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第1話

         *


フリアードで勇者と魔王が邂逅を果たした数週間前。

私立東愛義塾高校の体育館では、入学式が行われていた。


新二年生でありながら生徒会副会長を務める栗栖は、後輩たちの記念すべき式典を滞りなく進めるためにせわしなく動いていた。


在校生による歓迎の言葉が終了後、調子の悪かった演台上のマイクを交換し、ステージの端にたたまれた緞帳の陰に控える。


「それでは新入生代表の挨拶。華凍美雪かとうみゆきさん、おねがいします」


司会に名前を呼ばれ、おろしたての制服に身を包んだ少女が登壇した。

彼女は教職員、来賓、生徒たちに一礼した後、ステージに上ると演台の前に立ち、新入生代表の挨拶文を読みはじめる。


「本日はわたしたち新入生のために、このように盛大な入学式を催していただき、まことにありがとうございます」


トラブルが起こったのはそのときだった。

体育館が縦に一度大きく揺れ、次いで立っていられない程の横揺れが襲ってきた。


「な、地震か!?」


嵐の海に放り出された小船のように揺れる体育館。

そのステージの端で、栗栖は四つん這いになったまま状況の把握に努める。


激しくぶれる視界に映ったのは、ステージ中央で頭を抱えてうずくまる少女と、倒れた演台、さらに周囲に散らばった二本の大型ボルトだった。


「スポットライトを支えるボルトが地震で緩んだのか?」


やっとの思いで首を天井へ向けると、ステージを照らす三機の特大スポットライトのうち、一機だけが他の物より激しく揺れている。

しかも運の悪いことに、それはステージ上で縮こまる少女の真上に位置していた。


「あの子の上に落ちてきたら、大ケガどころじゃすまないぞ」


振動は未だ収束する気配がなく、少女も頭上の異変に気づいていない。


「助けなきゃ……けど、巻き添えをくらったらどうする?」


栗栖は我が身の可愛さにためらいを見せたが、震える少女を救えるのは自分しかいないと、なけなしの勇気を振り絞り、緞帳の陰から飛び出した。


このとき、少女の足元に突如として赤黒い図形が出現していた。

注視すれば、図形は星形――五芒星と呼ばれる物だと気づいたかもしれない。

しかし、天井を注視していた栗栖は五芒星を視界に映したものの、すぐに意識の外へと追いやった。


犬のような四足歩行。

窮地を救いに登場したヒーローとしては無様な移動方法で少女にゆっくりと近づいてゆく。


激しい揺れによって、なかなか進めないもどかしさに歯噛みしながら、ようやく少女のもとへたどり着いたとき、栗栖の眼前にボルトが一本、落ちてきた。


スポットライトを支えるボルトは残り一本。


「くそ、間に合え!」


栗栖は全力で少女に体当たりする。


弾き飛ばされ、偶然栗栖の方を向いた少女の蒼い瞳には、昏く輝く五芒星と、その上でうつ伏せになった少年の笑みが映っていた。


「――――――」


少女が口を開きかけた途端、栗栖の頭上めがけてスポットライトが落下を始める。


直後。

黒い光が全身を包み込み、栗栖は意識を手放した。

 

          *


とある世界の西の果て。

天に届かんとばかりに屹立する城の一室では、二人の女性が儀式を行っていた。


昼日中であるにもかかわらず、太陽の光が差し込まぬ閉じられた空間。

壁にはめこまれた三つの燭台からこぼれる灯りが、床に描かれた血の魔法陣――五芒星を薄暗く照らしだす。


「ええと、蛇亀の卵、雷獣の舌……はて、あとはなんじゃったかの? このところすっかり物忘れが激しくなってしもうたわい」

「ババ様、しっかりするのだ! すでに使徒召喚のアーツは発動を始めているのだぞ!」


声の質から、一人は老婆、一人は若い女性であることが伺える。


「そうじゃ! 蛇亀の卵じゃ!」

「よし、卵を魔法陣の中心に置いて……って、これは先ほども触媒に使ったではないか!」


若い女性は枯れ枝のような老婆の首をつかみ、前後に揺さぶる。

首を絞められた老婆の顔色は、赤から青、そして土気色へと目まぐるしく変化した。


「お、おお。死んだ爺さんが花畑の向こうで手招きしておる……」

「ババ様、せめて使徒召喚を終えてから冥府へ旅立つのだ!」

「ゴホ……ゲホ……死ぬかと思うたわい……じゃが、いまので思い出した。真龍の鱗じゃ」

「それを最後の触媒として使えば儀式は成功するのだな? ……聞こえていたか、カッツェよ!」


若い女性は、部屋の外で控えている忠臣に対し、扉ごしに呼びかけた。


『聞こえているニャ。ミルにゃんから鱗をもらってくればいいニャ?』

「うむ、急ぐのだ。儀式が長引いており、魔法陣の維持が難しくなってきた」


若い女性の言葉通り、五芒星が揺らいでいた。

それを目にした老婆が、しわがれた声を張り上げる。


「まずいですじゃ。いそぎ処女の生き血をもって描き足さねば魔法陣が消えてしまい、儀式は失敗におわりますぞ」

「なんと! 聞こえておるか、カッツェよ」


しかし、扉の外から返事はない。


「カッツェ! カッツェよ! ……くっ、もう鱗を取りに行ってしまったか……仕方ない。処女の生き血は余が何とかしよう。ババ様はしばしのあいだ、魔法陣の維持をたのむぞ」

