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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
本編
32/80

32話

 少しずつ人が増えてきたクラスにはいつものメンバーが揃った。

「いつもノートありがとう」

「英語のノートは空太が取った」

 海斗くんがぶすっとして言う。

「だってさぁぁぁぁ……海斗の取ったノートじゃ翠葉ちゃんが不憫すぎるよ」

 空太くんが苦笑しながら話しに混ざる。

「ノート取るの慣れてないんだよっ!」

「それ学生の言うことか?」

 佐野くんの一言に海斗くんは撃沈した。

「海斗くん、ノート提出のときはどうしてるの?」

「あぁ、提出用のノートは授業とは別に作ってる」

「それで学年首位っていうのが気に食わないのよね」

 桃華さんは眉間にしわを寄せて海斗くんをじとりと見る。でも、桃華さんのノート提出の成績はものすごくいいのだ。確か、全科目オールAだったはず。

「海斗くんの英語はあれだね? 私の数学と一緒。私も数学のノートを提出するときはものすごく焦るもの」

「そっか……翠葉は途中式すっ飛ばしちゃうもんな」

 海斗くんは納得した顔で、ポン、と手を打った。それにコクリと頷くと、周りの人たちがぷっ、と吹きだす。

「でもさ、ノートは役に立てないけど、わからないところがあったら教えることはできるからさ」

 海斗くんに言われてにこりと笑む。

「ありがとう。でもね、昨日のうちにツカサに教えてもらったからたぶん大丈夫」

 決して変な答えではなかったと思う。けれども、周りから返ってきた反応は不思議なものだった。

「へぇぇぇぇぇ……」

「ほぉぉぉぉぉ……」

「ふぅぅぅぅぅん……」

 テスト期間外で勉強を教えてもらうのはおかしいことなのかな。

「……やっぱり、ノートを取ってくれたみんなに教えてもらうべきだった?」

 不安に思って尋ねると、

「別にそういうわけじゃないよ」

 海斗くんも不思議な反応を示したひとりだったけれど、笑顔で否定してくれた。

「俺は今回ノート取ってないからそれくらいしたかったけど、翠葉が困ってないならそれでいいや」

 そんな話をしていると川岸先生が入ってきて、佐野くんが機敏に動く。

 自席へ戻るとすぐに、「起立、礼、着席」と号令をかけた。

 その声を聞いて思う。今日も一日が始まる――。


 お昼休みに、紅葉祭で着るウェイトレスの衣装を試着した。

 黒いサテン生地でヒラヒラふわふわした衣装はクラシカルな雰囲気。

 ハイネックの部分から胸元までフリルがふんだんにあしらわれており、スカートはギャザーをたっぷり寄せたもの。その上に縁にフリルをあしらった表面積小さめのエプロンをする。さらに、黒のニーハイソックスを合わせ、黒のストラップつきパンプスを履く。

 ひとつ問題があるとすれば、ワンピースの丈が恐ろしく短いこと。

 ニーハイソックスを履くので決して露出が多いわけではないけれど、膝上丈のスカートなど普段着ないため、たったそれだけのことに緊張する。

「もっ、桃華さんっ、これっっっ。丈、短いっっっ」

「あら、それにパニエが入らなかっただけましだと思いなさい? パニエが入ったらもっとボリュームが出て短くなってたんだから」

 桃華さんは私の側までくると、

「やっぱり七号じゃ翠葉には大きかったわねぇ……」

 言いながらウエスト部分を摘まれる。

「んー、でも、うちのクラスで五号サイズ着れる子ってほかにいないしね」

 理美ちゃんの言葉に早穂ちゃんが前へ出てきた。

「このくらいなら大丈夫! ギャザーたっぷりの衣装にしたのはこういうことを予測して、だもん!」

「そうそう、身体のラインがきれいに出るものも候補に挙がったんだけど、どうやっても翠葉ちゃんと同じものを着れる子がいないから。かといって、この格好を翠葉ちゃんにさせなかったら男子からどれだけブーイング来ることか。そういうこと考えるとこのタイプが一番都合良かったんだよね」

 早穂ちゃんがギャザーの偏りを均等にする傍らで志穂ちゃんが説明してくれた。

「確かに、エプロンのリボンでウエスト締めちゃえばワンピが浮くこともないもんね?」

 香乃子ちゃんが私の周りをぐるっと回って言う。そこで希和ちゃんが、

「文句なしにかわいい!」

「うーんっ! ここで赤くなって照れる翠葉がかわいくてしょうがないっ!」

 飛鳥ちゃんに軽くきゅ、と抱きしめられた。すると耳元で、

「痛くない?」

「うん、大丈夫」

 身体は痛くないけれど、みんなの視線が痛かった。


 更衣室からクラスへ戻る時、調理部の江波沙世子えなみさよこちゃんに私の予定を訊かれた。

「試食は済んでてあとは写真を撮るだけなの。だから、翠葉ちゃんが撮影に時間取れそうな日を教えてもらいたいんだけど」

 今日は歌合せがあって明日は病院――。

 病院の帰りというのは避けたほうがいいと思うから、歌合せがある日かな。でも今日はカメラを持ってきていないし……。

「今日はカメラ持ってきてないから無理なんだけど、火曜日か木曜日だと嬉しいかも。五時過ぎには歌合せが終わるから、そのあとなら写真撮れる」

「了解。また日にちが決まったら伝えるね」

「お願いします」

「翠葉ちゃんの撮った写真はその場で和光くんたちに渡しちゃうから、すぐにメニューも出来上がるね。プリントアウトしたものを学校のラミネート機借りて加工したら完成だよ!」

