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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
55/80

16~17 Side Akito 01話

『翠葉です』

 部屋に響いた彼女の声がいつもと違った。

 いつもなら、申し訳なさや不満といった声音が含まれるのに、今日はどこか清々しささえ感じる。

 不思議に思いつつドアを開けると、嬉しそうな顔をした彼女が立っていた。

「いらっしゃい」と中へ入れると、

「秋斗さん、聞いてくださいっ!」

 俺が訊くまでもなく話してくれるようだ。

「何かいいことあった?」

 訊けば、入ってきたときより嬉しそうに笑みを見せた。

 こんなに嬉しそうに笑う彼女を見たのはどのくらい久しぶりだろう。

 授業が終わると、楽しそうに笑いながら海斗たちとテラスを歩いて図書棟へ来る。その姿をこの部屋からいつも見ていたけれど、今の笑顔とは別のもの。

 彼女が頬を紅潮させるほどに嬉しいことってなんだろう……?

 その血色の良さは薬の効果?

 翠葉ちゃん……君がみんなと図書室に来たあと、「お水を買いに行く」という口実で再度外に出て、自販機でミネラルウォーターを買ってすぐにあるものを飲んでいること、俺も湊ちゃんも気づいているんだよ。

 君はきっと誰にも気づかれていないと思っているんだろうね。

 最初は頓服薬でも飲んでいるのだろうと思った。「違う」と知らせたのは彼女のバイタル。

 その数値変動は以前に一度だけ見たことのあるものだった。

 俺と藤山でデートする日の朝に見たものと同じ。

 つまり、彼女が滋養強壮剤なるものを飲んでいるということ。

 テスト最終日の火曜日には、数値の変動もなければ彼女が図書室を出てミネラルウォーターを買いに行くこともなかった。

 その行動を取り始めたのは水曜日から。

 夕方に必ず休憩を入れろ、と湊ちゃんに言われたあとからだ。

 その翌日には服用を開始し、「眠れないから休みたくない」と噛み付いた。

 合点がいく……。

 気づいた時点で湊ちゃんに連絡を入れた。

 入れた……というよりは、問い質しに行った。

 気づいているのか気づいていないのか。気づいているのならなんで止めないのか、気づいていないのなら、なんのための装置なのか。

「気づいてるわよ、私も相馬も栞も……」

「じゃぁっ、なんで止めないっ!?」

 俺は専門的な知識など持ち合わせてはいない。

 それでも、あれを彼女が飲み続けていいわけがないことくらいはわかる。

 しかし、気づいていると言った湊ちゃんは珍しく苛立っていた。

「夕方には必ず休憩させてる。もっとも、あんなもの飲んでたら交感神経が刺激されててゆっくり休むどころじゃないでしょうけどね。それでも、翠葉がどうしても踏ん張りたいところなんでしょ」

 言っていることとは裏腹に、納得がいかないという態度だった。

「出所は若槻の常備サプリ。どうやら蒼樹も同じものを愛用していることもあって、ふたりが飲むのに、そのサプリがいつもキッチンに置いてあるそうよ」

「そんなもの彼女が毎日飲んでいいわけ――」

「ないでしょっ!? あんなの健康体の人間がもうちょっとがんばらなくちゃいけないってときに使うようなアイテムで、健康な人間であっても毎日服用していたらオーバーワークになるわっ」

 じゃぁ、何を傍観して――。

「……もしかして、相馬さんの指示?」

「察しがいいわね」

「まぁね……」

 俺の知っている湊ちゃんなら、気づいた時点で取り上げているだろう。

 彼女の意思を尊重することとこれは一緒にできない。

 湊ちゃんなら、身体にかかる物理的負担をどこかで相殺できると踏まない限りはOKなど出すはずがない。だとしたら、違う人間の思惑がそこにはある。

 ギリ、と奥歯に力が入った。

「相馬さんはなんて?」

「もう少しだけ待ってやれって。やっと自分の居場所を見つけたんだから、そこで何かを残せるまで待ってやれって」

 言っていることはわかる。けど、それで彼女の身体はどうなるっ!?

