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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
本編
28/80

28話

 翌朝、基礎体温を測り終えても私は起きずに寝ていた。

 蒼兄がランニングから帰ってきたときに様子を見にきてくれたけれど、

「栞さんが来るまで横になってな」

 今はそれを実行中。

 なるべく身体を休めるように――そう言われているから。

 身体を起こすこともせず、ただベッドに横になっている。

 つまらないとか暇とか嫌だとか、そんなふうには思わない。

 身体がだるいから、というのもあるけれど、ここで自分にできることがある、と教えてもらえたことが大きいのだと思う。

 学校を休まなくてはいけないことには抵抗がある。それでも、ここで生徒会の作業に携われる。

「……安心感?」

 ラヴィに向かって口にしてみるけれど、なんだかしっくりとこない。

 一方、聞かされたラヴィは「ナンデスカ、ソレ」といった目をしている気がした。

「……なんだろうね」

 わかるのは、「置いていかれない」ということ。

 確かに、私はみんなと一緒に歩くことはできないけれど、違う方法で前へ進む道を用意してもらえた。

 それだけで、ひどく精神的に落ち着いた気がした。

 寝起きの頭でそんなことを考えていると、ポーチで音がして、栞さんが「おはよう」と入ってきた。

 ……ということは、もう八時前?

 時間が流れるのは無常すぎるほどに早い。でも、痛みを我慢していた期間に感じた、あの永遠とも思えるような感覚よりはいいのかな。

 昨日は時間が過ぎていくことが怖かったのに、今は、早く明日にならないかな、なんて思っている。もしくは、あと一時間したら相馬先生に電話しようとか、夕方からなら作業ができるかな、とか。

 やりたいことがたくさんある――。

 今までの私には何ひとつまともにクリアできなくて、とても過酷なものばかりだったけれど、今は少し違ったものに見えるから。

 何ひとつまともにクリアできない私が唯一クリアできるものといえばピアノやハープ、カメラだった。

 ピアノ曲をひとつひとつ仕上げていく作業。

 練習はとても楽しかったし、一曲仕上がると達成感を得ることができた。だから、私はピアノやハープに夢中になった。

 カメラもそう。

 満足がいくまでじっとひとつの被写体と向き合う。設定をあれこれ変えながら、満足のいくまでひたすらにそれと向き合う。

 それらはすべて自己完結で終わっていた。でも今は、人と共にすることに携わっている。

 それは私にとってものすごく異例なことで、とても新鮮なことだった。

 そこから離れるのは嫌だった。またひとりになるのが怖かった。

 ひとりでできることが嫌いになったわけじゃない。ただ、人と関わることを知ってしまったら、「怖い」という思い以上に「楽しい」ということを知ってしまったから。その楽しさを失うことがたまらなく怖かった。