「了解ですじゃ。この婆めが、全身全霊をもって魔法陣を支えておきましょう」


老婆が恭しく一礼するのを見て、若い女性は漆黒の衣装をひるがえして部屋を出た。


いまの時間なら、近衛隊の少女たちが午前の訓練を終えて湯浴みをしているはずだ。

若い女性は標的の現在地を頭にうかべ、石造りの床を早足で進んだ。


          *


「キャー! 覗きよ!」

「もう怒った! 今日という今日は絶対にゆるさないんだから!」

「大変! 下着も盗まれてるわ!」


大浴場から悲鳴が聞こえた少し後。

若い女性は鼻を抑え、数枚の布を手に魔法陣が描かれている部屋へと戻ってきた。


「待たせたなババ様! 処女の生き血の準備は整ったぞ……って、誰もおらぬではないか?」


室内を見わたすが、目にはいるのは燭台と今にも消えそうな魔法陣だけで、老婆の姿はどこにもない。


「ええい! 肝心なときにボケ老人の徘徊癖が出てしまったか!」


苛立たしげに舌打ちするが、それで状況が改善するわけではない。

まずは消えかけている魔法陣を、処女の生き血で上書きしなければいけない。


女性は先ほど目に焼き付けた乙女たちの柔肌を思い出す。

次いで手にした戦利品(下着)を顔にあてて、汗と花のまじった匂いを吸い込んだ。


「フオオオオオオ!」


途端、熱いものがこみ上げ、噴水のような鼻血が流れ出る。

その液体はまたたくまに、魔法陣どころか床一面を朱に染め上げた。


「少し血を撒きすぎてしまったが、まあよい。これで処女の生き血は補充できた。あとはカッツェを待つだけだな」


鼻血を止めるために、盗んできた下着を鼻腔に詰める。

いかに小さな女性用下着といえ、さすがに鼻穴にはすべて入りきらない。

顔から下着を生やすような格好になってしまったが、よしとしよう。


…………。


待つことしばし。

遠くから足音が聞こえ、やがて扉のまえでぴたりと止まった。


「ようやく来たか、カッツェ……よ……」


そして、扉をあけると、


「ここにいたんですね、魔王さま!」

「覗きと下着ドロボウの罪で誅伐します!」

「いくら同じ女性とはいえ、カルナック様の性癖にはもう我慢なりません!」


怒りで顔を真っ赤に染めた十一人の少女たちがいた。

年の頃は10から18。


獣のような耳や角、鳥のような翼を生やしている者もいるが、そのすべてに共通するのは可憐な容姿であることと、これから戦争をするかのように漆黒の鎧と武器を装備していることだ。


「なにを言うておる? 余はずっとこの部屋で【使徒召喚】の儀式を行っておったのだ。言いがかりはよさぬか!」


魔王――カルナックと呼ばれた若い女性は毅然として言い放つ……左右の鼻穴に少女たちの下着を詰めたままの姿で。


…………。


下剋上を果たした近衛隊の少女たちが去った後、カルナックはボロ切れのような有様で、さきほど自らが流した(鼻)血だまりのうえに倒れ伏していた。


位置でいえば、ちょうど魔法陣の上である。


「む、まずい!」


あわてて場を飛びのこうとするカルナック。

しかし、魔法陣は上に乗ったカルナックを触媒と誤認し、その魔力を吸いあげにかかる。


「ち、ちがう! 余は触媒ではない! とまれ、とまらぬか!」


焦りのこめられた声を無視し、魔法陣は赤く昏い輝きを増してゆく。

狭い室内に風が吹き荒び、竜巻のように渦まく。


「まずい。もう儀式どころではないぞ!?」


カルナックは悲鳴をあげるが、どうしようもない。

魔法陣はいまや、過剰な処女の生き血と間違った触媒によって暴走。

不規則に走る赤と黒の光がまたたく間に膨れ上がり、つぎの瞬間、室内を満たした。


          *


「……ふう、ひどい目にあった」


カルナックが頭をふりながら上半身をおこす。

場はなにごとも無かったように静まり返っているが、破壊された壁と燭台が、先ほどまで起こっていたことが事実だと証明している。


「どうみても、使徒召喚は失敗……む、この感触はなんだ?」


カルナックは自分の体と魔法陣の間に『なにか』が挟まっていることに気がついた。


自分の体と同じくらいの大きさ。

自分の体と同じくらいの温度。

自分の体より少しだけ固い手触り。


どうやら『なにか』は生き物のようだ。


カルナックは数瞬考えた末、高笑いをあげた。


「ふはは、さすが余だ。誤った方法でも、しかと儀式を成功させていたか!」


突如としてこの場に現れた『なにか』……いや、『だれか』を呼び出すことこそが、彼女の目的だった。


『だれか』は意識を失っているようだ。


「……う、うう……」

「む、こうしてはおられぬ。早急に人工呼吸を行わなければ、この者が目覚めてしまうではないか!」


欲望まるだしの矛盾した発言である。

カルナックにとっての不運、『だれか』にとっての幸運または不運。

それはカルナックが、呼びだした者が自身の希望通りの美少女だと思い込んだことだった。


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