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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
本編
4/80

04話

 会食が終わると、秋斗さんと楓先生はそれぞれのおうちへ帰り、栞さんは片付けと明日の朝食の準備をしてから帰った。

 蒼兄は自室で何か作業をしていて、海斗くんとツカサはリビングで勉強を始めている。

 私はひとりでバスタイム。

 八時に過ぎに入って、上がったのは九時過ぎだった。

 四十分以内に出ようと決めていたのだけど、気づけば一時間近い。

 でも、バスタイムに何もしていなかったわけでもない。

 湯船に浸かっている間は暗記科目のルーズリーフとにらめっこをしていた。

 BGMはクラスメイトからプレゼントされた曲たち。

 この曲を聴いていると元気がもらえるし、みんなの気持ちが伝わってきて幸せな気分になれるから。

「ここにもあった……」

 あたたかい気持ち。私の大切な安心材料――。

 洗面所から出ると、トイレから出てきた海斗くんと鉢合わせた。

「ほんっとに風呂長いなっ!? あ、それ――」

 海斗くんはミュージックプレーヤーから流れてきた曲に反応した。

「クラスのみんなからもらったCDの曲。聴いていると元気になれるから」

 流れていたのは、「奥華子」さんの「Birthday」だった。

「あ、海斗くん、ツカサに何か誕生日プレゼントを渡したいのだけど、何がいいと思う?」

 海斗くんなら何かいい案を教えてくれるかもしれない。

「それ、秋兄だけじゃなかったの?」

「え?」

「さっき訊いてたから……」

「あのね、ツカサには病院でお昼ご飯を食べているときに訊いたの。でも、別にいらないって言われちゃって取材拒否な感じだった」

 苦笑をしつつ、

「得られた情報は趣味は読書、以上だよ?」

「ま、確かに読書が趣味だわな……」

「じゃぁ、栞、とかかな?」

「秋兄じゃないけど、翠葉からもらうものならなんでも――あああああっっっ!」

 海斗くんが急に大声を上げるからびっくりした。

 海斗くんは「ちょっとちょっと」と私の背を押して、玄関を入ってすぐの私の部屋へ入る。

「翠葉さ、歌、歌わない?」

 今度は小声で訊かれる。

「それ……『Birthday』」

「あ――」

「ふたりとも絶対びっくりするし腰抜かすんじゃん? 翠葉が自分のためにステージで歌なんて歌ったらさ!」

「――でもっ……」

「……だよなぁ……。やっぱ抵抗ある?」

 抵抗はある。でも、この歌は好き。

 それに、ツカサの驚いた顔は見てみたい。

「ま、俺からの一提案だからさ、司には内緒な?」

 海斗くんはいたずらっ子の顔になった。

「それに、俺も誕生日プレゼント欲しいもんっ! この曲歌ってもらえたら超嬉しいっ!」

 次の瞬間、半開きだったドアが完全に開いた。

「ふたりして内緒話?」

 満面の笑みでツカサが立っていた。

「海斗、おまえ数学の問題十五分切ってるけど?」

「うっわ……やばっっっ」

 海斗くんは慌てて部屋を出ていった。

「翠は音楽鑑賞しながらバスタイム? ずいぶんと余裕だな?」

「ちゃ、ちゃんと英語のルーズリーフ持って入ってたよっ!?」

 ジップロックに淹れたルーズリーフをずい、と前に差し出すと、

「じゃ、あとでテストするから」

 ツカサは口端を引き上げにやりと笑った。

 ツカサの意地の悪い笑みは見慣れているはずなのに、どうしてか心臓がうるさい。

 顔が熱いのはお風呂から上がったばかりだからで、心臓がうるさいのは、どうして……かな。


 髪を乾かし終わる頃には変なドキドキも落ち着いていた。

 そのあとはツカサに――というよりも、ツカサの作った問題にいびり倒されることになったけれど。

 十二時になると勉強会は終わり。

「ねぇ、ツカサはどうして私たちの問題まで作る余裕があるの?」

 心底不思議でラグにごろんと横になったまま訊いた。

「別にそれ、全部が全部俺が作っているわけじゃないし」

「どうやって作っているの?」

「秋兄が作ったソフトを使ってる。正確には、若槻さんが作ったものだったと思うけど」

 唯兄……?

