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光のもとでⅠ 第十二章 自分のモノサシ  作者: 葉野りるは
本編
12/80

12話

 紅葉祭一日目の午後にあるライブの演目リストは、三つの空欄を残してすべてが埋まっていた。

 ひとつは第二部のトップバッター。

 誰が何を歌うのかまで伏せてあるのはびっくりしてほしいから。

 テスト期間中に考えていた。

 自分がみんなにできること。何を返せるだろうか、と。

 たどり着いた答えはひとつ――「気持ち」を伝えることしかできない。

 その方法を考えたとき、海斗くんの提案を思い出した。

 奥華子さんの「Birthday」。これを歌ったらみんなに伝わるだろうか。

 みんなに出逢えたことがこれ以上にないくらいの幸せだと……。

 誰に感謝したらいいのかわからない。もし、時間を操る神様がいるのだとしたら、その神様にお礼を言いたい。

 私の時間をずらしてくれてありがとうございます、と伝えたい。

 身体も気持ちもつらかった。でも、長い時間を病院で過ごしただけの対価をいただけたと思う。

「一年」という時間を不意にして、「一生もの」を得た気がする。

「一生もの」にできるかは私しだい。この宝物はこれからも成長していくものだから。

 ずっとずっと、大切に私が育て続けるもの。「友情」とは、きっとそういうもの。

 人前で何かをするのは苦手。それでも伝えたい思いがあるからがんばろうと思える。

 海斗くんに相談したら、段取りから何から何まで超特急で手配してくれた。

 私が歌うことは一部の人しか知らない。もちろん、ツカサも知らない。

「当日の流れを把握していないのは気持ちが悪い」と言うツカサを、

「流れっていってもたかだか一曲分だよ」

 笑って諭してくれたのは朝陽先輩だった。

 進行をすべて把握していないと気持ち悪い、というツカサの言い分は、ツカサの性格を知っている人ならわかると思う。

 でもね、びっくりしてほしいから、驚いてもらいたいから秘密がいい。

 ほかふたつの空欄は、第一部の生徒会女子メンバーが歌う曲名。あとは第三部の茜先輩が歌う曲名。

 そのふたつにはどんな意味があるのかは教えてもらえなかったけれど、茜先輩の「ひ、み、つ!」は絶対で絶大――。


 歌合せは演奏をする人たちが異なるたびに場所を移動する。

 吹奏楽部との合わせならば音楽室へ行くし、軽音部やフォークソング部との合わせなら三文棟。

 いずれの場合も、その場に行けば茜先輩かツカサがいた。

 ツカサがいるのは一緒に歌う曲と私がピアノ伴奏に入るもののふたつ。

 茜先輩は、私が歌うほとんどの曲にピアノ伴奏として入っていてくれたので、いつでも一緒だった。

 人前で声を発するというのはなんとも勇気のいることで、それが「歌」というだけで、予算案の読み上げよりもっともっとハードルの高いものに思えた。

 マイクを通した自分の声や音量そのものにも驚く。

 ピアノ演奏と同じだなんてとんでもない……。

 それが正直な感想。

 それでも、伝えたい思いがある。

 それを念頭に置くと、声がす、と出る気がした。


 初めての合わせはツカサの歌でスピッツの「優しくなりたいな」だった。

 私はピアノ伴奏での参加。ほかの楽器も少なく少人数編成だったことから、あまり緊張することはなかった。

 茜先輩と歌うRYTHEMの「ツナイデテ」は、最初は茜先輩がピアノでふたりピアノの前で歌うはずだったのに、いつの間にか茜先輩が考えた簡単な振り付けつきになっていた。

 振り付けの手と手を合わせる部分に差し掛かると、茜先輩に「大丈夫だよ」と言われている気がした。

 始終つながれたままのその手は体温を分けてくれ、さらにはエネルギーも補充してくれる。

 私は茜先輩に引っ張っぱられて歌っているようなものだった。

 茜先輩は不思議……。

 いつどこにいてもかわいくて目を引く存在ではあるのだけれど、歌を歌うと拍車がかかる。

 そこがステージでもステージじゃなくても、茜先輩が歌を歌うだけで、そこがステージになる。

「歌を歌うために生まれてきた人」――そう思わずにはいられないほどの存在感。

 この小さな身体のどこからこんな声が出てくるのだろう。

 私は何度もこの声量に息を呑み、何度でも魅了されるだろう。

 対して、肺活量も何もかもが足りていない私は、ミキシングルームでマイクの音量調節をしてもらわないことには人と歌を歌うことも、伴奏と合わせることも困難だった。


 私が歌うものはすべて桜林館中央部分にある円形ステージと決まっている。

 そこには、移動を少なくし、体力を温存させる、という配慮が隠れている。

 ほかには北側の備え付け半月型ステージと円形ステージの中間にスクエアステージが設営される。

 それら三つのステージをつなぐ花道は言葉どおり、園芸部の育てた花に彩られた高さ幅ともに二メートルの道となる。そして、花道の中は人が移動するための通路となる。

 北側の半月型ステージには菊の懸崖作りが飾られると聞き、今からそれを見るのがとても楽しみ。


 ステージの設営作業は紅葉祭の二日前から始まるため、机上の数字では具体的にどのくらいの大きさになるものなのか、私には想像もつかない。

 生徒だけでは危険だから、と外部業者が入って骨組みをするというのだから、本格的なステージになることは間違いないだろう。

 スクエアステージの周りには、華道部が総出でいける作品が並ぶ予定。

 私が頭で思い浮かべる「いけ花」は、床の間や玄関に飾る大きさのもの。もう少しがんばって想像を膨らませたところで、懐石料理屋さんの入り口に飾られるような人の大きさ程度のものが限界。

