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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
本編
13/80

13話

 保健室ではなく秋斗さんの仕事部屋で休むのには理由があった。

 湊先生が放課後もずっと保健室にいるわけではないということと、時間と距離の問題。

 図書室と保健室が輪をかけて離れているか、というならそんなことはない。ただ、その距離を移動する途中、私が人に話しかけられてしまうから。

 話しかけられること自体が悪いわけではないけれど、すんなりと保健室にたどり着くのは困難だ。逆も然りで、保健室から図書棟に戻ってくるのにも時間がかかってしまう。

 どうやっても目的地にたどりつくまでにロスタイムが生じるのだ。

 その対策として、誰かが送り迎えにつく、という案もあったけれど、そもそも一時間の休憩をもらうことすら申し訳ないと思っているのに、人の手を煩わせるなんて私が納得できるわけがなかった。

 そんな話をしているとき、外から帰ってきた秋斗さんにみんなの視線が集り、

「秋兄っ! 翠葉の休憩時間に隣使わせてよっ」

 海斗くんの提案でとんとん拍子に決まってしまったのだ。


 一時間休むように、と半強制的にこの部屋へ押し込まれるけれど、私はいつも四十五分で起きる。

 この休憩時間に毎回熟睡できるわけではない。けれども、稀に深い眠りに落ちることがある。

 そんなとき、起きてすぐに会計の仕事には戻れないから、十五分前には起きるようにしていた。

 その十五分を利用して秋斗さんにお茶を淹れるのは、場所を提供してくれる秋斗さんへのお礼。

 ダイニングテーブルにカップを置くと、

「ありがとう。ここに仕事場を作って良かった」

 にこりと笑って秋斗さんはカップに口をつける。

 初めてこの部屋で休んだとき、起き抜けにお茶を淹れてくれたのは秋斗さんだった。

 仕事場で休ませてもらったうえにお茶まで淹れていただいて、私が居たたまれない状況に縮こまってお茶を飲んでいたら、

「じゃ、次からは翠葉ちゃんが淹れてくれる?」

 と、提案してくれたのだ。

 それがきっかけで、私がお茶を淹れるようになった。

 時間を気にする私に秋斗さんが声をかけてくれるのもいつものこと。

「あと十分。まだ大丈夫だよ。……ここに居づらい?」

「いえ、そういうことではなくて……」

「自分だけ休憩時間が長くて気が引ける?」

 秋斗さんに促されてスツールに腰掛けると、真正面に座る秋斗さんに覗き込まれるように尋ねられた。

「……はい。もし、自分ではない人が生徒会に入っていれば、こんな対応をする必要はなかったんじゃないかな、と思うから……」

「じゃぁさ、休んだ分がんばればいいんだよ」

 そう思うしがんばっているつもりだけれど、それらがこの待遇に足るものなのかは不明だ。

「司が校内の見回りに出てるって聞いた」

「あ、はい」

 中間考査が終わってから、図書室からはめったに出ないツカサが校内を見回ることも増えた。

 その際には、「戻ってくるまでにこれを済ませておいて」とツカサがやっていた仕事を任されることが多い。

「今までならそんなことはしなかったはずだよ」

 え……?

「つまり、背中を預けられる人間がここにいるってことじゃないかな?」

「背中、ですか……?」

「そう、自分が全部やらなくても任せられる人間がいるからほかのことができる。……きっと、そういうことだよ。だから、翠葉ちゃんはそんなに不安がらなくて大丈夫」

 大きな手が伸びてきて、カップを持つ私の手が包まれた。

「翠葉ちゃんはちゃんと必要とされてるんだよ」

 その言葉に顔を上げると、優しく笑う秋斗さんがいた。

 自然とカップを掴む手に力が入る。

「あ、時間だね。行っておいで」

 秋斗さんの手が離れたとき、手の甲に触れた空気が少し冷たく感じた。

「カップはそのままでいいよ」

 これも毎回言われる言葉。

「……はい。お邪魔しました。あと、ご馳走様でした。……それから、ありがとうございます」

 秋斗さんはクスクスと笑い、

「そんな恐縮しないで?」

 私は浅く腰を折り、秋斗さんの仕事部屋を出るとすぐツカサに声をかけられた。

「この金額の充当だけど――」

「ツカサ、ごめん。すぐに戻るから――お水だけ買ってきてもいい?」

「いいけど……」

「ごめんね、すぐに戻るから」

 かばんからコインケースだけ取り出し図書室を出た。


 六時を回れば外は薄暗い。それでも、テラスには明かりが灯り作業している人もいて、普段ならホームルームのあと三十分後には閉められてしまう教室のほとんどに電気がついている。

 私は自分の手を見ながら、図書棟の一番近くにある自販機に向かって歩いていた。

「どうしてだろう……」

 手をつないだりするの、ツカサだと安心できるのに、秋斗さんだとドキドキしてどうしたらいいのかわからなくなる。

 どうしてなんだろう……。

 秋斗さんは「もっとドキドキしてほしい。男として意識してほしいから」なんて言っていたけれど、そんなこと言われなくても、私は毎回ドキドキしている。

 男として意識してほしいとはどういうことだろう。

 秋斗さんもツカサも異性だけど、どうしてツカサは大丈夫で秋斗さんは違うのかな。

 何が違うのかな……。

「翠葉ー?」

「わっ――」

 後ろから声をかけられて驚く。

 振り返ると海斗くんが立っていた。

「その自販機にミネラルウォーターって一種類しかないと思うんだけど、何そんなに悩んでんだか」

「あ、ごめんっ」

 慌ててボタンを押したら苦手なスポーツ飲料を押してしまった。

「私、何やってるんだろう……」

 受け取り口からスポーツ飲料を取り出し、お釣を取ってはまた投入する。そして、今度こそミネラルウォーターを押した。

「海斗くん、これ……もらってもらえる?」

「悪い、俺、そんなに焦らせた?」

「ううん、違うの。ただの押し間違い」

 海斗くんはテラスの手すりに背を預け、

「少し、話聞こうか?」

「ううん……その代わり、手――貸してもらえる?」

「手……?」

「うん」

 海斗くんは不思議そうな顔をしつつも、「これ?」と右手を差し出してくれた。

「手、つないでもいい?」

「……翠葉、本当にどうした?」

 私がつなぐ前に海斗くんに手を取られる。

「これが何?」

 目の高さまで持ち上げられて考える。

 海斗くんは秋斗さんに似ていて、至近距離で顔を覗き込まれるとドキリとする。でも……今、こうやって手をつないでいても何も感じない。安心とかドキドキとか、そういうのはない。

 ただ大きな手だな、と……節くれだった男子の手だな、と思う。

 ツカサとも秋斗さんとも違う。

 ……あのふたりは何が違うのかな。

「翠葉?」

「秋斗さんが目の前にいるとドキドキする。どうしたらいいのかわからなくなる」

「うん」

「ツカサと手をつなぐとすごく安心するのに、秋斗さんだとドキドキして思考停止しそうになる」

「うん」

「海斗くんはそのどちらでもなくて――男子だなって思ったの」

「うん」

「何が違うのかな……」

 海斗くんを見上げると、つないでいた手を離して頭に手を置かれた。

「急がなくてもいいんでない? 何が違うのか、自然と――いつか気づくよ」

「本当?」

「たぶん」

 海斗くんはにっ、と笑ってもう一度手をつなぎ、「戻ろう!」と手を引いてくれた。

「うん。話、聞いてくれてありがとう」

「いいえ、そんな相談なら二十四時間承ります!」

「……ありがとう」

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