「少し前までは秋兄が作ったものを使ってたんだけど、夏休み前くらいだったか、もっとパターン化に富んだものができたって渡されたソフトがある。今はそれを使ってる」

 なるほど……。

「でも、それってさ、俺らの弱点を知らないと使いこなせないってやつなんじゃないの?」

 海斗くんが尋ねると、

「今まで使っていたソフトはそうだったけど、今使っているのは間違ったところをチェック入れればそれに特化した問題を作ってくれるように改良されている」

「……それ、私、前回の期末考査でお世話になったと思う。唯兄が遊びで作ったって言っていた気が――」

 暗記科目をクイズ形式でやったのは覚えている。

 そのときに唯兄が使っていたのは、そのソフトではないだろうか。

「さすが若槻さん。秋兄の直轄というか、静さんの手元に置かれているだけのことはあるんだね」

 海斗くんが感心したように言えば、

「そんなわけで別段苦労して問題を作っているわけでもない」

 と、ツカサはテーブル上のものを片付け始めた。

「今学期からはこれをさらに改良したものを追試で使うらしい」

「「えっ!?」」

「それって類似したソフトが司の手元にあるってやばいんじゃないの?」

「なんで?」

 ツカサはなんでって訊くけど、私は海斗くんの言っている意味がわかる。

「だって、追試の試験問題と似たものが作れちゃうってことでしょう?」

「翠、海斗――ふたりはまさか追試を受けるような点数を採るつもりはないよな?」

 にこりと笑みが返され、背筋がゾクゾクした。

「仮に、生徒会にそんな人間がいたら困る。それに、俺と試験勉強をやっていて、そんな点数を採ろうものならどうなるかわかってるんだろうな?」

 私はカチコチした動作で海斗くんの方を向いた。

「か、海斗くん、今までこんな恐怖をひとりで味わってきたんだね? お疲れ様っ」

「あぁ……翠葉よ、わかってくれるか? さらにはツカサに似たのがあと三匹いるんだ。『お疲れ様』は嬉しいけど、まだあと一年半はこの状況から抜けられる気がしない」

「そ、そうだよね……」

「でも、それは漏れなく翠葉も一緒だと思うんだ」

「……あ――」

「どう思われていてもかまわないけど、俺はこのソフトがあるからといって、誰彼かまわず問題を提供するわけじゃない。海斗と翠だけだ」

 その言葉に海斗くんと顔を見合わせる。

 アイコンタクトで、互いの「嬉しい」が伝わる。

 物言いは散々だけど、私たちはちゃんとツカサのテリトリーに入ることができているのだ。

 自分たちが、このツカサに手をかけてもらえる人間であることが嬉しい。

「いくらソフトがやってくれるとはいえ、間違えたところをチェックして入力する時間をその他大勢に割くつもりはさらさらない」

 追加された言葉に、再度、私と海斗くんは顔を見合わせて微笑んだ。

 こういうのがツカサの優しさ。

「何笑ってるんだか……。多少の身内特権だろ」

 そう言ってツカサは玄関へ向かった。

 少し遅れて片づけを始めた海斗くんが。

「司の身内特権なんて基本いいことねぇけどな」

 と苦笑する。

「でも、身内って言ってもらえるほどやすやすと近くに近寄らせてくれる人でもないからさ」

 そう言って照れ隠しのように笑った海斗くんを見て、

「そうだよね」

 私はにこりと笑って答えたけれど、実は少し引っかかるものがあった。


 海斗くんとツカサを見送ってから、ふたりが使っていたマグカップをキッチンへ下げる。

 まとまった分量の食器があるときは食洗機を使うけれど、マグカップ三つ分ならば手で洗うほうが早い。

 ゴム手袋をしてスポンジを泡立てると、キュッキュ、と音を立てて楽しみながら洗う。

 そして、先ほど気になったことを考え始める。

 ツカサの身内特権――それが適用されるほどに、私はツカサの側にいられているのだろうか。

 でも、私は海斗くんのように血がつながっているわけではない。

 単なる後輩で友達、という関係だ。

「血」ではなく、「生徒会」特権だろうか。

「……それがどうしてショックなんだろう?」

「何が?」

「きやぁっっっ」

 第三者の出現に、私は驚きマグカップをシンクへ落とした。

 ゴツ、と鈍い音をたてたけれど、マグカップは割れることはなく無事。

 あまり無事ではないのは私の心臓。

 一気に心拍数が上がった。

「悪い、そこまで驚くとは思わなかった」

 蒼兄はどうやらコーヒーを淹れに来たようだ。

「で? 何がショックだったんだ?」

 改めて訊かれて少し戸惑う。

 まだ自分でもよくわかっていないから。

「ツカサの身内割引はすごく嬉しいのに、どうしてか少し残念な感じがするの」

「……それ、どんな話?」

 全く話が読めない、といった感じで訊かれる。

「テスト勉強を見てもらえるのは身内割引的な特権らしくて、そんな待遇が受けられるほどツカサの近くにいられるのは嬉しいのだけど、私は血のつながった身内ではないし、身内と思われるのは残念というかショックというか……」

 残念ながら話せるのはここまでだ。

 自分で話していても要点を得ていないことがよくわかる。

「……あまり難しく考えることでもないんじゃない? つまりは翠葉が司の側にいられると嬉しくて、側にいたいっていう気持ちなんじゃないの?」

「……ん? ――たぶん、そう」

「司はさ、翠葉のことを家族とかそういう形の身内とは思ってないだろ」

「……つまりは生徒会特権なのかなぁ、と」

「今度司本人に訊いてごらん」

「……それは嫌」

「どうして?」

 どうしてって、それは――。

「決定的な言葉が返されるのは怖いもの。『身内』が指すものが『家族』じゃなかったとして、それが『生徒会』という枠であってもあまり変わらない気がするの」

 コーヒーを淹れ終わった蒼兄は、一口含むと穏やかに表情を緩めた。

「……翠葉、その気持ち、なんだろうな?」

 そう言っては顔を覗き込まれ、

「明日も学校なんだから、もう寝ろよ」

 と、自分の部屋へ戻っていった。

「……この気持ちは、何――?」

 この気持ちはなんだろう――。

「特別」なことはわかる。でも、どう特別なのかはよくわからない。

「……友達以上、なのかな」

 それは親友?

 いつもツカサに怒られたり諭されたりセーブされたり。

 今日は病院へ付き添ってくれたり、夏休み中は毎日のようにお見舞いに来てくれた。

「あまり認めたくないけど、親友よりも保護者寄りな気がする……」

 友達でも毎日はお見舞いに来てくれないと思うの。

 家族ならまだしも――。

「でも、保護者はやだなぁ……」

 だって、ツカサは先輩だけれど同い年で、先輩だけど友達だもの。

 私には長らく「友達」という存在がいなかったし、「親友」なんて呼べる人がいたためしがない。

 だから、人との関係に名前をつけるのが困難。

 この関係がなんなのか、この気持ちがなんなのか、それを突き止めるのは容易ではない。

 でも、わかっていることもある。

 それは、ツカサがとても大切な人で、特別な人だということ。

 今はそれがわかっているだけでも十分かな――?

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