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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
本編
14/80

14話

「翠葉、動いたらだめだよ。動いたら刺さるからね?」

 今は手芸部にて衣装合わせ中。動いたら刺さるのはマチ針。

「んー……予想よりも細かった。ここ、もっと詰めないとダメかな」

「すみません……」

「だーいじょーぶっ! 翠葉の衣装はすごくシンプルなデザインだから、お直しするのも楽なのよ」

 そう言って、嵐子先輩は手首に固定されている針山からマチ針を取っては脇の部分をつまんで印としてマチ針を刺す。

 私の衣装は生成りの生地でできたキャミソールワンピースみたいなもの。ファスナーなどはついておらず、上からかぶっても着られるし、下からはくようにしても着られる。

 要はウエスト部分がシェイプされておらず、胸元からたっぷりとした生地が足首あたりまでふんわりと落ちる、身体の線が強調されないワンピースなのだ。

 私の隣では茜先輩と桃華さんも同じように衣装合わせをしていた。

「うん、茜ちゃんはこれでOKね」

「さっちゃん、ありがとう!」

 そんな声が聞こえてきてそちらに顔だけを向けると、白いドレスを着た茜先輩がいた。

 茜先輩のドレスは一言で言うならウェディングドレスのようなフルレングスのもの。胸元にはお花モチーフのビーズ刺繍がたくさんちりばめられており、ウエスト部分にはウエストニッパーのボーンが入っている。そして、ウエスト部分には柔らかな生地が緩く巻かれ、腰の左部分で仮留めされていた。

 かわいい……。でも、かわいいだけではなく、きれい。 本物の花嫁さんみたいだ。

 茜先輩のミニチュアがあったら、ショーケースに入れておうちに飾っておきたい。

 桃華さんが着ている衣装は私のよりもさらにシンプルなデザイン。

 何が違うかというならば生地と形。

 さらっとした少し光沢のある生地で膝丈フレア。ウエストには絶妙なバランスで紐がかかっていて、茜先輩と同じように腰の左部分で蝶々結びをされている。

「小物部隊がコサージュ作ってて、みんなに同じようなモチーフのお花コサージュがつくから、今よりももう少し華やかな印象になるよ」

 脇に針を刺し終わった嵐子先輩に言われる。

 茜先輩にはストールの結び目に、桃華さんたちはワンピースの胸元に、私には衣装にではなく頭にコサージュをつけてもらえるらしい。それは茜先輩とお揃いらしかった。

 一方、男子の衣装は完全に個人任せで、私と一緒に歌うツカサだけには並んだときのバランスを考え、こういうものを用意するように、と通達してあるのだとか。

「別にこっちで用意してもいいけど、衣装合わせにちゃんと時間割いてもらえるんでしょうね?」

 嵐子先輩がそう口にしたら、一言「ごめん被る」と即刻断られたそうだ。


 ガラ――ドアが開く音がしてすぐ、

「嵐子、ケープ到着!」

「わっ、グッドタイミングっ!」

「カーテン開けて平気?」

「大丈夫!」

 嵐子先輩がカーテンを少し開けると、ほかの先輩が顔をちらりと覗かせ、

「うんうん、かわいいわっ!」

 親指を立てて「ぐっ!」と言いながら出ていく。

「これ、肩から羽織ってごらん」

 手渡されたそれは、柔らかい毛糸で編まれたケープだった。

 胸元をリボンで結ぶタイプで、肩から腕や背中をふわりと包んでくれる。

 全体的にはとてもシンプルに見えるけれど、裾にはとてもクラシカルな模様が編みこまれていた。

「茜先輩は姫のステージとコーラスのステージとあっちこっちで歌いまくるから、あのまま肩出しでいいみたいなんだけど、翠葉は身体冷やしたらダメでしょ?」

「はい……」

「ほーら、そんな顔しないっ! 次はこれっ」

 差し出されたのは五センチほどの高さがあるミュールだった。

 華奢でかわいらしいミュールを前に固まる。

「どうした?」

 アーモンド形のきれいな目が、「ん?」とこっちを見る。

「あの、これ……履くんですか?」

「そうだよ?」

「これを履いて……歌うんですよね?」

「そうだねぇ……。お誕生会のときとヒールの高さは同じなんだけど」

 お誕生会のときにどんな靴を履いたという記憶はないけれど、今回これを履くのはちょっと自信がない。 ううん、ちょっとどころか全然自信がない。

 雲行きが怪しくなってきた私と嵐子先輩の空気に気づいてくれたのは茜先輩。

 すでに制服に着替えたあとだった。

「あぁ、確かにちょっとつらいかな?」

 小首を傾げた茜先輩に嵐子先輩が不思議そうに尋ねる。

「何がですか?」

「翠葉ちゃん、歌は慣れてないから重心が変わる履物はつらいかも。基本的には座って歌うんだけど、いくつかは立って歌うものもあるし……」

「そうなのっ!?」

 嵐子先輩にぎょっとした顔をされ、

「すみません……」

「いや、そこまで考慮してなかったこっちもあれだからね」

 言いながら困った顔になる。

 ローヒールのもでこの華奢そうなミュールに変わるものはないと思う。あるとしたら――。

「あのっ、裸足じゃだめですかっ!?」

 訊くと、嵐子先輩は「え?」という顔をし、茜先輩はポン、と手を打った。

「そうね、それが一番確実だと思う」

「えええええっ!? 寒くないっ!?」

「あぁ……それは寒い気がするわ」

「……でも、確実なのがいいです。先日ステージに立ったとき、上履きですら、地に足がついていない気がして不安だったし……。素足なら大丈夫な気が……」

 それはただ単にステージに立つということに慣れていないからで、ヒールの靴以前の問題なのだけど、上履きですら足が震える人間に、ヒールの靴なんて到底無理な話で……。

「んーんーんー……じゃ、裸足に決定っ!」

 目を瞑って腕を組み、唸ったあとにはそう言ってくれた。

「まっちゃーん!」

 嵐子先輩がカーテンの外に向かって声を発すると、

「ほい、呼ばれた!」

 メガネをかけた女の子が首から先だけカーテンの中へ入ってきた。

「翠葉、靴なしになった。裸足だからアンクレットくらいは欲しい。あと、ブレスレットも追加オーダー。なるべくシンプルなやつ」

「あぁ、なるほど。アクセ部門に連絡っと……。その前に姫の手首と足首――うわ、ほっそ……。うん、了解した」

 手芸部にアクセ部門なんてあったかな、と考えていると、

「確かに細いわ……」

 嵐子先輩が足首にメジャーを巻きつけていた。

 衣装合わせが済んで制服に着替えた桃華さんが、

「手首なんて私の親指と人差し指で余裕で掴めますからね」

 言いながら軽く手首を掴まれる。

「でも、退院してから一キロ増えたのっ」

 まだ一キロ……でも、徐々に徐々に増やすから、だから――。

「うん、がんばれっ!」

 嵐子先輩に頭を撫でられた。

 そして、さっきつけたばかりのマチ針を外される。

「翠葉、がんばってもとの体重に戻す努力してるんだもんね」

 嵐子先輩はにこりと笑い、

「この衣装、紅葉祭が終わったら翠葉にプレゼントする予定なんだよ。だから、詰めるのはやめよう? ケープを羽織れば脇が少し余ってても人の目にはつかないし、胸元がそこまでガバガバなわけじゃない。いつか、体重が戻ったときにぴったりになるようにこのままにしておこう」

 そう言って、「ね?」とまたにこりと笑ってくれた。

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