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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
60/80

18 Side Akito 02話

「あーーー! すっきりしたっ! こんなこと友達になんて話せないし、大人なんて信用できないし」

 それ、俺はどこに属してることになるのかな。

 そんな疑問を抱えつつ、

「自分と好きな人を信用できるなら大したものじゃないかな」

 本音だった。俺は自分しか信じていなかったから。

 もしかしたら、自分のことだって信じてはいなかったかもしれない。

「私は自分しか信じない」

 一点を見つめ、無表情になる彼女。

「そう? だって、猿――いや、久が好きなんでしょ?」

「秋斗先生、私の中で好きと信じるはイコールじゃないの。そんなおめでたい人間じゃないわ」

 そんな言葉を口にしつつもにこりと笑う。

 それは隙のない作られた笑顔。

 ふーん……それってこの年の頃の子が言う台詞?

 浮気性の男と付き合っているというのなら話は別だけど、彼女の相手は猿だ。

 猿を見ていればわかる。あれは間違いなくこの子が好きだし、ほかの女など目にも入っていないだろう。……ということは、この子の経験がそんな台詞を言わせているわけではなさそうだ。

 ――母親が精神科に通院していると言っていたか。

 未婚の母親から生まれた彼女。父親は彼女のことを認知はしているし、全くコンタクトを取っていないわけでもないらしい。その父親にはほかにも女がいて、彼女や彼女の母親と同じ境遇の親子がほかに四組。

 どれもさっき得た情報。加納の人間が口にしていた言葉から得た情報だ。

 遊びなら遊びで子どもなんて作るなよ、と思うし、認知しているからといって責任を取っていることにはならないだろう、と思う。

 けれど、俺はしょせん第三者。

 当事者にしかわからないこともあるだろうし、自分の素行を考えればそんな正論染みたことを言える人間ではない。

 この子の母親は今でもその男が好きで、その男の目を引きたいがためにこの子をコンクールに出しているという。

 もっとも、この子自身も父親の視界には入りたいみたいだけれど、それ以前に母親に見てほしいってところかな。

 あの言葉は周りの大人に刷り込まれた何かによって彼女の心に根ざしたものなのだろう。

「頼りにならない秋斗先生からひとつ提案があるんだけど」

「何……?」

 彼女は怪訝そうな顔をした。

「うちの司は知ってるよね?」

「もちろんよ。冷酷無慈悲の孤高の王子。頭はいいし仕事もできるけどそれだけね。顔と頭がいいだけのつまらない人間。なんであんなのが人気あるんだか」

 ははは……。

 ま、通り名はそんなところだろうとは思っていたけれど、せめて「冷酷」ではなく「冷徹」と言われるようになろうか、司。

 恐れられているだけじゃ動かせない人間もいる。懐柔策もきっちり教えたはずだけど、まだまだか。

 つまらない人間というところは俺にも通じるものがあるからノーコメント。

「中等部の生徒会に入ってすぐ提案したもの、なんだと思う? バレンタインの撤廃、もしくはロッカーと下駄箱に鍵を付け、プライバシーの保護を求めたい、よ?」

 くっ、そんなの初耳。

 想像ができるだけに笑いが止まらなくなりそうだ。

 俺の学生時代にもロッカーの鍵というのは何度か取り上げられ、実行に移したら鍵を使わない生徒が大半で、さらには鍵を紛失するということが多発したことから撤廃になった。

「でも、あれは意外と信用できる人間だよ」

「どこがっ!?」

 そうだね、あいつも自分のことを話す人間ではないし、率先して人と関わりを持つ人間でもない。中身を知らなければわからないだろう。

 でも、君は好きと信用は違うと言った。ならば、信用できる人間であれば相手を嫌いでもかまわないはず。

 君が欲しいのは吐き出し場所であって、安らぎを求めているわけではない。そして、吐き出す内容的に同世代の人間では役不足。

 好きな人にも言えなければ、大人など信じるに値しない。そんな君だからこそ、司という人材は打ってつけだと思う。

 俺は君に毎回付き合うほど優しくも時間があるわけでもないからね。

「そうだな……。人に懐かないなびかないへつらわない。相手が誰であっても必要最低限の言葉しか交わさない。他人に無関心。ついでに、知ってると思うけど愛想もない」

 ほかに何があるかな? いや、ないもの探しだっけ?

