表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

第5話

1人目。

イスに座ったまま手招きし、腰を前後に揺するネコミミおっさんのカッツェ。


……これはない。


2人目。

類を見ない豊満な胸をもつ女性。


光沢を放つなめし皮を着ており、肩や太ももの付け根までを剥きだしにしている。

ハイレグの水着に近く、きわどい恰好だ。

頭にはヤギのような角が生え、尻尾は細長く伸びており、その先端はハートマークとなっている。


地球では淫魔……サキュバスと呼ばれる種族の『老婆』だった。


垂れているせいで二メートルを超えるバストと、シワだらけの体を扇情的な衣装でこれでもかと見せつける様は、カッツェとは別の意味で怖気が走る。


ちなみにこの老婆は物を食べている様子がないのに、口の中をもごもごと動かしていた。

体からフェロモンではなく、線香のような匂いが漂っているのも気になる。


昨日カッツェを見てイロモノに耐性ができていなければ……あるいはローシャに釘をさされていなければ、全力でツッコミを入れただろう。


……これもない。


このサキュバス老婆の膝に座ったら、精気じゃなく生気を吸われそうだし、ヘタすれば正気も吸われるかもしれない。


という消去法で、栗栖は三人目に近づいて挨拶をした。


「すみません、膝を借りてもよろしいですか?」


自身の四倍ほど背が高い、巨大なドラゴンに向けて一礼する。

ちなみにドラゴンが座っているイスも特大サイズだ。


「なんだ、オレの膝上がいいのか?」


声帯が特殊なのか、男か女か判別のつかない声だった。


「ご迷惑でしたか?」

「そうじゃねえ。人間ってのは、ほとんどがオレの姿を見ただけで怖がっちまうからさ」


ドラゴンは暗緑色の鱗に覆われた体をすくめる。

その姿は心なしか寂しそうに、そして悲しそうに見えた。


丸太よりも太い尾や無数の細かいトゲに覆われた牙。

そして冷たく無機質な瞳。


なるほど、目にしただけで本能的な恐怖が湧き上がる。

田舎の山で熊に遭遇したときのような感情。


だが、ネコミミおっさんやサキュバス老婆に比べれば可愛いものだ。

さすがにそう返答するのは気が引けるが。


「怖いというより、カッコイイですね」


栗栖はできるだけ相手の機嫌を損なわないように答えた。


「怖いじゃなくカッコイイ? オレが? ははっ、気に入ったぜオマエ。なかなか根性あるじゃねーか」


ドラゴンは上機嫌となり、栗栖の首根っこをひょいとつまむと、自らの膝上に乗せた。

その様子を見ていたカルナックが目を丸くする。


「カッツェのみならず龍族の皇女にも気に入られるとは、さすが余が見込んだだけのことはあるな」


人違いで異世界へ呼び出した張本人がなにを言っている。

そして皇女ということは、このドラゴンはメスらしい。


だからと言ってどうしたわけでもないが。


「まずは自己紹介とするか。余の名は《黒曜姫》こと魔王カルナックだ」

「四天王の一人、《牙狼がろう》カッツェ・カルスベインニャ」

「同じく四天王の一人、《龍皇りゅうおう》ミルだ、よろしくな」


黒髪の美女、銀髪ネコミミのおっさんに続いて、暗緑色のドラゴンが名乗る。

危うくカッツェに対し、『何でネコミミが狼なんだよ!』とツッコミを入れそうになったが、栗栖は空気を読んで堪えた。


「…………」


残る一人、サキュバスの老婆は口を閉ざしたままだ。


「む、ババ様、どうしたのだ? ババ様? ババ様!」


カルナックが2回、3回と呼びかけ、ようやく老婆が反応した。


「ん? おお、孫のソルシエールではないか? 1年ぶりじゃな。しばらく見ないうちにすっかり大きくなったのう」


老婆はブルブルと震える手を栗栖の方向に伸ばしてくる。


「……あの、すいません、人違いです」

「なに? 『事故を起こしてお金が必要だから大至急用意してくれ』じゃと? 待っておるのじゃ。今すぐ婆ちゃんが何とかしてやるでの」


老婆はそう言い残して去っていった。


「「「「「……………」」」」」


言葉を失う一同。どのくらい沈黙が続いたろうか。


「……四天王の1人、スクブス様は体調がすぐれず欠席とのことです」


カルナックの膝上に座ったまま、微動だにしないローシャが口だけを動かした。


「あのバアさんの悪いところは、体の調子じゃなく頭の中身だろうが! まさか異世界でオレオレ詐欺の加害者になると思わなかったぞ!」

「まあ落ち着くがよい、クリスよ。次はそなたの番じゃぞ」

「……栗栖黒須です」


水を向けられた栗栖はいろいろと釈然としないものの、不承不承口を開いた。


「皆聞いておるだろうが、クリスは余が自ら選んだ少年だ。行方不明となった《魔女まじょ》の代わりに四天王の一員として、存分に手腕を発揮してくれるであろう」


