Lost Memory~失われた思い出~
「お前を……コロス……」
目の前にこの学校の制服を着た女の子が居る。片手にナイフを持ち、目は明らかに殺気に満ち溢れている。
「君は一体何者なんだ!」
彼女に尋ねる自分。しかし、返事はしない。ただ、
「コロス……」
としか言わない。このままだと殺される。嫌だ、死にたくない。こんな日に、死にたくない……。
明日が卒業式なのに、死にたくない!
どうして私は死んだの?
どうして私は卒業できなかったの?
どうして私は殺されたの?
どうして……。
私だけこんな思いをしなくちゃいけないの!!
私は卒業式の前日に殺された。
理由もないのに……
痛かった、怖かった。
気がついたら目の前は真っ暗。
何も見えない、音も聞こえない
叫んでも返事がない
私は一人ぼっちになった
友達や可愛い妹がいたのに……
私は一人ぼっちになった
たった一人の男のせいで……
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い
すべてが憎い
男も世界も
憎い
みんな私と同じ思いをすればいいんだ
死ねばいいんだ!そうだ、みんな死ねばいいんだ!
死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ死んじゃえ
私と同じ思いをして死んじゃえ
全部消えてなくなっちゃえ!私のようにみんな死んじゃえーー!
私は世界を憎み、壊してやろうと決めた
大切なものをたとえ失っても
私は世界の悪で居続けてやる
全てが終わるその時まで
私は消えない
突然だが、僕達が通っている丘の上学園にはある伝説がある。それは……。
『卒業式前日、必ず数名の生徒が行方不明になり、翌日には死体で発見される』
という物だ。実際、去年や一昨年もそんな事件があったらしいが、表沙汰にはされなかったらしく、あくまでうわさの範囲だった。
そして、卒業式を明日に控えていた僕達の間でも、その話題は上がっていた。
「でもそれは、あくまで噂だろ?絶対あり得ないって」
「そうかなぁ」
「和樹は心配しすぎなのよ。そんなの何度も起きたら、噂じゃとどまらないでしょ」
「確かにそうだけど……」
「そうですよ、あくまで噂ですから」
放課後、僕(和樹)と春菜、祐介、由奈のいつもの四人で集まってその事を話していた。と言っても、気にしているのは僕だけで、他の三人は全く気にしていなかった。僕もそんなに気にしていないが、少しは気になっていたりする。
「それにしても、明日で卒業か……」
「そうね……。私達がこうして放課後に集まれるのは最後だもんね……。」
僕達は小学校からの親友で、今日までずっと一緒だった。でも、高校を卒業してそれぞれの道を歩んでいく。寂しいけれど、また会えるはず……。
「あれ?校庭に誰か立っている。誰だろ?」
そんな会話をしている中で、由奈が窓を見ながら何かを見つけた。
「どうしたの?由奈」
春菜もそれに釣られて、校庭を見る。そして、驚きなが僕にこう言った。
「和樹、あ、あれは何?」
校庭に人が立っているだけで特に驚くことじゃないはず。だけど、この反応は少し変だ。僕と祐介も校庭を見る。
「あれは……女の子?」
そこにはうちの制服を着た女の子が立っている。ここまでは、特に変わったところはなかった。ただ、一つだけ違った。彼女は……。
「何で血だらけなの?」
春菜が僕が思っていたことを述べる。そう、彼女の制服は血だらけだった。
『次の獲物は……お前らだな』
「え?」
脳内に声が響く。彼女の声だろうか?
と、次の瞬間急に地面が揺れ始めた。
「じ、地震?」
揺れが大きい。ただ事ではない!
