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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
46/80

01~03 Side Kaito 02話

 坂道を歩きながら、朝の話はだいたい聞いた。

「でもさ、藤宮先輩はただ『なんで俺を信じないんだ』って言いたかっただけだと思うんだ。その気持ちはちょっとわからなくもない……」

 ……そんな気持ちなら俺にだってわかる。わかるけど――昨日、俺とそういう話したじゃんっ。なのに、なんで今朝になって翠葉を泣かせるようなこと言ってんだよっ。

 何を話したかが問題なんじゃない。そういう行動を取ることで、翠葉が感じる恐怖感を考えられなかったのか、って話だ。

 司、俺の友達泣かせた罪は重いんだからな。生憎、身内割引なんて持ち合わせてねぇんだよっっっ。

「海斗……頼むからさ、流血沙汰は勘弁」

「うっさいっ、で? さっきはなんだったんだよ」

「あぁ……なんかさ、翠葉ちゃん、『虫唾が走る』って言葉が強烈過ぎて、それしか覚えてなかったみたいでさ、何を言われのか確認みたいに訊かれた」

 ……翠葉さん、そのまま忘却の彼方へ葬り去ってくれて全然問題なかったんですけど。

「そういうところ、翠葉ちゃんらしいよね? 言われたことをちゃんと考えようとするあたり」

「……らしいからしくないか、って言ったららしいけど……」

「訊かれたから話したけど、今にも泣きそうな顔してた。なのに引き止めてごめんね、とか友達にも謝ってね、とか。俺のことばっかり気にしてんの」

 そういえば……。

「その友達連中ってどうなってんの? 俺、何も考えずにおまえ拉致っちゃったけど」

「わ、やっべ……聖司たちと一緒だったんだ」

「聖司かぁ……。あいつ、翠葉と話したがってたよな」

「そうそう。ここぞとばかりに翠葉ちゃんに絡もうとして……」

「そんなことされようものなら、翠葉は後ずさりだよな?」

「当たり。あまりにもがっつきすぎだったから、先に行かせたんだ。で、そのまま……」

「後日問い詰められること間違いねぇな」

「はぁ……面倒だけどしゃぁないわ」


 その後、司が声をかけてきたタイミングもろもろを聞いていると、きっとあいつは翠葉と空太の会話を聞いていて、きりのいいところで出ていったに違いない。

「本当……なんつーか計ったような現れ方だったよ」

 いや、それは間違いなく計ってたんだってば……。

「あああああっっっ! むっかつくやつだなっ。翠葉が怯えてんのも何もかもわかっててまだ追い詰めるかっ!?」

 あんなやつ地獄に落ちろっ。いっそ、翠葉に嫌われてしまえっ。

 秋兄も司も、どうしてこぉ翠葉を追い詰めるようなことしかできないんだよ。もっとやりようがあるだろうに……。

 ふたりとも性格も性質も両極端だけど、やってることが変わんないっつーの。

 そんな話が終わる頃にはマンションに着き、葵くんに出迎えられた。

「海斗くん、おかえり。空太はなんでここ?」

 モデル体型のちっこい頭が不思議そうに首を傾げる。

「えっと……この人に拉致られました」

 空太に指差されたので、手を上げて答えてみる。満面の笑みで「拉致りました」と。

「兄ちゃんっ、海斗に何か鎮静作用のある飲み物っ! 間違ってもカフェインとか刺激物与えないでっ」

「お、おぉ?」

「へっへっへっ……今、超絶ファイティングモードっす」

「あぁ……何? 今朝のことを吐かされた口?」

 葵くんが空太に訊くと、空太は情けない顔でコクコクと首を縦に振った。