 希和ちゃんが頬を赤くして楽しそうに話すから、かわいいな、と思った。

 香乃子ちゃんは実行委員と美術部の出し物と忙しくしているうえに、クラスの出し物である喫茶店のウェルカムボードを希和ちゃんと描いているらしい。

 どんな絵ができあがるのかな。見るのが楽しみ。

 そういえば、中間考査の前にパソコン部と映研部、写真部と合同でかなり大きな額を申請されていたけれど、いったい何を作っているのだろう。

 確か、望遠レンズやその他の機材レンタル料の領収書が上がってきていたけれど、何を撮るのにあんなに大きな望遠レンズが必要だったのか――。

 私も写真部ではあるものの、展示物にしか参加をしていないため、ほかに何をしているかの詳細は知らない。

 久先輩はちょこちょこと顔を出しているみたいだけれど、何をしているのかを尋ねたら、「紅葉祭までのお楽しみ」とかわされてしまった。

 ただ、必要経費の確認事項だけはしなくちゃいけなかったから、少しだけ話してくれたけれど……。

 五〇〇ミリの望遠レンズが必要って一体どれだけ被写体から離れて撮影するのかな。

 間違いなく三脚必須だよね……。だって、バズーカーのような大きさのレンズなのだから。

 いくら手振れ補正機能がついていても、使い慣れている人でも難しいと思う。

 一般的に考えたら航空機か何かかな、と思うのだけれど、ここら辺に飛行機は飛ばない。

 うーん……。

 この学校の学園祭は、生徒会にいても隅々まで把握することはできないようにできているみたい。それは運営執行側であっても、楽しみが少しでも多くあるように、ということみたいだけれど、あのツカサにも把握できないことがある、と思うとちょっと不思議な気分だった。ツカサは基本的にすべてを把握しておきたい人だから。

 あ、だから王子と姫の出し物云々以前に紅葉祭があまり好きな行事じゃないのかな?

 うちの生徒会は話さないと決めたことは徹底して話さない。だから、私が第二部のトップバッターで歌うことも、生徒会一年メンバーと茜先輩、それから歌合せで一緒になる演奏サイドのひとたちと、ミキシングルーム担当の人にしか知られていない。

 面白いなと思うのは、嫌な噂は一斉に広まるのに、こういうところでの守秘義務はきちんと守られるところ。何が違うのかな、って考えてみたけれど、私にはどんな差があるのかはさっぱりわからなかった。


 午後の歌合せは茜先輩と一緒だった。

「ツナイデテ」の合わせ。

 今週に入ると、吹奏楽部との合わせは桜林館ですることになっていた。

 吹奏楽部は軽音部やフォークソング部とは違い、生音で演奏するため、環境により音の反響が変わってくる。そういう確認をするのも準備作業に含まれていた。

 茜先輩がピアノ伴奏をしてくれるものに関しては、一緒にピアノの前で歌えばよく、それ以外といえば、茜先輩と歌う「ツナイデテ」とツカサと歌う「あなたと」、第二部のトップバッターで歌う「Birthday」。

 練習のときも円形ステージを二メートル上げた状態で歌う。

 歌合せのとき、桜林館にはそれに関わる人しか入れない。ミキシングルームにスタンバイする放送委員と放送部の人たち。それから演奏する人たちと歌う人。

 関係者しかいない状態で合わせをする。

 周りに人がいないことと、円形ステージに二メートルの高さがあり、演奏をしている吹奏楽部の人たちから自分たちが見えないということもあり、最近はそこまで緊張をせずに歌を歌うことができていた。

 次の木曜日は「Birthday」の初めての歌合せ。

 これはピアノが茜先輩で。ほかの奏者が同じステージで向かい合わせになって歌うことになっている。

 円形ステージで、みんな内側を向いて、輪になった状態で歌うのだ。

 緊張する……でも、がんばろう。

 大好きな人たちに「ありがとう」を届けるために。


「翠葉ちゃん、これ!」

「え……?」

 歌合せが終わった後、茜先輩に渡されたのは資金申請書だった。

 渡された紙面に目を通して唖然とする。

「ふふ、秘密よ?」

「……ツカサにも優太先輩にも?」

「そう。今のところ、私と佐野くんしか知らないの」

 殺人的にかわいい茜先輩の笑顔にノックアウト。

「でも、これ――本当にこの金額でいいんでしょうか?」

「私もそこは心苦しいところなんだけど、佐野くんが身内特権だって言ってくれてるの」

「……私、知らなかったです」

「私もよ?」

 肩を竦めて笑う仕草すらかわいい。

 久先輩じゃなくても、レンズを向けて写真ではなく映像として残しておきたくなるくらいかわいい人。

 そんなことを考えながら申請書に視線を落とす。

 そこに記されている人の名前ふたつと内容、金額に。

「考えてみたら、この人たちは本名よりもユニット名のほうが有名ですよね?」

「そうなの。だから、まさか、って思っちゃった」

 茜先輩とクスクス内緒話。

「帰ったらすぐに計上しますね」

「お願いね」

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