ジャッカルと空の向こう
超短編。ほんのちっぽけでささやかな話。
そのジャッカルの子はいつも縞模様のシャツをきていました。
晴れの日も雨の日も。
お父さんやお母さんになにを言われても決して脱ごうとしません。
立派なジャッカルは服なんか着ない、だから脱ぎなさい。いつもそう言われていました。
そのことをとってもうっとおしく思っていました。
その朝もお母さんに怒られました。
ジャッカルの子はお母さん言葉を無視しておうちの穴の中から外を覗くと、ぴゅっと飛び出しました。
そして、駆ける駆ける。
お外をどこまでもどこまでも。
遠く遠くまで走って行くと、夕焼け雲の中に着きました。
そこは空と虹の王国でした。
ジャッカルの子はクーンと遠吠えしました。
まだ見たことのない国。
ずいぶん遠くまできてしまったなぁ。
ジャッカルの子は疲れてお腹も空いてヘトヘトです。辺りを見回すと、1人の人間の女の子か倒れていました。
ジャッカルの子は鼻でツンツンと女の子をつつきました。
女の子は死んだように眠っています。
「お母さん、この子どうしよう!」
そう言って振り返ってお家が遠いことを思い出してしゅん、としました。
ちょうど、空の国は夜になろうとしていました。
まんまるいお月様が登ってきて、あたりを柔らかく透明に照らし出します。
お月様はジャッカルの子を見つけました。
「どうしたんだい」
お月様はやさしい声で言いました。
はっとしてジャッカルの子は空をあおぎます。
「お月様…どうしよう、女の子が倒れてるんだ…」
「そうかい。ではこの中で眠らせてあげなさい。」
お月様はジャッカルのよこにくっきりとした光のカーテンを注ぎだしました。
やがてそれはガラスのように透き通った棺になりました。
「この女の子はね、元いた場所に帰るための眠りについたんだ」
お月さまの声は涼やかに響きます。
「ぼくも眠ったら元の場所に帰れる?」
「ああ、帰れるよ」
それっきり、お月様はなにも言いませんでした。
ジャッカルの子は女の子をそっと棺の中に寝かせて静かに蓋をしました。
あたりはあまりにも寒く、静かすぎて耳鳴りがしそうでした。
ジャッカルは横になって目を閉じてみましたがなぜだか眠れません。
薄目を開けて棺の中の女の子をみつめていました。
真夜中になって月の光もなくなりました。
すると、女の子のからだが光りだしました。細かい星のようなものがいくつもいくつも飛び出してきてそれがいっぱいになると棺のふたがあいて、女の子は起き上がりました。
そしてジャッカルの子をみてにっこり微笑みました。
「さあ、行きましょう」
女の子はそう言って、手をさしのべました。
ジャッカルの子は不思議とぼうっとした気持ちになりながらうなずきます。
「ああ、でもちょっと寒いわ。あなたのそのシャツ私にくれる?」
女の子は袖なしの白いワンピースしか着ていませんでした。
ジャッカルの子はすこし考えて
「いいよ」
と言いました。
シャツを脱ぐと女の子に渡しました。
女の子はシャツを羽織って言いました。
「あなたは帰る場所を選べるわ。どこに行くの?」
「おうちに」
ジャッカルの子は迷わずに言いました。
女の子はすこしさみしそうにうつむいて、でもすぐに顔を上げました。
「わかった。こっちよ」
ジャッカルの子をひょいと抱きかかえると、流れ星のように飛んで行きました。
景色がぐるりと回って、それから線のように流れて、身体にものすごい力が押し付けられました。
ジャッカルの子はいつの間にか気を失っていました。
ふと気がついて目を覚ますと、ジャッカルの子は家の前に倒れていました。
お父さんとお母さんが覗き込んで泣いています。
女の子はどこにもいませんでした。
夕焼け空がやけに眩しくジャッカルのおうちの入り口は長い影をつくっています。
「どこに行っていたんだい」
とお母さん。
「空の国だよ。」
ジャッカルの子はふと自分が手を握りしめていることに気づきました。
そっと開くと、そこにはひとつぶのヒマワリの種がありました。
ジャッカルの子は縞模様のシャツを無くしてしまったのでもう着ることはありませんでした。
でも、大人になったら洋服屋さんを開こうと思っています。ジャッカル専門の。縞模様だけでなく、チェックや水玉、いろんな模様のシャツをつくっていつかお父さんとお母さんにも着せてあげよう。
庭にはヒマワリの花が大きく咲いています。
明るく揺れる花を眺めながらジャッカルの子はニコニコしました。
ひまわりの花が咲き終えたら種をとって他のところにも蒔こう。
そう考えてうれしくなって台所のお母さんに報告しに行きました。