「任せてください。弟君、吊るし上げました」

「あはは、そっか……。空太もまだまだだなぁ……」

 葵くんは苦笑を浮かべつつ、「飲み物用意してくるよ」とカフェラウンジのカウンター内へと入っていった。


 俺にとって、葵くんはコンシェルジュの中でも特別な存在だった。

 ほかのコンシェルジュは俺のことを「海斗様」と呼ぶ。けど、葵くんだけは俺を「海斗くん」と呼んでくれる。

 それは、空太の幼馴染として、弟の友人として見てくれるから。

 さすがに崎本さんたちがいる前では「勘弁してね」と言われているけど、それ以外で「海斗様」と呼ぶことはない。

「ふたりともランチまだでしょ? スープパスタなら俺でも作れるんだけど」

 飲み物を持ってきた葵くんに言われる。

「じゃ、それお願いします」

「了解」

 俺たちは葵くんが用意してくれたパスタを食べたあとは、司たちが帰ってくるまで勉強をしていた。

 途中、桃華から電話があり、

『空太の口は割らせたのでしょう?』

 艶然と口にする。

 目の前にいなくても、桃華がどんな顔で話しているのか容易く想像ができる。

「もちろんですとも」

『じゃぁ、藤宮司に非があるのかないのか、内容なんて言わなくていいから簡潔に答えてもらえるかしら?』

「俺が聞いた限りじゃ有罪、黒。っていうか、どんな話だったとしても、翠葉があんな状態になってる時点で有罪確定でしょ?」

『それもそうね……。有罪かどうかなんて今さらよね? じゃ、次なるミッションはわかってるわよね?』

「俺はその前に一度ぶち切れないと気が済まないんだけど?」

『それは海斗の好きにしたらいいわ。ただ、私もこのまま引き下がるなんてことはできなのよね。うちのかわいい翠葉を泣かされたのだから』

「えぇえぇ、それはもう大賛成です。また何か大いなるトラップを仕掛けてやろうじゃねぇの」

『そのつもりで』

 クスリと笑う桃華の声を最後に通話は切れた。


 ピピ、と手元のデジタル時計が四時を知らせる。

 その数分後、楓くんの車がロータリーに停まったかと思うと、中から姿を現したのは司と翠葉だった。

 ガタンッ――俺は何を考えるでもなく席を立ち、エントランスへ向かう。

「兄ちゃん、海斗が暴走したら止めるの手伝って」

 後ろで空太と葵くんの声が聞こえた。

「俺、六年連続風紀委員なんだよね。だから、介入まではたっぷり時間を要すかも? 基本、見守る派なんだ」

 へぇ、初耳……葵くん、風紀委員皆勤賞だったんだ。

 それなら猶予時間はたんまりあると思っていいかな。

 そんなことを頭の片隅で考えつつ、何食わぬ顔で入ってきた司に掴みかかった。

 あとになって思う。この時点で一発くらい殴っておけばよかった、と――。


「今朝のこと、空太から聞いた。おまえやりすぎ」

「海斗には関係ない」

「ある」

「どのあたりに?」

「翠葉は俺のクラスメイトっ」

「だから?」

「だから?」じゃねえっっっ。

 視線は司に合わせたまま。けれど、背後で必死に翠葉へ謝っている空太を放置できるわけもなく、一応擁護だけはする。

「翠葉、空太は悪くない。俺が吊るし上げて喋らせただけ」

 司も視線を逸らすことはなかった。

 その不遜とも取れる態度にさらに腹が立つ。

 見慣れたこの顔を見るだけでも今は頭に血が上る。

「もう少しやり方ってものがあるだろっ!?」

 桃華の言うとおり、今回の司の行動はうちのクラスにとっては迷惑でしかない。まるで、周りの足並みなんて気にしないその行動に腹が立つ。そういうやつだってわかっていても腹が立つ。

