青い鳥
青い鳥。
あの子、葵は私に向かってそう言った。
少し前に短い間だったがテレビで名前が流れていた気がした。
確か数年もの間逃亡を重ねていた殺人犯を
青い鳥という名前も顔も公表されていない数人が捕まえたと。
「青い鳥?」
「そう。あたし、悠真、結奈、陽翔。
今はこの4人で活動してる簡単に言う部活みたいなもの。
でも学校側にも世間的にもこれは秘密なの。
顔も名前も絶対に秘密でやってる。
周りの子も先生も警察も政府関係者も誰も知らない」
あの青い鳥が私の目の前にいる4人だと葵は言う。
「なんでその青い鳥?が、私に?」
「結奈がそういったのよ、あの子ならわたし達の手助けになりそうって」
「よ、余計な事言わないでよ!」
結奈、と呼ばれた子の高い位置で結ばれた髪の毛が揺れる。
短いスカートにほんのり青色がかかったカラーコンタクトをしている。
「あ、瀬崎結奈です。よろしく。絶対に結奈って呼んでね」
思いだしたように結奈はそう言った。
「祝部陽翔です。気軽に陽翔とでも呼んでね、琉子ちゃん」
まだ名前も言ってないのに気軽に呼んでくる陽翔。
一瞬、苦手だ、と思った。
「結奈に陽翔に…まだ自己紹介タイムじゃないのにさ」
ふてくされたかのように葵は頬を膨らましている。
「そんなコトしてもかわいくない」
結奈は睨みつけるかのように葵を見ている。
きっと結奈は女の子ぶってる?のか分からないが、
葵のした行動にどうしても気に入らないんだろう。
「まあまあ、そんなに2人して怒りあわないで」
宥めるように今まで黙っていた広田くんが葵と結奈の2人に向かって言う。
「そうだよ結奈。ここで喧嘩しちゃったら琉子ちゃんに迷惑でしょ?」
まるで小さい子を宥めるかのような口調で結奈に言葉をかける陽翔。
「…っ」
陽翔に言われたのが効いたのか結奈は口を堅く結んでいた。
一方葵の方は何も無かったかのように、
カバンと同じアーテイストのグッズであるリュックの中から
分厚い紙の束を取り出し1部ずつまわし始めた。
「全員に渡ったね。琉子の歓迎会でもしたいところだけど、
早速明日、N町にある高校の2年生の境飛海が
自殺希望と言う事でこれを止めようと思います」
「自殺、希望?」
私は思わず葵の方を向いてしまった。
「そう。自殺希望。このまま自殺してもらっては境飛海の世界を
境飛海自身の手で壊そうとしている。それを止めに行く」
葵は手を固く握った。
何かを秘めているかのようにも見えた。
「頭が良い子であろうと悪かろうと同じ人間なの。
頭いい子が全員良い子だとは限らない。
誰しもいじめいじめられる可能性は無いとは限らないのよ。
見た目だけで判断される前に知識等が多いだけで良い人なんて
決めつけるのはおかしいと思うわ」
結奈は資料を見ながら呟いていた。
ただただ資料を見て。
「外見、偏差値、能力だけで決めつける事は俺も良くないと思う。
それにこの境飛海って子は見た目だけではなく
生まれつき聞こえなかったとなると結構深刻な状態だったと思うぞ。
たぶんここまで生きて来れた事さえ奇跡な程に」
確かに陽翔の言う通り資料の中には
今まで外見と聞こえ無い事により様々な差別とイジメを受けていたと。
家の中では特に父親が1人娘を娘だと思っていなく
不良品扱いで、まるでゴミのように扱われていたとも書かれている。
「それで、葵はどうするつもりなの?」
「そりゃあ明日学校に乗り込んで境飛海さんを助けるわ」
「学校に乗り込む?」
「そう。何の為の青い鳥よ。幸せを運ぶとされている青い鳥よ。
ここまで詳細的に語ってくれてる子を野放しにしとくわけにはいかない」
「明日行こうと思ってたスクーリングあるのに…」
結奈は椅子の背もたれにかかりそう呟いた。
「スクーリングなんか明後日行けば?」
「そういう問題じゃないんだってば。明日は麻那ちゃん来るのに」
倉本麻那。英語教師。
確か歳は23歳だったはず。数か月前の入学式で言っていた気がする。
ここは全日制の高校ではなく通信制の高校。
特に倉本先生の担当する英語は週に2日かしか開講していない。
ちなみに今日は木曜日。
英語は金曜日と火曜日にやっているので
次に英語があるのは確か火曜日だった気がする。
「あとちょっとじゃん、英語の授業があるのは。
4時間連続で倉本先生の授業受ければ?」
「麻那ちゃんは好きだけど英語は嫌いだから無理なの」
資料を見つめながら結奈は不満を呟く。
急に結奈は「この子は好きだと思える人の声も聞こえないまま
自分につけられる痣や痛みだけしかないのか…」と呟いた。
「好きな言葉だけ聞こえるなんて程良い性能はしてないからね耳は」
5人それぞれ捉え方はきっと違うだろうけど、
私は思わず耳を頭を塞ぎたい程の嫌悪感を抱いた。
過去。
それはきっと資料にうつる境飛海が背負うものと似ている気がした。