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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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18 Side Akito 03話

「本当に心がない人間なんじゃないかと思ったわ。でも、違う――誰も、司の心に触れられる人がいなかっただけ。触れようとしても触れさせてくれない」

 そう言って立ち上がり、白衣をバサバサと音を立てて払った。

「翠葉ちゃんは何をしたわけでもない。ただ、翠葉ちゃんは司や秋斗先生の琴線に触れるものを始めから持っていただけ」

 琴線、ね。この子らしい言葉を使う。

「でも、私は司の味方だから。だから、秋斗先生には邪魔されたくない」

「それ、俺にはなんの関係もないと思うけど」

「あるのっ」

 ……まったく、このお姫様は。

「茜ちゃん、自分の答えは自分で出しなさい。答えを何かの結論任せにするのは良くないと思うよ」

 俺は何教師ぶったことを口にしているんだか……。

 そもそも、これに似たようなことを俺は零樹さんに言われたわけで、めちゃくちゃ人の言葉を借りてるじゃん。

 でも、言葉ってこうやって語り継がれ、引き継がれていくのだろうから、それはそれでいいか。

「だって……」

「だってじゃない。俺が動こうが司が動こうが、最終的にはなるようにしかならない。他人ごとに左右されて出した結論なんて、どこかで綻ぶ可能性満載。人に相談するのはかまわない。でも、自分で決めなくちゃいけないことを人の結論で決定するのはどうかと思うよ」

「っ……」

 依然目は逸らさず、噛み付きそうな表情に体勢。

 君はきっといっぱいいっぱいになるまでこういう話は誰にもしないんだろう? なら、司に吐き出しに行ったのもそれ一回きりなんじゃないの? だとしたら、今相当溜まってるよね。

 いいよ。それを全部吐き出させてあげるから……。

 俺も、そのくらいには成長したと思うんだよね。

「逆に、俺が動かなくても司が動かなくても、翠葉ちゃんが動く可能性だってあるんだよ。そう考えたことはないの?」

「だって、あの子は何も知らないし、いつも受身でっ――」

「それ、ひどいんじゃない? 彼女は彼女なりに体験して得てきたものが数多くある。それをそんなふうに言ってほしくはない。それに、『受身』はそんなにいけないことなの? 今の君も、俺から見たら十分に『受身』の人間にしか見えないよ」

 俺は何がっつり言い返してるんだろうか。

 好きな子のことを悪く言われて気分を害してるなんてさ。

 成長したはずなのに、結構ガキ。

 さすがに、「大人じゃない」とは言えない年だから、「大人気ないことこのうえない」ってところかな。

 確かに、今までの翠葉ちゃんは「受身」だったかもしれない。でも、さっき聞いた話だと、ちゃんと自分の足を前に進める努力もしている。

 そんな話はもったいないからしてあげないけど。

「――失言でした」

 彼女は唇を噛み切りそうなほどの後悔を見せた。

 でも、一度口にした言葉がたったの一言で取り消せないことだって知っている。

 色んな場所で色んなことを言われてきた彼女だからこその後悔。

「今後、口にしないでもらえると嬉しいね」

 俺はそんな言葉で翠葉ちゃんが傷つくところを見たくはない。もっとも、そんなことがあろうものなら、言われたこと以上に翠葉ちゃんのいいところを並べ立てて教えてあげるけど。

「茜ちゃん。君は自分から動いてもいいんだ。むしろ、猿はそれを待ってる」

「わかってるっっっ――先日、プロポーズされたのよっ」

 おぉ、やるじゃん、猿……。

 だけど、ちょっと悔しいのはなんでだろう?

「高校三年間で久が築き上げてきたものはものすごく大きい」

 そうは言うけれど、君も君でがんばったんじゃないの?