 それで翠葉が傷ついていないならまだしも、充血するほどに泣かせてんなよっ。

「これが俺のやり方」

 くそっっっ――。

 手に入れられるだけの力を入れていた分、かわされたときの反動は大きい。

 力の流れを司に持っていかれ、気づけば自分の背後で右手を取られる始末。

 勉強も運動も、司に勝るものなんてないけど、俺にとって友達っていうのはすごく大切なもので――それを傷つけられたら俺は黙っていられない。

「それで翠葉傷つけて泣かせてんなよなっ!? 今日、うちのクラスの人間がどれだけ心配したと思ってんだよっ」

「なら、それを翠に教えてやれば?」

 しれっと答えては俺の手を放す。

「海斗くん、ごめんなさい。空太くんもごめんなさい」

 翠葉が勢いよく頭を下げた。

 俺の後ろにいた司はすばやく翠葉の隣へ移動し、その頭に手を乗せる。

「そのまま同じ勢いで体勢戻したら一教科二十分の刑」

「わ、わかったから……手、どけて?」

 翠葉はゆっくりと体勢をもとに戻した。

 ……つーか、わけわかんねぇ。

「なんで翠葉が俺に謝るのかがわからない」

「だって……心配かけたし」

 誰が見ても泣いたのがわかる顔だし、そんな顔をさせた張本人の司に対して今は警戒の「け」の字もない。

 帰りの時点では、司の隣にすら並べない状況だったと桃華が言っていたのに。

「あのね、ツカサじゃなくて私がいけないんだよっ!?」

 翠葉、おまえどこまでお人好しなんだよ。

「空太の話を聞いたけど、俺はそうは思わなかった」

 第一、そんな泣きはらした顔で言われても信憑性に欠けるってものだ。

「翠葉が中学で嫌な思いしてきて怖がってるのなんて俺ら知ってるわけで、昨日だって司とそういう話したばかりなのに、なんで――昨日の今日であんな話してんだよっっっ」

 翠葉がなんで今はいつもどおりなのかはわからない。でも、司が取った行動に対して俺は納得がいってない。

「この件に関して、俺は長期戦にするつもりがなかったから」

 司はそれだけ答え、「先に行く」とエレベーターホールに足を向けた。

 ……んなのっ、誰だって長期戦なんて望んでねぇんだよっっっ。

 せっかくクラスにも馴染んできて、傷口がかさぶた状態だったのに。それをわざわざ剥がして流血させてんなっっっ。

 司の肩を掴もうとしたら、その右手を掴まれた。

 視界に入るは白く華奢な手。

 葵くんじゃない。空太でもない。ほかの誰でもない翠葉の手。

 その手からわずかな振動が伝ってくる。

 ……震えてる?

 翠葉の顔を見ると、翠葉は俺を見て怯えた表情をしていた。

 どうしてっっっ――どうして司じゃなくて俺を怖がるっ!?

「なんでっっっ!? 今朝泣かされたんだろっ!? それで学校に来るのが怖くなって、学校に来てからもずっと泣きそうな顔してて、放課後だって強引に連れて行かれたって空太から聞いてるっ」

 怒鳴ったらもっと怖がらせる。わかってるけど、苛立つ――。

 何に……? 司じゃなくて自分が恐れられていることに……?

「あのねっ、朝、ツカサにガツンって言われたときは私パニックになっちゃって、すごく怖くなっちゃって、学校もクラスも怖くて行くの無理って思った。でもね、ツカサはひどいことは言っていなかったの。ただ、私がその場の雰囲気に呑みこまれちゃっただけで、言われた言葉をちゃんと理解できてなかっただけで、本当は私が傷つくようなことは何も言われてなかったのっ」

 空太から聞いて知ってる。

 確かに、司が言った内容自体はそれほどひどいものじゃない。

 でも、俺にとって重要なのはそこじゃなくて――。

「でもっ、翠葉は傷ついて泣いたんだろっ!?」

 ――これだけ。

「うん。でも、それは自業自得なの。言葉をちゃんと受け止めなかった私がだめ。あのとき、空太くんがいなかったら絶対に学校へ行けなかったと思う。空太くん、迷惑かけちゃったよね、ごめんね」

 どうして……。

 空太は首をブンブン振り、気遣うように口を開く。

「俺、迷惑だなんて思ってないし――ただ、あのあと大丈夫だった?」

「えと……大丈夫というか、あのあともたくさん泣いたのだけど、でも、ツカサが言ったことが怖くてとかそういうことではなくて――。ツカサの言葉は容赦ないのだけど、でも違うの……。どんなにきつい言葉でも『大丈夫だから』っていつも言ってくれているの。今回もそうだったの。朝は私が気づけなかっただけで……」

 翠葉はひたすら司のフォローをする。

 なんで――。

「お三方とも。ここ、一応往来の場だからね」

 忘れた頃に葵くんが割って入ってきた。

 確かに風紀委員皆勤賞なだけはある。

 一度も介入せずことの成り行きを見守り、大ごとにならなければそのまま見過ごす。今声をかけたのは、言葉の意味そのまま。往来の場でする話じゃないから。

「飲み物を用意するから、カフェラウンジで話をしたらどうかな?」

 葵くんは俺の肩に手を置き、ポンポンと二回軽く叩いた。そして、

「少し落ち着こうか」

 小さな声で諭された。

 数分後、葵くんが淹れてくれたお茶を前に翠葉が話しだす。

「海斗くん、ツカサは私に『今を見ろ』って教えてくれたんだよ。色んなことを言われて不安になって怖くて泣いたりもしたけどね、いつも最後には安心させてくれるんだよ」

 むかつく――。

 俺だって同じことを知ってほしくて、怖いことなんて何もないって教えたいのに……。

 なんで俺らの気持ちは届かなくて司のは届くんだよ。

 こんなに泣かされても、学校へ行くのが怖いと思うほどの境地に立たされても――なんで……。

「翠葉、俺らは……?」

 うちのクラスってそんなに役立たず?

 うちのクラス二十九人が司ひとりに敵わないなんて言わないでくれ――。

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