかしたら翠葉が俺たちに言いたくないと言った言葉の羅列なのかもしれない。

 座っていた碧を立たせ、その肩を優しく抱き寄せる。

 一時よりはいい。今はきちんとご飯も食べられているし、こんな状況下であっても吐くこともしていない。それでも、まだ細い――。

「どうする?」

「……聞くわ」

 碧は立ち上がったものの、俺にしがみついている状態だった。

「じゃ、座って聞こうか。あまりのショックにひっくり返らないようにね」

 いつも座る石に腰掛け、碧とイヤホンをひとつずつ耳に装着する。

 これは夏に蒼樹たちが使っていたマイクロレコーダーを使っての録音だった。つまり、遠隔にてタイムラグありの盗み聞き。

 翠葉は知らないし、まさか会話が筒抜けだとは思っていないだろう。

 夏、入院してからはこの録音機器が使われたことはなかった。

 その録音機器を持ち出し、相馬先生は聞いてほしいと仰られた。

 最終的な判断は俺に一存されたけれど、聞く聞かないの選択肢があったとして、そんなものはないに等しい。

 こんな形であっても娘の心の声を知りたいと思うのは親のエゴかな……。

 イヤホンから聞こえてきた声は夏に聞いていたものとは全く違うものだった。

 翠葉がこんなふうに話すところを俺たちは見たことがない。

 何って、話している人の声が割れていた。

 人の声が割れて聞こえるくらいの声量で怒鳴り、叫んでいる。

 翠葉の泣き声も叫び声も嗚咽も、何もかもがそこにはあった。

 聞いていくほどに胸を締め付けられ、手に汗を握る。

 こんな思いをどうして今まで吐き出させてあげることができなかったのだろうか、と。

 隣の奥さんを盗み見ると、表情が少し緩んだように思えた。

「……碧?」

 すべてを聞き終えてから、一筋の涙を流した奥さんに声をかける。

「翠葉はこういう子なのね……」

「え?」

「私たちが前にいてもいなくても、どんなにつらくても、身体を責めても私たちは責めない。そういう子なのね」

 なんで気づかなかったかな、俺――。

 言われてみれば、「どうしてこんな身体なのか」と身体に対しての不満は口にしても、俺たち親のことは一言も口にしなかった。

 ただひたすら、自分の身体への不満をどうしたらいいのか教えてくれ、とそう訴えていた。

「いかん……前々からすごくいい子だということは知っていたんだけど、今のを聞いてさらに誇らしくなってしまった。どうしようかな……俺、周防ちゃんに会わせて思い切り自慢したい」

 こんな悲痛な声を聞いたあとだというのに、あの締め付けられるような思いがどこかに飛んでいってしまった。


「翠葉を産んで良かった……」

「うん、あのときがんばってくれてありがとう」

 翠葉は二回の切迫流産を乗り越えて生まれてきた子だ。

 碧はそのたびに出血を起こし、痛みと不安と闘っていた。

 初産の蒼樹を産むときとは違う不安を抱えていただろう。

 それでも、蒼樹を目の前にすれば、「お母さんは強いから大丈夫っ!」と笑って見せた。

「俺たちはあの子に教えられることがすごくたくさんあるよね。……健康な身体ではないかもしれない。でも、そうでなくても幸せになれる方法を見つけてあげたいし、見つけてもらいたい。ありのままの自分を好きになってもらいたい。そう思うのは俺のエゴかな」