「私のこと丸ごと受け止められるようにって、そこまでしてから迎えに来てくれた。でもっ――怖い……」

 それまでは声に必要以上の張りがあったわけだけど、最後の一言は消え入りそうなくらい小さく、震えた声だった。

「……そういうこと。後押しがほしかったわけね」

「…………」

 彼女は黙ったまま涙を流した。

「そんなので良ければ白衣で拭いていいよ」

「いらないっ」

 彼女は自分のポケットからハンカチを取り出した。

 意地っ張り……女の子は素直なほうがかわいいよ?

 ……これは俺の好みの問題かな?

 でも、好きな子が相手だったら意地張ってるのもかわいく見えて抱きしめちゃうかもな。

「猿がそこまでがんばったのなら、あとは君が答える番なんじゃないの? 最後の一手を人に頼るのは、経過を知ってるだけに見過ごせない」

「サルサル言うなっっっ」

 あれ? そっち……? あれはどう見ても生態的に猿だと思うけど。

「……わかった、期限は?」

「紅葉祭……」

 月末まで、か……。その短期間なら俺は動かずにいてあげよう。……といっても半月もあるのか。

「紅葉祭で答えを出すのね?」

「……予定」

「予定はちゃんと実行しなさいよ」

「わかってるっ」

 頭の悪い子じゃない。何かしらきっかけがあればすぐに歩むべき道を、選択すべきものを手に取れる。

 欲しいものを諦めるなんてできない。この子はそういう子だ。

「俺、こういうの大嫌いなんだけど、どうでもいい人間のために自分の意思を曲げて行動するのとか、人任せの答えの出し方とか本当に嫌いなんだけど、今回だけは特別に聞いてあげる。金輪際こんなことはしないよ。――ただ、彼女から俺に寄ってきた場合は別だ。そんなときまで君との約束を律儀に守るつもりはない」