「つ、机に隠れろ……」
祐介が避難するように指示を出そうとした所で、更に揺れが大きくなる。こ、このままだと……。
「う、うわぁ」
「きゃー」
窓ガラスは割れ、蛍光灯が落下する。そして、それは不運にも僕の頭に直撃した。
「か、和樹……」
春菜の声を全て聞く前に、僕は意識を失った……。
『全員……生きて帰さない……絶対……』
目の前には暗闇が広がっていた。
僕は死んだのだろうか……。
頭に直撃したから、多分生きていないのだろう……。
痛みも感じないし……。
明日の卒業式、参加したかったな……。
みんなで笑って卒業したかったな……。
なのに……。
『か……ずき……』
誰かが僕を呼ぶ声がする。天使かな……。
『かず……き……くん。』
いや違う、この声は……。
『和樹君!』
由奈?
僕は重たい瞼を無理矢理開けた。その先に広がったのは、今まで見たことの無い天井と心配そうにこちらを見ている由奈の顔だった。
「由奈?」
「良かった……。目を覚ましてくれて……」
「ここは?」
明らかに僕達が居た校舎じゃない。木造建築になっていて、昭和の学校みたいな雰囲気だった。
「私にも分かりません……。ただ……。」
「ただ?」
「ここ私達の学校に似ていませんか?」
「あ……」
確かに言われてみれば、似ている気がする。造りは違うが教室の広さや、外の景色がやけに似ている気がする。
「確かに私達の学校って、10年前に老朽化で一度建て直したって聞いたことがありますよ。もしかしたら……」
「じゃあここは……」
もし由奈が言ったことが本当なら、今僕達が居る場所は10年前の学校。でもどうして……。あの子が関係しているのかな。
『全員……生きて帰さない……』
意識を失った時にかすかに聞こえた声を思い出す。生きて帰さないって、僕達を殺すつもりなのかな?
「そういえば春菜と祐介は?」
「分かりません。私が起きた時には、誰も居ませんでしたから」
「そうか……」
あんな物騒な言葉を思い出すと、離れ離れに行動している場合じゃない。探しにいくしかないか……。
「よし、2人を探しに行こうか」
「そうですね」
立ち上がりながら僕が言うと、若干元気がない返事をしながら由奈は立ち上がった。
(やっぱり怖いのかな)
僕は震えてる彼女の手を握って、歩き出した。
それから10分、沢山の教室を回りながら2人を探したが、全く見つかる気配がしない。
「じゃあ、次はあっちを探してみよう」
「はい」
次の教室で二階の教室は最後だ。由奈は未だに震えてる。僕は気分転換に由奈に明るい話題を振ってみた。
「そういえば由奈って、どうしていつも敬語なの?みんな同じ年なのに」
「それは……」
僕達四人は小学校からの親友と言ったが、由奈は小5の時に転校してきた。その時からみんなに敬語を使っていた。最初は疑問に思っていたけど、一緒に居るにつれて慣れた。だからこそ、今更質問してみたけど、この様子からすると聞いちゃ駄目だったかな……。
「ごめん。まずい事聞いちゃった?」
「いいえ、大丈夫です。ただ私は……」
と、彼女が何かを言おうとしたその時、後ろから背筋が凍るような気配がした。慌てて後ろを振り返ると、そこには……。
『ミツケタ……』
片手にナイフを持ったあの女の子が居た。
『ミツケタ……』
背筋が凍ってしまうほどおぞましいその気配。彼女は一体何者なんだろうか……。
「和樹君」
「大丈夫、由奈は危ないから下がってて」
更に震え出す由奈を後ろに隠れさせて、僕は彼女と対峙する。
「君は一体何者なんだ?」
『答える必要ナイ……。どうせ死ぬんだから……あの2人のように……』
あの2人? って、まさか……。
「お前まさか……。春菜と祐介を……」
『邪魔だったから……ケシタ……』
狂ってる、人を平気で殺すなんて……。僕の親友を……。
「嘘だよ!嘘!嘘!嘘!絶対嘘だ!」
怒りに湧く僕の後ろで由奈が狂い始めた。口調もおかしい。このままだと危ない!