 けれども、桃華さんの話だと、もっと大掛かりな作品になるらしい。

 花器には花壷というものを用い、花以外にも紅葉こうようが始まっている紅葉もみじの木をメインにいけるのだとか……。

 紅葉祭が終わったあと、それらの作品はどうなるのか訊いてみると、

「作品の一部は職員棟の表玄関と食堂に展示されるわ。残りは華道部で再利用」

 紅葉祭が終われば桜林館に飾られたすべてのものが撤去される。

 そうなったとき、いけられた花や木がどうなるのかが心配だっただけにほっとした。

 いけ花が嫌いなわけじゃない。でも、やっぱり土に根を張っている植物を見るほうが安心する。

 花瓶にいけたお花がどんどん力をなくしこうべをたれる姿は痛ましい。

 飾っていることすら痛々しくて見ていられなくなったとき、お花の部分だけを切り水に浮かべる。

 その様はとてもかわいらしいけれど、それとて長くはもたない。それらを捨てるとき、いつも心がぐしゃりと音を立てる。

 だから、切花はあまり好きじゃなかった。

 見ているのは好きなのに、それが側にあると、「あとどのくらい?」と花の命を気にせずにはいられないから。

 今ならわかる――お姉さんがハーブを好きだと言った理由が。

 ミントたちは手折っても水に挿していると発根する。

 手折られたことで命が縮まるのではなく、そこから延命するための術を知っている。

 お姉さんはそんな強さに惹かれたのだろう。

 手折られた花は、まるで私たちみたいだから。

 どこまで体力がもつのか、どこまで命がもつのか――。

 知らず知らず、心の中ですり替えていたのだろう。

 今ならわかる――。

 熱は相変わらず下がらない。

 それでも私は学校を休まない。

 休めないわけではなく、ただ、休みたくないだけ……。


「翠葉、そろそろ隣に行く時間」

 海斗くんに言われて時計を見ると五時を指していた。

 今、図書室には生徒会メンバーのほかに放送委員の人たちがいる。そして、実行委員の人たちも頻繁に出入りしていた。そんな中でこの言葉には慣れた人間とそうでない人がいる。

 私は当事者だけれど、慣れない人のひとり。

 どうしても、「特別扱い」に慣れられない。

「一時間したら起こすから」

 海斗くんにカウンター奥のドアの方へと追いやられ、後ろ髪引かれていると、

「ひーめ! 姫が倒れたら誰が姫の代わりに歌うの?」

 声をかけてくれたのは放送委員の神谷かみや先輩。

「ただでさえ姫は会計部隊で頭使ってるんだから、少し休むくらいどうってことないよ」

 すかさずドア脇にあるインターホンを押される。

『はい』

「姫の休憩時間です」

 その言葉に中からロックが解除され、秋斗さんに迎え入れられる。

「じゃ、こちらでお預かりします」

 にこりと笑う秋斗さんに部屋へ引き入れられた。

 この部屋に入ってびっくりしたのは数日前。

 実家の自室と酷似する雰囲気に驚いた。

「あまり珍しい部屋ではないけど、翠葉ちゃんにとってはびっくりする部屋だよね?」

 クスリと笑う秋斗さんを見て、以前の私も驚いたんだな、と察する。

 きっとこの部屋は蒼兄のデザインだ。

 そんなことを思いながら部屋を見回した。

 最初こそ仮眠室で休む予定だったけれど、空調がガンガンにきいている仮眠室では乾燥で喉を痛めるから、と私は秋斗さんの仕事部屋にあるソファで横にならせてもらっていた。

 今日もソファにはすでに羽根布団がスタンバイしている。

「いつもすみません……」

「なかなか会えないからね。俺はこんな時間でもすごく嬉しいよ」

「お仕事の邪魔になりませんか?」

「邪魔というなら俺のほうじゃないかな。タイピングの音、結構うるさいでしょう?」

「いえ……どちらかというと、蒼兄も唯兄も同じキーボードを使うから、自宅と錯覚して安心してしまうみたいです」

「なら良かった。今日も四十五分でいいのかな?」

「はい。あっ、でも、携帯でアラーム鳴らすので大丈夫です」

「起こす手伝いくらいさせて?」

 甘く笑われ、私が困るのも日常と化していた――。

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