「ねぇ、先生……今のは『勧める』というよりは、『貶す』内容を多分に含んでいるように思えるのだけど」

 そんなつもりはないけどね。

 苦笑しつつ、再度司を推す。

「ま、そういうふうにも取れなくはないか。でも、君にとっては適任なんじゃないの?」

「だから、どこがっ!?」

「君がどんなことを口にしようと、人に聞かれて困ることを話そうと、司はきっと何もコメントはしないし誰にも何も話さない。そんな保証ならしてあげられる。ただ、『だから何?』くらいは言われる覚悟が必要かもしれないけれど」

 そしたら、君は「単なる愚痴」とでも答えればいい。

 ま、君の愚痴を司が何分間聞き続けられるかが最大の難関だとは思うけど。

「先生って本当に変ね?」

「それ、最上級の褒め言葉だよね。俺、こう見えても人選には自信があるんだ」

「いえ、これが褒め言葉に聞こえるのなら、一度病院へ行って診てもらったほうがいいと思うわ」

 特別甘い笑顔を見せればそれに答えるように愛らしい笑顔が返ってくる。びっしりと棘を生やした言葉を添えて。


 少しだけ懐かしいかもしれない。

 一年後、司が高等部へ上がってきてからは生徒会の人間とほんの少しだけ距離が縮まった。

 ま、それも表向きだけど。

「先生は変わったわ」

「そうだね」

「翠葉ちゃんが来て司も変わった」

「そうだね」

「藤宮の人間がふたりも変わったのよ?」

 この子は相変わらず「家柄」や「身分」といった言葉に囚われているんだな。

 猿もかわいそうに。あんなに必死なのにね。

 でも、良かったな。その気持ち、全く届いてないわけじゃなさそうだよ。

 今、彼女は色々と悩み葛藤しているのだろう。自分以外の人間を信じてもいいのか、もしくは、甘い夢を見てもいいのか。

「私、翠葉ちゃんは好きだわ。司のことも好きになった。久のことも好き。でも、秋斗先生は嫌い」

「それはどうも」

「どうしてって訊かないの?」

「訊いてほしいの?」

 俺は別に君に嫌われていようと痛くも痒くもないからね。

 あえて訊く必要はないんだけど……。

 そんな気配を察したのか、

「話したいから話すわ」

 と、自分から話し始めた。

「秋斗先生は信用できるけど、私の醜い部分を全部晒してしまった人だから嫌い。私の汚点なの」

 なるほど。同級生でも大人でもなく汚点だったとは……。

 これは人生初めての扱いかもしれない。

 でもね、茜ちゃん……猿はそういうのも知りたいと思っているんじゃないかな。

 好きな子の醜い部分っていうのはさ、愛おしく感じてたまらないことがある。

 それに、あれは加納の人間で、あの中で生きてきてるからね。人間がきれいなだけじゃないことくらいは知ってるよ。

 あれから二年ちょっとの時間が過ぎた。

 共有できるものが増える幸せを俺は知ったけど、君はまだ知らないのかな。

 それとも、見ようとしていないだけなのか……。

 この子の中では、まだ好きと信じるはイコールになっていない。でも、揺れてはいる。

 いつもそれがイコールである必要はないと思う。ただ、猿のことは信じてもいいんじゃないかな。

 猿は信用よりも信頼されたいのかもしれないけどね。

 恋愛は人を貪欲にする。好きになってもらいたいし信じてもらいたい、頼ってもらいたい。もちろん正反対のことを考える人間もいるけど、俺や猿は間違いなくそう思っている。

「翠葉ちゃんは好きだし信じているの」

「へぇ、それは興味深いな」

「あの子は音を扱うわ。その音にすべてが表れるから信じられる」

 俺には到底理解できない理屈だけど、彼女にとって「音」は「言葉」よりも絶対なのかもしれない。

 人間関係においては俺もてんで素人だから、「信じる」という言葉ひとつとっても難しいと思う。

 これが企業なら、相手の業績を調べるのなんて当たり前のことで、根こそぎ情報を集めて信用に足る相手なのかを見極める。情報という材料が必要不可欠。

 その要領で考えるならば、相手が人であっても同じなのかもしれない。ただ、目の前の彼女は相手を知るためには「音」を必要とするらしい。

 それなら、猿がどれほど言葉を尽くし、態度に示しても未来永劫伝わらない。

 今伝わっているのは外人が身振り手振りでジェスチャーしたものくらい、といったところだろうか。

 君はもう少し意思の疎通ができるツールを増やしたほうがいいと思う。

 今の君は、日本にいるのにドイツ語しか通じませんと言っているのと変わらない。思い切り自分の首を絞めている。

 でも、本当は気づいているでしょう? 言葉を話す「声」が「音」であることに。

「司は――秋斗先生、私が一年の秋の出来事を覚えている?」

 君が一年のときの秋、ね……。

 あれは珍しく学園内がバタバタした出来事だったから覚えている。

「私、あのあと司に会いに行ったの。そしたら、秋斗先生が言ったとおりだったわ。私はただ一方的に話をして、司は相槌を打つこともなく話を聞いていた。なんのリアクションもなかったけど、ちゃんと聞いてくれているのはわかった。途中で口を挟むことも自分の主観でものを言うこともせず、同情するような言葉も視線も一切なし。ただ面倒くさそうに私の隣に座って地面を眺めてた。話し終わって帰ろうと立ち上がった私に言った言葉が今でも忘れられない」

「……なんて?」

「先輩、蟻の巣を踏みますよ」

 そう言って彼女はクスクスと笑い始める。

「なんとも、我が従弟らしくて恐悦至極、とでも言わせてもらいましょうか」

 あまりにも司らしくて俺の表情も緩んだ。

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