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第3話

         *


「お父さん! お母さん! 留美るみッ! ク……クソオオオオッ、テメェだけは許さねえ! 絶対に殺してやるッ!」


栗栖は自分の寝言で目を覚ました。

ベッドから上半身を起こし、寝汗にまみれたTシャツの胸元を握りしめて呟く。


「……また、あの夢か」


燃え盛る自宅のリビングで互いを庇い合って胸を貫かれた両親と、四肢を切断されながら泣き叫んで栗栖に助けを求める妹。


そして帰宅した中学生の栗栖は、この惨劇を引き起こしたと思わしき『影』に殴りかかるところで、決まって目が覚める。


「ったく、いつまでこんな夢に悩まされ続けるんだよ」


そう、これは夢でしかない。

両親と妹の死因は、他殺などではなく交通事故だ。


頭を強く打ったことが原因で、眠るように息を引き取った妹を看取ったのは病院内でだし、そもそも実家が燃やされたこともない。


にも関わらず、留美の悲鳴や助けを求める眼差しをしっかりと思い出せるし、血の色や臭いが脳裏にこびりついて離れてくれない。


「あれから3年近く経つのに、家族の死を受け入れられないからあんな夢を見るのかな……って、ここはどこだ?」


居候して毎日寝起きをしている叔父の家とは比べものにならない豪華な部屋。


床は白と黒のタイルが交互に敷きつめられ、壁にはアーチ状の窓がずらりと並び、遮光布は隙間から朝の光を室内へ届けている。


窓と窓の間には無数の彫刻が並んでいるが、そのすべてが少女を象ったものであるのは、間違いなく主の趣味だろう。


「あれ? でもなんで俺はベッドに寝てるんだ?」


途切れた記憶の糸をたぐりよせる。


「たしか魔王様にエロ本を見せていたら、誰かの声が聞こえてきて……」


栗栖の思考は、扉を叩く音で中断させられた。


「おはようございます、クリス様」


控え目なノックに続き、メイド服を着たショートカットの少女が部屋に入ってきた。


「おはようございます。えーと……」

「魔王城のメイド長兼、近衛隊長を務めているローシャと申します。クリス様が客人とは知らず、昨日は大変失礼をしました」


ローシャは無表情のまま、スカートの端を持って一礼する。


「よろしくお願いします。ローシャさん。それで……」

「私のことは呼び捨てで結構です。それと、敬語も必要ありません」


ローシャの発する声は抑揚がなく感情が読めない。

にも関わらず、お願いではなく強制をされているような錯覚を受けた。


「わかったよローシャ。それで昨日なにがあったんだ?」

「私の視点でお話します。まず昨日の昼前、調理係が私のところに報告に来たのが始まりでした。


『いつまで経っても魔王様が厨房に姿を見せない。なにか一大事にちがいない』


「魔王様は普段から、食事の支度に口出しをしているのか?」


それともつまみ食いをするため、厨房に顔を出していたのだろうか。

いずれにしろ、一回顔を出さなかっただけで一大事とはただごとではない。


「魔王様は毎回厨房に顔をだしては、

『今日こそ余の食事は女体盛りでたのむぞ。むろん食前酒はワカメ酒以外認めぬ』

などと調理係に要求して、ドン引きされるのが日課ですから」


カルナックの行動は、栗栖が想像した斜め上を爆走するものだった。


ふと見るとローシャのこめかみに青筋が一本浮かんでいる。

話をしているうちに、カルナックが行ってきた性的嫌がらせの数々を思い出したのだろう。

このショートカットのメイド少女は、無表情ではあるが無感情ではないらしい。


「話を戻しましょう。調理係の報告を受けた私は、近衛隊の折檻が原因で魔王様が亡くなったと思い込み、証拠を隠滅しようと殺害現場へと舞い戻りました」


魔王の身を守るべき近衛隊長の口から、有り得ない言葉が聞こえた気がする。

証拠というのは、カルナックの鼻から垂れ下がっていた下着のことだろう。


「その現場でアレを見ちゃった……んだよな?」

「壁にはりつけられ、意識を失っているカッツェ様。全裸で四つん這いになり、クリス様の差し伸べた手に口づけを交わす魔王様――ありえない光景に混乱した私は、あなたに向かって矢を放ちました」

「魔王城に侵入した俺が四天王のカッツェを倒し、魔王様をひんむいたあげく、無理やり忠誠を誓わせているように見えた、ってわけか?」


誤解もいいところだが、第三者の目にはそのように映ったらしい。


「ということは、ローシャの放った矢が刺さって俺は気絶したのか」


おかしい。矢が刺さったのなら気絶どころではないはずだ。


栗栖は改めて自分の体を確認するが、外傷は見当たらない。

強いて言うなら顎が少し痛むくらいだ。


「いえ。矢は魔王様に命中しました」


近衛隊長としてあるまじき失態を、眉ひとつ動かさずに暴露するローシャ。

話の流れから混乱して手元が狂ったのか、それともわざとなのか分からないのが怖い。


「……矢は魔王様のどこに刺さ……いや、言わなくていい」


位置関係から考えれば、カルナックは扉の方向にお尻を突き出していた。

栗栖はなぜかカッツェの顔を思い出してしまい、口をつぐむ。


「だいじなところに矢が刺さり、痛みのあまり『アッー!』と悲鳴を上げながら暴れた魔王様の頭が、クリス様の顎に直撃した次第です」

「…………」


それが意識を失った真相か。

自分好みの容姿をもった女性に巡り会ってから1日。

少年は、女は外見じゃなく中身が大事なんだな、と痛感し、大人への階段を一歩上った。


そんな感慨深い思いに浸る栗栖に対し、ローシャが静かに告げる。


「さて、お目覚めになられた直後で申し訳ありませんが、私についてきてもらえますか? 魔王様がお待ちです」


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