 イヤホンを外し、祠に向き直る。

 俺たちはいつだってここで神頼みしかできなくて、翠葉自身に何をしてあげられるわけでもなかった。

 なんで今年だったんだろうか、と思うことも何度もあった。

 この仕事にしても翠葉の病状にしても、何もかも。

 全部があり得ないタイミングで重なった気すらした。

「今ね、治療を受けているらしい。で、今日明日は学校お休みだって。今日は蒼樹と唯が、明日は栞ちゃんと唯がついていてくれるそうだ」

 碧は一年前のことを考えていたと思う。

 血圧が安定せず、脈の乱れも激しく頻繁に気を失っていたあの頃を。

 また入院になったら、また留年になったら――。

 次に自主退学を決めたら、翠葉はもう二度と学校という場所へは行かなくなるんじゃないか。

 そんな不安もあったと思う。

「……反省してます。ひとりで答え出して了承しちゃったこと」

 俺は碧に相談もせずに相馬先生へ返事をした。

 話をしたとき、碧はそのことにえらく腹を立てていたけど、当たり前だと思う。

 翠葉は俺たちふたりの子どもなのだから。

「……私は、相談されてたら反対しか口にしなかったわ。あの子は――何か新しいものを見ることができたかしら」

「話に出てきたけど、起案書って……翠葉たち何をやるつもりなんだろうな?」

 碧はパチパチ、と何度か瞬きをし、きょとんとした顔をした。

「そういえば……紅葉祭なら起案書を作るのは主に実行委員で、生徒会が作る起案書なんて学校長の許可が必要なものだけのはずだけど……」

「だろー?」

「あの子たち、何をやるつもりなのかしら?」

 ふたり視線を合わせて首を傾げる。

「ま、それは楽しみにしておこうよ。あのさ、俺一日だけ休みもらえたんだ」

「えっ? 零も来れるの?」

「うん、一日目だけね。静から誕生日プレゼントだって。日帰りだけど、それでも十分。翠葉が楽しんでいるところを少しでも見られたら幸せ」

「翠葉もきっと喜ぶわ」

 碧の涙はすっかり引っ込んだ。

 うちの奥さんは娘が喜ぶことを口にすると、自然と表情が柔らかくなり、目元に笑みを浮かべる。

「それにしても、翠葉は意外と奥さんの気質を大いに引き継いでいるみたいだなぁ……」

「え?」

「起案書最後まで作りたかったって相馬先生に噛み付いてた」

 つい笑みが漏れる。

「……どうしてそれが私なの?」

 碧は眉をひそめ、不服そうな顔をする。

「だって、碧も自分の仕事を途中から人に任せるのはひどく嫌がるだろ?」

「そういう問題かしら」

 と、ぷいっとそっぽを向く。

 そんなところが猫みたいだな、とたまに思う。

 ザザッと風が吹き、彼女の髪を舞い上げると細い首が露になった。

 自分のジャケットを脱ぎ彼女の肩にかけ、

「戻ろう。さすがにこの季節にその格好で外に出るのはどうかと思うよ?」

 奥さんはジーパンにニットのアンサンブルという服装。

 カーディガンの中に着ているのは半袖だ。

 屋内ならともかく、陽も差さない風が吹くここにはちょっと薄着すぎると思う。

「走ってきたから大丈夫」

「うん。来たときはそうだったかもしれないけど、今はこんなに冷たい」

 と、奥さんの頬に触れた。

「ねぇ、碧さん」

「何?」

「いえね、ちょっと承諾をいただこうかと思いまして」

「なんの?」というように目がまぁるく開いた。

「キスをさせてくださいね」

 断って、軽く彼女の唇に触れるだけのキスをする。

「なっ、急に何っ!?」

「いんや、なんとなく。キスをしたいほどにかわいい奥さんだなぁと思っただけです」

 ちゃんと断りを入れたのに、彼女は珍しく頬を上気させた。

「神様、今のは見なかったことにしてくださいね?」

 後ろの祠にそんな一言を残し、彼女とふたり、白く美しい球体が並ぶ建物へ向かって小道を歩いた。

 今年、色んなことが重なってしまったことに理由があるのかもしれない。

 翠葉が人と出逢うため、というとてもシンプルで大きな理由が。

「翠葉たちには夜電話するとして、これから秋斗くんに電話しようか?」

「そうね……。この装置を作ってくれてありがとう、ってもう一度言いたいわ」

「蒼樹と唯を止めてくれたのは彼らしいんだ。俺はちょっと出遅れてしまったからね」

「……本当、感謝の一言じゃ言い尽くせないわね」

「碧さん、ダメダメ。そんなこと言ったら、『じゃぁ、娘さんください』って言われちゃうよ」

「あはは、本当ね! 静の血縁者だし、間違いなく言うわね」

 そんな話をしながら手をつないでゆっくりと歩いた。

 まだ翠葉のバイタルは安定などしていない。心配な要素はそこらじゅうにある。

 でも、ほんの少しだけ――親として前に進めるような、そんな気がした。

 実際には何もしていないのにそう思えるのは、翠葉が一歩先へ進めたからだろうか。

 娘の成長を誇らしく思うというそれとは違い、なんだか一緒に一歩先に進める気がするんだ。

 これはなんの「歩み」なんだろうな。家族の絆、かな――。


「私、この仕事が終わったら、こんなに長期間家を空ける仕事は引き受けないわ」

「願わくば俺も、かな」

「零はいいわよ? だって稼いできてもらわないと困るもの」

「今までだって家でできてたでしょー?」

「そうだけど……」

 少し笑って碧が俺を見上げた。まるでうかがい見るように。

「翠葉のことは関係なく、今回の仕事、楽しいとか思っちゃったんでしょ?」

「……そこを突かれるとちょっと痛い」

 確かに楽しいと思ったしやり甲斐も感じた。

 人とものを作り上げることの楽しさを知ってしまった。

「つくったものを見ればわかるわ」

「だってさああああ、家を建てるのに球体をオーダーされることってないでしょー?」

「当たり前じゃない。自宅には実用性を求めますからね。何かあって家を手放さなくちゃいけなくなったとき、スタンダードじゃない物件は値がつくか、買い手が見つかるかわからないもの」

 やけに現実的なことを言われてしまった。

「普通に見えて普通じゃない仕掛けを考えるのは好きだけど、ちょっと形の違うものをつくりたかったんだよね」

「それでこれ、だものね。見事に丸いものばかり」

 確かにね。

 どこを見ても曲線だらけだ。

 上からこの施設を見たらいたるところに丸ばかりが見えるだろう。

 施設マップを作る人は相当楽ができるに違いない。

「おかげ様で、私も丸いフォルムの家具ばかりを集めて回ることになったけど、『輪』っていいわよね」

「そうなんだよ! 四角も多角もいいんだけどさ、一本の線がまぁるくつながってるのっていいよ。形の『円』は人の『縁』に通じるよね」

 ここで粗方作り尽くしたからか、満足感は多分にあった。

 この年まで生きてきてもまだ作りたいものがある。まだ、知らない世界がある。

 どうか、箱の外が娘にとって強く美しい世界でありますように――。

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