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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
本編
30/80

30話

 すごく寝た気がする……。

 夢も見ず、薬を飲んだら数分で眠りに落ちた。

 身体が休息できました、と言っているのがわかる。

 少し怖いと思うほどに強い薬だった。

 のちに聞いた話、その薬は私が夏の間ずっと服用していたものだという。

 あの頃の私は、眠れるように、と先生が手を変え品を変え出してくれていた睡眠薬を飲んでいたに過ぎない。薬の名前など覚える余裕もなかった。

 そして、私がオーバードーズした薬はこの薬だったという。

 その事実にぞっとする。

 あのとき、私はこれを何錠飲んだのだろう。

 自宅にあった分量と私の体重から換算して、致死量には届かないと判断されたものの、念のため、病院へ連れて行かれ胃洗浄が行われた。

 朦朧としている中での胃洗浄はひどく苦しいものだった。

 今ならわかる。それを機に、唯兄が薬の管理を任されたのは当然すぎることだった、と。

 私は自分の取った行動で、どれだけ周りの人に心配をかけていたのだろう……。

 考えだすときりがない。だから、同じ過ちは二度と犯さない――。


 目を覚ましたのは六時過ぎだった。

 栞さんに起こされなかったらまだ寝ていたような気もする。

「ご飯なんだけど起きられるかしら?」

「大丈夫です」

 そうは答えたものの、まだ頭はぼーっとしていた。

 唯兄たちはハンバーグとサラダとスープ。私には食べやすいように、と少量のお雑炊が用意されていた。

 蒼兄はまだ帰宅しておらず、三人で夕飯を食べたあと、私は久しぶりにゆっくりとお風呂に浸かった。それでも、体力的な問題から長時間は浸かっていられない。

 髪の毛や身体を洗うだけで息切れがするし、両腕の筋肉や指先が痛む。

 バスタブに浸かって五分ほど浸かって出てくるだけで一時間かかった。

 お風呂から上がると貧血を起こし、しばらくの間はバスタオルに包まったまま貧血が治まるのを待っていた。

 まだしばらくは、お湯に浸かるのはやめたほうがいいかもしれない。

 洗面所から出ると、唯兄が髪の毛を乾かしてくれた。

 三十分ほど横になって休憩すると、九時になって会計の作業を始めた。

 どうやら、私が寝ていた間にコンシェルジュがファックスをゲストルームへ届けてくれたみたい。

 夕方に起きたら、それはローテーブルの上に置かれていた。

「まずは申請書チェック……」

 昨日ツカサが持ってきたファイルには収支報告書しか入っていなかったから、それは後回し……。

 とりあえず、今日上がってきた申請書を先にピックアップしなくちゃ。

 紙の束を手に取ると、ダブルクリップの脇に付箋紙がふたつついていた。

 ひとつには「申請書」と書かれており、もうひとつには「収支報告書」と書かれている。

 見たことのない筆跡……。

 パラパラとそれらをめくっていくと、一番最後に申請書でも報告書でもないものが一枚紛れていた。

 コピー用紙に右肩上がりの字で、「会計の仕事、がんばってね。あまり無理はしないように。高崎葵」と書かれていた。

 これ、高崎さんが届けてくれたんだ……。

 ちょっとした心遣いに心があたたかくなる。

 申請書は八枚のみで、あとはすべて収支報告書。

 申請されている八件は、どれも使用目的が明確で、用途を確認するのは難しくない。

 生徒会口座に残されている金額からしても、無理なく計上できるもの。この額ならツカサや優太先輩に相談する必要もない。

 リトルバンクにアクセスするには四つの手順が必要だった。

 第一IDと時間ごとに異なるパスワード。第二IDと日毎に変わるパスワード。第三IDと曜日ごとに異なるパスワード。最後に私の学生番号。

 これらを入力すればアクセスできる。

 アクセスするための手順はややこしいものでも難しいものでもないけれど、これらを設定するのはどのくらい手間のかかることなのか……。

 考えてもわからないことは少し置いておこう。

 すぐにリトルバンクにアクセスし、お金を動かす。

 お金を動かしたあとは、収支報告書とリトルバンクの入出金の照らし合わせ。

 主に時間がかかるのはこっちの作業だった。

 収支報告書は領収書と共に手書きのものが上がってくる。

 それとリトルバンクを照らし合わせながらエクセルに入力していく。

 最後に待っているのがエクセル上で超過申請になっている使途不明金をピックアップする作業だ。

 どのくらいその作業をしていたかわからないけれど、気がついたら目の前にツカサがいた。

 頭にポン、と手を置かれ、「時間切れ」と言われて気づいたのだ。

「絶対に時間を気にせずやってると思った」

「司っちの読みは外れないね~」

 ドア口で笑っているのは唯兄。

「翠葉、次からはアラームでもかけてからやったほうがいいんじゃないか?」

 気づけば蒼兄が唯兄の隣に立っていた。