 恐らく、湊ちゃんも同じような考えなのだろう。だから、自身の腕をギリギリと握りしめているんだ。

「ヘラヘラした顔では言ってなかったわ。いつもどおり、最っ高に柄は悪かったけど……」

 湊ちゃんは外に視線を移して言葉を続けた。

「翠葉、今ものすごく精神的に不安定みたいなの。だから、何かひとつでも自信につながるものを形あるものとして持たせたほうがいいって……。翠葉からメンタルな部分の話を聞いているの、今は私じゃなくて相馬なのよ」

 なるほど……。

 少し前までは湊ちゃんの役だったわけだから、それが面白くないわけだ。

 ま、それは立場違えど気持ちはわかる。俺だって面白くないことだらけだ。

 俺に関しては自業自得な部分が大半を占めるから、誰に文句を言えるわけでもないけれど。

「ねぇ、翠葉ちゃんってさ、実は柄とか口が悪い人間が好きだったりするのかなぁ……」

 ベクトル的にそんな感じに思えてならない。

「ちょっとっ、それ、私に失礼でしょっ!?」

「あぁ、気づいた?」

 でも、好かれていて頼られているならいいじゃん、って俺は思う。

「何か報復してやりたいところだけど、翠葉が心配でそれどころじゃないは、その他もろもろ自分のことが忙しくて目が届かないは、ああああああっっっ、もう本っ当にイライラするっっっ」

 ……ここまで荒れているのも珍しい。

「何? 女の子週間?」

「秋斗ぉ?」

 凄みある笑みを向けられ、

「違うのね。じゃ、何かあった?」

 恐る恐る尋ねると、何やら静さん絡みの仕事に巻き込まれてその準備が忙しいとかなんとか……。

 湊ちゃん曰く、単なる仕事ではなく「心底面倒くさい仕事」らしい。

 それは少し同情する。静さんが絡んで疎かに物事が進められるわけがない。

 しかも、巻き込まれたとなれば、骨の髄まで差し出せと言わんがごとくこき使われるのがオチだ。

 その惨状は察しがつくものの――。

「湊ちゃんの職業で静さんの仕事に関わるのって珍しくない?」

「……極秘任務。言ったら殺されるし口にするのもおぞましいわ」

 言ってコーヒーを飲み干した。

 タンッ、と音を立ててテーブルに置かれたカップが少々哀れ。

「用が済んだらとっとと出ていけっ」


 そんな虫の居所が悪い従姉と話したのは数日前。

 今は愛しい彼女がその嬉しい出来事を話してくれている。

「休憩が終わったら起案書を作らせてもらえることになったんです! 初めてなんですよ。いつも計算ばかりだったけど、初めて起案書作らせてもらえるんですっ!」

 これで毎日四時過ぎに飲むあの薬を取り上げることができるだろうか……。

 そんなことが頭をよぎる。

 そして、それはどんな形で誰がやるのだろうか、というところに思考が向く。

 たったひとつの起案書は、彼女の自信につながるのだろうか。それは次なる欲にはつながらないのか。

「これを飲んでいればなんでもできる」「飲むのをやめたらまた何もできなくなった」――そう、負の感情の引き金になりはしないのか……。

 色々な思いを頭にめぐらせつつ、

「良かったね」

 休憩に来たはずなのに、嬉しくてずっと話していそうな彼女。

 この子はこれから横になって休まなくちゃいけないわけだけど、こんなにも興奮した状態で眠れはしないだろう。

 眠れなくても横になっていることが約束のはずなんだけど……。

 目の前で嬉しそうに笑い、はしゃぐ彼女を見て苦笑しそうになる。

「でも、起案書なんて作ったことないから、ほかの人が作ったものを参考にしなくちゃ……」

「その手のフォーマットなら俺が用意しておいてあげるから、少しお茶を飲んで寝たらどうかな?」

 彼女は「お茶?」と首を傾げる。

「そんなに興奮していたら眠れないでしょ?」

 その言葉にカッと頬を染め、

「わっ、寝ます寝ますっっっ。ちゃんと休まないと起案書作らせてもらえないんですっ」

 慌ててソファに横になり、羽毛布団を頭からかぶった。

 嬉しそうな顔、珍しくはしゃぐ君。慌てて浮き立つ心をどうにかしようと焦る君。

 今日はあとどんな君に会えるだろう。

「今のままじゃ絶対に休めないと思うよ?」

 ソファの端に腰を下ろし彼女の頭に手を置くと、布団の下からこちらをうかがう彼女と目が合った。

「だから、ラベンダーティーでも飲んで少し落ち着いてから寝たらどうかな?」

「……いつもと順番が逆になっちゃうけど、いいですか?」

 俺は声を立てて笑う。

「かまわないよ。でも、今日は俺に淹れさせてね」

 愛しい頭から手を放し、簡易キッチンへ向かいながら思う。

 今、俺にできる提案はこれだけだ――。

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