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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
本編
36/80

36話

「あれ?」と私たちの前方の階段を下りてきたのは朝陽先輩だった。

 私たちの側まで来ると、朝陽先輩はツカサの肩に腕を回す。

 朝陽先輩のこういう行動はツカサに対する挨拶みたいなものだけど、ほかの人にしているのは見たことがない。

「何、こんなところで」

 朝陽先輩が加わるだけで、若干空気が軽くなったような気がした。

「こんなところ」が指すのは昇降口のことで、すでに教科準備室前の静けさはなくなっている。むしろ、物の搬入が行われている昇降口は人の行き交いが激しいくらいだ。

「翠葉ちゃん、歌合せはとっくに終わってるでしょう?」

 ツカサは絡みつく腕を迷惑そうに振りほどくと、「朝陽は……」と自分の腕時計を確認してから、「校内巡回中か」と呟いた。

「そういう司はあと五分もしたら歌合わせなんじゃないの?」

「……そういうわけだから、悪いんだけど、コレ、俺の代わりに駐車場に届けてほしい」

 ツカサは私を指差してそう言った。

「え? あぁ、翠葉ちゃんを駐車場まで?」

「任せたから。それと、生徒会規約、一部抜粋でいいから話してやって」

「司がすればいいのに」

「バカと無責任に費やす時間はない」

 そう言うと、ツカサは私を見ることもなく三文棟へ向かって早足で歩きだした。

 直線の廊下から桜林館の外周廊下に出ると左に曲がり、その背が見えなくなる。

「バカと無責任」――その言葉が胸に痛い。

「翠葉ちゃん?」

 朝陽先輩の手が目の前で上下に動き、慌てて意識を引き戻す。

「っ……すみません」

「何かあった?」

「いえ――朝陽先輩、私ひとりで行けますから大丈夫です。それと、生徒会規約も家に帰ってからちゃんと読み直します」

 朝陽先輩だって無駄に校内を歩いているわけではない。それになんとなく――今は誰とも話したくない。

「んー……でも、司に任されちゃったしね。それを反故にできるほど図太い神経は持ち合わせてないよ」

 ふわりと軽い重力を頭に感じた。

 確認しなくてもわかる。蒼兄のそれとも、唯兄と秋斗さんとも違う。なんだか「イイコイイコ」とされている気がする感触。

「まずは教室へかばんを取りに行こうか」

 朝陽先輩は進行方向を変え、下りてきたばかりの階段を私に合わせてゆっくりと上ってくれた。


 紅葉祭の準備をしている一年B組の教室には半数ほどのクラスメイトがいた。

 ほかのクラスは教室前の廊下にダンボールやベニヤ板が出ていたりするけれど、うちのクラスはそれほど散らかっているわけでも、ものが山積みになっているわけでもない。

 教室の後ろに要冷蔵庫以外のお菓子の材料と、ラミネート済みのメニューやトレイ、ケーキを載せるプレートとカップ&ソーサー、カトラリー、テーブルクロスと椅子にかけるカバー、教室内の壁を隠すための生地が置かれており、その一番端に中性洗剤とスポンジが置いてあった。

 大部分を占めているのは、当日ホールスタッフが着る衣装。それらは全てハンガーにかけられており、簡易スタンドに吊るされている。

 教室の真ん中ではウェルカムボードの仕上げ作業を希和ちゃんと香乃子ちゃんがしていて、ほかの人たちは料理の手順確認と焼きあがり時間の確認、それから人が交代する時間の最終確認に入っていた。

 クラスメイトを見ながら、紅葉祭までのカウントダウンが始まったことを感じる。なのに、どうしてかまるで他人事のように思える。

 おかしいな……私もその中にいるはずなのに。ずっとその中にいて、楽しくて仕方がなかったはずなのに。

 今は心の中が空っぽに近い。

 教卓の前を通り過ぎたとき、私に気づいた飛鳥ちゃんに声をかけられた。

「翠葉、かばんの中で携帯がずっと鳴ってた」

 きっと唯兄だ。

「ありがとう。たぶん唯兄」

「さっきの……本当にクラス展示の再申請の件だったの?」

 どこか疑うような声音で訊かれる。

 飛鳥ちゃんと一緒に確認作業をしていた理美ちゃんも同じような目をしていた。

 唯兄の電話のあと、一年G組のクラス委員が呼んでいる、と取り次いでくれたのは飛鳥ちゃんだった。

「なんか再申請の件みたいだけど……」と、飛鳥ちゃんはそのときからあまりいい顔をしていなかった。

「忙しいところ悪いのだけど、会計の人はなかなか捕まらないし、申請が通るかも微妙なものだから、再申請する前にちょっと見てほしいの」

 私は香月さんにそう言われたのだ。

 どちらにしろ、再申請が上がってくれば私のもとに届く。それなら、今確認するのもあとで確認するのも同じこと。

 その場で書類のチェックをするのかと思ったら、現場を見てほしいとのことで、彼女と一緒に教室を出た。

 まだ学校で作業していた頃はこんなことも珍しくなかったから、何を不思議に思うこともなかった。

 香月さんのクラスは一年G組だから、一、二年棟の一番端のクラス。

 桜林館側から野球場の方へ向かって歩く。

 ふたり並んで廊下を歩いているときは、再申請と思われる内容の話をしていた。でも、校舎の突き当たりにある教室、一年G組手前の階段を下り始めたときにに「あれ?」と思った。

「クラス、この先ですよね……?」

「外で作業しているからこっちでいいの」

 その結果が小体育館の裏、という場所であの話。

 野球場と小体育館の間を歩いているときには何かおかしいことには気づいていた。でも、話は聞いたほうがいいのだろうと思ったから何も言わずについていった。

「香月さんって前に生徒会の会計をやってたことがあるからちょっと心配で……」

 飛鳥ちゃんの言う「心配」の意味はわかる。今、そういう話をしてきたばかりなのだから。

 こういうとき、どう答えるべきなのかな……。

 考えるけれど、ひとつの言葉しか浮かばない私はツカサの言うとおり、バカなのかもしれない。

「大丈夫だよ」

 呼び出された理由と話した内容は違った。

 そのことを言わないのは、香月さんを庇いたかったからじゃない。庇いたいことがあったとしたら自分を、だ。

 私はひどいと思う。実のところ、香月さんに言われたことに関してはそれほどショックを受けていなかった。

 言われたことはもっともだと思ったし、今まで私に不満を持って話に来ていた人たちとさして変わらない。そう思ったから。

 違ったことはひとつ。

 ツカサの言った生徒会規約云々は調べてみないとわからないけれど、「責任感がない」とあんな目で見られるのはたまらなくつらかった。

「翠葉?」

 訝しげに顔を覗きこまれ、私は下手な笑顔を作る。

 こんな笑顔、なんの意味もないし、飛鳥ちゃんが作り笑いだと気づかないはずもないのに。

 私は何をしているのだろう。

「ごめん、朝陽先輩が廊下で待ってくれているの。飛鳥ちゃん、また明日ね」

 私は逃げるように教室から出た。

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