カルナックは大仰に両手を広げ、カッツェとミルは喝采をあげる。

ローシャは無表情のままぱちぱちと手を叩いた。


一方、魔族たちの様子とは対照的なのが栗栖だ。


「ちょっとまった。状況を整理させてくれ」


もはや敬語など使っている精神的余裕はない。

栗栖はタメ口のまま挙手をして発言権をもらう。


「魔族の幹部である四天王に欠員ができた。穴埋めをするために、異世界からそれに見合った人材を強制的に呼び出した……ここまでは合ってるよな?」

「その通りだ」


カルナックが肯定する。


「だが、あんたは人違いで俺を呼び出したって言ったよな?」


栗栖はズビシッとカルナックを指さす。


「俺は普通の高校生だ。特技がなければ才能もない。隠された力がなければ、ドラマチックな過去も……ええと……まあ……ないんだよ! 四天王とやらがどれだけ凄いか知らないけど、俺に務まるわけねえだろうが!」

「何を言う。魔王である余が召喚を失敗したなどありえぬ。そなたが優れた人材であるから、呼び出されたに決まってるであろう」


コイツ、自分の間違いを認めない気か?


「オレたち魔族のなかで、全てにおいてもっとも優れているのが魔王様なんだ。召喚は触媒が揃いづらいから誰も使わないだけで、理屈自体は子供でも分かるような初歩のアーツだぜ。失敗するなんてありえねえよ」

「ミルにゃんの言う通りニャ。もし魔王様が召喚程度に失敗するような能無しなら、すぐにでも魔王をクビになって、魔族領から永久追放されるニャ」


ドラゴンとネコミミの言葉を受け、ダラダラと脂汗をかくカルナック。

その汗は彼女の上に座るローシャの背中へと滴り落ちる。


馬少女の発するうんざりとした空気を肌に浴びたカルナックは、栗栖に『話を合わせて』と目で訴えてきた。


「ハァ……百歩譲って、俺が四天王にふさわしい人間だとしよう。けど、俺の意思はどうなるんだ? こっちの都合を聞かずに一方的に呼び出して『キミ、今日から魔族の幹部ね』とか言われて、ハイそうですかと頷けると思うか?」

「そなた、元の世界に戻りたいのか?」


 カルナックが捨てられた仔犬のような目を栗栖に向けてくる。


「ああ、俺はずっとこっちにいる訳にはいかないんだ」


地球には心配する親もなく、仲のいい友達もいない。

生徒会副会長としての仕事は気になるものの、誰もやりたがらないからという理由で無理に押し付けられたものだ。


いっそのこと、ファンタジーの世界で新規一転、新しい人生を始めることにも魅力を覚える。


だけど、地球には両親や留美いもうとの墓がある。

家族との思い出と共に、それを守っていくのは遺された自分の努めだ。


「まあ、戻りたいと思っても戻れぬのだがな」


重要なことをさらりと言われた。


「おい待て。召喚つうのは一方通行なのかよ!?」


栗栖はミルというドラゴンの膝上に座っていることを忘れて、カルナックに問いただす。


「余としても無理強いは好かぬ。それ故、そなたが帰りたいと願いのなら召喚した非礼を詫びたうえで元の世界に戻したい。しかし、少しばかり事情が複雑なのだ」


言いづらそうに俯くカルナック。

その拍子に長い黒髪が揺れた。


「召喚のための魔法陣が触媒を誤認識して真龍ミルの鱗ではなく余の魔力を吸い上げはじめたのだが魔力の質が違うために魔法陣に完璧に流れ込まず中途半端な状態で魔法陣が起動し本来呼び出されないはずのそなたが召喚されたばかりか魔法陣に吸い込まれず場に残留した余の魔力がそなたの体内に入り込んだのだ。それは日常生活などにおいてはなんら支障がないが召喚系――まあ送還も含めてだが――のアーツに触れると暴発し内部からそなたの体を破壊するのだ」


カルナックは都合の悪い事実を分かり辛く、なおかつ早口でまくしたてた。


「簡単に言え」

「召喚に失敗したせいで、いますぐ地球に送り帰そうとすれば爆発して死ぬ」

「やっぱり失敗してたんじゃねえか……ムグッ」


ミルの太い指で口をふさがれた。カッツェはネコミミをぱたりと伏せ、ローシャは彫像のように微動だにしない。


彼女たちは、魔王が召喚に失敗したという事実をあえて聞き流すようだ。

自分が口をすべらせたことにも、最高幹部たちのさりげない優しさにも気付かずに魔王は続ける。


「おちつくがよい。『いますぐは無理』と言ったのだ。時がたてばそなたの体内に入り込んだ余の魔力が馴染み、送還のアーツを行っても問題なくなる」


「それにはどのくらいかかる?」


栗栖はミルの指から口を離して問いかける。

栗栖の目には、諦観というより『やれやれ』という色が浮かんでいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