「私、人が好きなんだ……」


 八時過ぎには蒼兄が大学へ行き、私と唯兄は八時半から朝ご飯を一緒に食べた。

 今朝はフレンチトースト。

 私が食べるのは一枚の半分。もう半分は唯兄のお皿に載っている。つまり、唯兄が食べるのは一枚半。

 唯兄は痩せの大食いではないし、食べる分量的には早朝ランニングに行く蒼兄よりは少なめ。それでも、見かけは華奢だけれど食べるほうだと思う。

 大食い海斗くんには誰も敵わないけれど、ツカサよりは食べる人だと思う。

 それに、朝のコーヒーに限らず、唯兄はかなりの糖分を摂取している。

「だってさ、頭使う仕事してるとどうしたって頭が燃料不足になるんだよ」

 そんなふうに言われたことがある。

 どこかで聞いた言葉だな、と思った。

「どうせ司っちか湊さんあたりじゃないの?」

 言われて少し考えてみたけれど、まだそのピースは見つかりそうにない。ただ――。

「苺ミルクの飴――」

「え?」

「よくわからないけど、頭を使ったら糖分を摂れって苺ミルクの飴を口の中に放り込まれた気がするの……」

 唯兄は少し考えてから、

「その行動はどう考えても司っちだね。秋斗さんなら手抜かりなくアンダンテのタルトとかウォーカーのクッキー用意しそうだもん」

 なるほど……。

 そんな会話をしつつの朝食。

 栞さんはハーブティーを飲みながら、にこにことその話を聞いていた。そして、

「洗濯機回すけど、洗うものない?」

 声をかけられたら、朝食を食べ終わった唯兄が席を立った。

「栞さん、それは俺の仕事っ!」

「え……? 若槻くんの仕事?」

 きょとんとしている栞さんに、

「洗濯機回して干すのは俺。取り込んでたたむのはリィ。あんちゃんは夕飯の片付け」

 言って、にこりと笑う。

 栞さんは面食らっていたけれど、ここで暮らすにあたりそんな役割分担が自然とできてきていた。

 でも、栞さんはそんなことでは引き下がらない。

「じゃ、せめて掃除くらいさせてほしいんだけど」

 有無を言わさない笑顔を向けられる。

 私と唯兄は顔を見合わせ、ふたり揃って肩を竦めた。

「「お願いします」」

「任せてちょうだいっ!」

 私は薬を飲んだらまた自室へ戻る。

 時計を見たら九時を回っていたから相馬先生に電話をすることにした。

 携帯を手に取り、相馬先生に直通でつながる番号を呼び出す。

『おう、スイハ。どうした? 駄々をこねても今日は学校行かせる気はねぇぞ? 感謝と文句なら受け付けてやる』

 相変わらずの調子だ。

「先生、朝の挨拶はおはようございます、だよ?」

 それは入院中から何度もしている会話だった。

『はいはい、おはよーさん』

「おはようございます」

『で、なんだ?』

「あのっ、午前も午後もおとなしくしてるから、夕方から一時間半くらいだけここで生徒会のお仕事してもいいですかっ?』

 願わくば、そのあと二、三時間は予習復習、今日学校の授業で習うはずだったところを勉強したい。

 私は成績の上位にはいるけれど、何もしないでその位置をキープできるわけじゃない。毎日、予習復習をするから授業についていけるだけ。

 だから、それを怠れば間違いなく成績も順位も落ちる。そうしたら、生徒会に残れなくなる。

『坊主から話は聞いてる。そのくらいなら許可できる。ただ。日付が変わる前には寝ろ。守れるか?』

「はい。ツカサにも制限時間をつけられちゃいました。一日一時間半まで、って。しかも、十時半にはパソコン自体を回収されちゃうんです」

 苦笑して答えると、

『坊主は手抜かりねぇなぁ』

 先生はキヒヒ、と笑った。

『昨日も言ったが、全部を取り上げるつもりはねぇ。やれることをやれる範囲でする。それが今のスイハの課題だ』

「……はい。まだ、十と五のモノサシには慣れない。でも、私にできることを用意してくれる人たちがいました」

『良かったな。そういう人間は大切にするこった』

「はい」

『それからな、たぶんお姫さんから連絡いくと思うが、明日の昼休みは保健室だ』

「え……?」

『今のおまえの身体はバランスが悪い。その調整を俺が鍼でやっているわけだが、やっぱり脈の乱れが気になるんでな。専門のお姫さんの方へ振った』

「……先生、それはどの程度のものですか?」

『俺はそっちの専門家じゃないから詳しいことは言えねぇよ。ただ、診察は受けておくべきだと思う。きちんと心音聞いてもらってこい。もしかすると、今日の夕方には痺れを切らせて姫さんから出向くかもしれねぇな』

 それは大いにあり得る……。

『これ以上何を言うつもりもないんだが、日に何度も頻脈発作起こしてんだ。循環器を専門とするお姫さんにとっちゃ見過ごせねぇだろ。それでも昨日診察しなかったのは、あれ以上スイハの前にいると、あれこれ説教しそうになるから、だそうだ。ま、それは今日であっても明日であっても変わらんだろうが、そのときはそのときでしっかり叱られんだな』

「はい」

『用はそれだけか?』

「はい」

『じゃ、ゆっくり休め』

「ありがとうございました」

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