「それ以前にさ、リィは部屋のドアを開けられたら気づけるようになろうよ」

 ……そうですよね。

「でも、まさかリィが音を切って作業してるっていうのは想定外だったなぁ。ま、ほかにも仕掛けはしてあるんだけどね」

 唯兄はにこりと笑って部屋に入ってきた。

「ディスプレイ見てごらん?」

 嬉しそうに言うから不思議に思いながらディスプレイに視線を落とす。と、そこには画面いっぱいに「TIME OVER」と赤文字が点滅表示されていた。

 これはもしかすると、音量をオンにしていたら警報のような音が鳴ったりするんじゃ……。

 そう思ってファンクションキーを押すと、けたたましい音が鳴り響いた。

「わわわっっっ」

 慌ててオフにする。

 ここまでされると絶句である。つい手を上げて降参ポーズを取ってしまうくらいには。

 そうだった……リトルバンクにアクセスした時点からカウントダウンされ、一時間半が経過したら遮断されるんだった。

 でも、こんな仕掛けまでしてあるとは誰も思わないと思うの……。

「超過申請された使途不明金回収は四日前までの分まで終わってるから、それ以降の分から頼む」

「はい」

「じゃ、作業はここまで」

 ツカサはパソコンを自分の方へと向けた。

 一瞬目を見開いたような気がしたけれど、すぐにパソコンを終了させていたからきっと気のせい。

 その後十分間、糖分補給という名目のもとにティータイムを四人で過ごし、休憩が終わると予習復習が始まった。


 いつもなら一時間半から二時間はかかってしまうようなことも、ツカサが教えてくれるとそこまで時間がかからない。

 自分の勉強効率の悪さを目の当たりにしてちょっと悔しい。

 ツカサはツカサでずっと私の勉強を見ているというわけではなく、その日学校で出された課題をしながら見てくれていた。

 それでも十一時半にはすべてを終え、相馬先生に言われている日付が変わる前には寝ろ、というのも守れてしまう。

「……ツカサが魔法使いに思えてきた」

 そんなことを言ったらどんな反応が返ってくるかの予想はつく。

「翠の目にはどんなフィルターがかかっているんだか。あまり迷惑極まりないフィルターは引き剥がしにかかるけど? だいたいにして、翠の勉強法が効率悪いだけだ」

 ほら……そのくらい言われるのは予想済みだよ。

 最後、私がいつも寝る前に飲むハーブティーをツカサに出した。

 私は相変わらずポカリスエット二杯希釈を命じられている。さっきのティータイムもひとりポカリスエットだった。

「これ、どこのお茶?」

「いつもネットで購入しているお茶。このあたりには実店舗がないの」

 お店の名前やサイトのURLを一通り教えたけれど、

「飲みたくなったら飲みに来て? そしたら私が淹れる。いつもたくさん助けてくれるから、何かいつでもできるお礼を持っておきたい」

 ツカサは一際驚いた顔をした。

「どうして? なんでそんなに驚いた顔をするの?」

「……いや、別に。でも、夜飲みたくなることもあるし……」

「今も夜だけど?」

「…………」

 どうして無言……?

「やっぱり九階と十階でも行き来するのは面倒?」

 尋ねると、深くため息をつかれる。

「……とりあえず、飲みたくなったら飲みに来る。でも、夜遅くはよくないと思うから。それに、こっちに帰ってくるのはテスト期間やこういうときだけ」

「あ、そっか……そうだよね」

「家に帰ったらオーダーする」

「あ、それならちょっと待って?」

 私はデスクの引き出しに入れてあるものを取り出した。

「私ね、ストック魔なの。これだけは在庫がいくつかないと落ち着かないから、常にストックはあるの」

 ふたつの箱を取り出しテーブルに並べて置く。

「ツカサはグッドナイトハーブも好きだけど、モーニングハーブも好きよね? ……どうしようかな、なんのお礼にしよう」

 少し悩んで出した答え。

「入院している間、ほぼ毎日お見舞いに来てくれてありがとう、のお礼」

 私はふたつの箱をツカサに向かって差し出した。

「あ、でも、夜飲みたくなったときと藤山に帰ったときだけだよ? それ以外は飲みに来てね?」

 ツカサは苦笑を浮かべる。

 苦笑の意味はわからなかったけど、「ありがとう」と受け取ってもらえて良かった。

 でも、やっぱりちょっとおかしい。私が「ありがとう」の意味をこめて渡したのに。

「けど、誰にでもそういうこと言うなよ?」

 釘を刺された気がするのはどうしてだろう。

「……誰にでもっていうわけではないと思う」

「そう?」

「うん。だって、私のことをここまで面倒見てくれる人ってそこまでたくさんいるわけじゃないもの。いたとしても、クラスメイトと生徒会のメンバー、それから先生たちと栞さんと秋斗さんと家族くらい……? あ、あとは高崎さんもかな」

 あれ……? 数えてみたら結構たくさんいる……?

 真面目に答えたつもりなのに、また苦笑混じりのため息をつかれた。

「じゃ、俺帰るから」

「うん。今日はありがとう。おやすみなさい」

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