 数秒間彼女と無言で対峙し、二階へ下りるように言った。


「そこ使っていいから、顔だけ洗っていってね。何事かと思われるのは避けられないだろうけれど」

 彼女の目は明らかに赤いし、この部屋に入ってから三十分近くの時間が経っていた。

 ここから出てきた君に誰もが不思議そうな視線を向けるだろう。

 そのとき、君はなんて答えるのかな。きっと、うまいこと繕うんだろうね。

「あぁ、新しいタオルは引き出しに入ってるから」

 彼女は無言で簡易キッチンのコックを全開にしてザーッと水を出す。

「先生、ここ、お湯も出る?」

「出るけど?」

 しばらく彼女の行動を見ていると、お湯を顔に浴びせては水を浴びせ、ということを数回繰り返した。顔を拭き終わった彼女が振り返ると、キッ、と目を吊り上げ理由を述べる。

「交互にやると目の腫れも顔の赤味も引くのよっ」

「あぁ、そう」

 最後にはしっかりと目薬まで差した。

 なんとも思ってないように答えたけれど、俺も少しだけ変わったんだ。

 君はそんな対処法を身につけなくちゃいけないような場所に身を置いているんだね。

「どれほどつらいことを経験してきたの?」なんて聞いてはあげないけど、察してはあげる。

 虚勢なんか張らずに猿の腕に飛び込んで泣けばいいのに……なんてことを考えるくらいには人間らしくなったと思う。

 いや、同じことを体験したから、かな。

 明らかに自分を好いてくれている女の子に振られるって事態。

 そうなる原因が自分の身内にあったなんてところまで一緒なんだから嫌になる。

「プリンタのインクも忘れずにね」

 ローテーブルに置かれたままのそれを彼女に持たせ、部屋から出した。


「あぁ、やな空気……」

 彼女が出て行った途端に自分のスイッチがオフになった。

 気分的にはだらだらしたいといったところ。

 換気でもして気分転換をしよう。それから、お茶、かな。

 翠葉ちゃんが休むことを考慮して、もともと窓は閉めてあった。 

 いつものように少しでも窓を開けていようものなら、テラスの人間にすべてが筒抜けだっただろう。

「いや、プリンタのインクは口実で、窓のチェックでもしてたかな?」

 あの子は意外と機転が利く子だから。

 それらもすべて、自己防衛のために身につけたものなのだろうけれど。

 空はもう夕陽の名残すらない。

 テラスでは明かりのもとで作業をしていた生徒たちが最後の片づけを始めていた。

 時刻は七時十九分。七時半にもなれば、ほとんどの生徒が下校する。

 見回りを終えた生徒会が帰ればここには職員と俺と警備員しか残らない。

「窓ぜんかーい……」

 適当な力加減で窓をスライドすると、不必要なくらい大きく開いた。

 外と部屋を隔てるものがなくなり、淀んだ空気が一掃される。

 まだ平気といえば平気だが、そろそろ長袖のシャツ一枚では肌寒いと感じる季節。

 夏は梅雨に苦しめられ、冬は寒さからくる痛み。春から夏は急激な気温変化で血圧が安定しない。

 それでも彼女は四季があるこの国を好きだという。

 梅雨は緑のきれいな季節だから嫌いにはなれないと言っていた。

 雨も太陽もどちらも植物には必要で、春には春らしい柔らかな光のもとで花が咲き、新芽をつけた植物は梅雨の雨で根に水を得る。そうして、太陽の恵みを得てぐんぐんと成長する。

 秋の植物は、花とは違う形で人の目を楽しませ、冬に少し休めば春にまた花を咲かせる。

 桜の木の前に立ってはこんなことを教えてくれた。


 ――「この木は優しいんです。冬は人に陽射しを届けるために自分の葉っぱをすべて落とし、夏はその葉を茂らせ、影を作って涼しさを分けてくれる。ね? 優しいでしょう?」


 藤山でそう言って笑った彼女を鮮明に思い出す。

 木が優しいなんて考えたこともなかった。

 嫌いなのは痛みであり、雨ではない。憂鬱にならないといったら嘘になるけれど、それでも嫌いなわけではないと言っていた。

 どんな季節にもつらさは伴う。だから、強くて美しいものばかりを見ようとしたのだろうか。

 彼女が話すことはいつだってきれいなもので溢れていた。

 たとえそれが循環されて噴き上がる噴水の水であろうと、彼女の目にはきれいなガラス玉として映る。

 ――翠葉フィルター。

 その目に映るものを教えてくれることはあっても、今日みたいに心の奥底にあるものを話くれたことは一度もなかったね。

 翠葉ちゃんも茜ちゃんと同じなのかもしれない。

 いっぱいいっぱいになって口を塞ぐこともできなくなったとき、ようやく口にするのだろうか。

 君にはいくつの対処法がある?

 春先にはひたすら歯を食いしばって涙が零れないように我慢していた。夏は笑顔で近寄らないでと牽制した。

 今はしゃくりあげるほどに泣いて、それでも口を噤めないほどにいっぱいいっぱい――。

 どうしてそこまで我慢しちゃうのかな。もっと早くに吐き出してくれればいいのに。

 でも、どうしてかなんてわかってる……。君はがんばりたいだけなんだよね。

 君も俺に話したことを汚点と思う日がくるのだろうか。もう、早くも後悔してるかな?

 俺はそれでもいいと思うんだ。俺はそれでも君のすべてが知りたいと思うほどに貪欲なのだから。


 胸元の携帯が震えた。

 着信相手を確認せず通話に出ると、

『わっかつっきでーーーすっ!』

「うるさいよ」

 携帯を少しだけ耳から離す。

『うるさいとはなんですか。人を教習合宿に放り込んだ張本人が。免許取れましたよ。今帰ってきました』

「はいはい、おめでとおめでと良かったね」

『……秋斗さん、リィとなんかありました? 落ち込んでやさぐれモードとかもう嫌ですよ……。俺、とりあえず明日は丸一日休みなんですからね?』

「あれ? そうだっけ」

『そうですそうですっ。もう決定事項なんだから覆さないでくださいよっ!? ってことで危険なこと言われる前に切りますっ。とりあえず報告のみっ』

 そう言って通話が切れた。

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