「由奈、逃げるよ!」
「嘘!嘘!春菜ちゃんが……。祐介君が……」
僕は由奈を無理矢理引っ張りその場から走り出した。由奈が言ってる通りそんな話、嘘に決まっている。よりによって、あの2人が……。
『逃げても無駄よ……。どうせ死ぬんだもん……』
どの位走っただろうか。もうあの女の姿は見えない。うまく撒けたのかな……。
「嫌だよ、絶対あり得ないよ……。2人が居なくなるなんて……」
由奈は先程より少し落ち着いたが、やっぱり様子が変だ。いや、こんな所で冷静にいられる方がおかしい。僕もおかしくなりそうだ。だってあの2人が……。
(今は隠れられる場所を探して、由奈を落ち着かせなきゃ……)
現在居るのは特別棟3階。ここは特別教室が結構あるから、隠れられそうだな……。
(それにしても、改築前の校舎なのに全く変わってないな……)
歩きながらふとそんな事を考えてしまう。10年前のものなのに、全く変わってないから驚きだ。まあ、そんな事よりも今をどうにかしない
「とりあえず理科室にでも隠れようか……。行くよ由奈。」
彼女の手を引っ張って歩き出そうとするが、由奈が動かない。
「由奈?」
彼女の方を向くと、由奈は完全に心ここにあらず状態になっていた。
「和樹君、私もう嫌だよ……。こんな所……」
「それは僕もだから、頑張ろうよ。2人は生きているかもしれないし、僕達が信じなきゃ」
「うん……」
僕達は微かな希望を胸にやどし、理科室の扉を開いた。
でも、そんな希望は一瞬にして消え去った。目の前に広がる惨劇。
「うそ……だよね?」
「いやぁぁー」
僕達の目の前には血だらけで倒れている春菜と祐介の姿があった。
どうして……。どうして……。これは夢だ!夢だ!あり得ない!嫌だ、嫌だ!
『それが……現実よ……』
精神が崩れている僕達の後ろには、再びあの女が立っていた……。
目の前に広がる惨劇、後ろに立つ少女。2つの死体、1人の殺人犯、泣き崩れている由奈、そしてとある感情が
湧き上がっている僕。それは……。
憎悪
憎い、すごく憎い。僕の親友を殺したこの女が許せない。本当に憎い!
『次はあなた達……』
「ふざけるなよ!何で殺す必要があるんだ?何もやってないのに……?どうして僕達は、お前のせいで親友を2人も失わなきゃいけないんだよ!」
僕は怒りに任せて、殴りかかろうとした。でも……。
「やめて和樹君!」
由奈が泣きながら僕を止めてきた。
「どうして、止めるんだよ……、由奈!」
「繰り返さないで……。このままだと和樹君も死んじゃうよ? 私そんな嫌だよ……。もう誰も居なくならないで」
「由奈……。でも、何とかしないと帰れないんだよ?」
「それは……。それでも、和樹君が危険を犯してまで、私は帰りたくない!」
「……」
困った……。このままだと僕達2人とも殺される。入り口に彼女が立っているため、この場から出る事すら出来ない。何か役に立つものは……。とりあえず僕は由奈を立ち上がらせて、一旦距離をとった。それでも、逃げ場なんてあるはずかない。
『そろそろいいかしら?あなた達が死ねば終わる……』
少しずつ縮んでいく距離。限界なのか……。
『私が受けた痛みを……あなた達に……』
受けた痛み?というか、この人どこかで見た気がするような……。
『明日で卒業式だったのに……。私の思い出が奪われたんだ……何で私だけが……』
卒業式…奪われた? 10年前の校舎……。
「和樹君、もう逃げる場所がないよ!」
由奈が叫ぶ。
『もう逃げられないわね。これで……』
女は包丁を振り上げる。包丁……。
そうか、分かった!
「和樹君!」
『さようなら……』
けど時既に遅し。包丁は僕の体に……。
「和樹ー!」
刺さると思った刹那、誰かの叫び声と共に体は横に突き飛ばされていた。由奈と一緒に……。
「ぐはっ!」
『貴様、まだ生きていたのか……』
僕の代わりに刺されたのは、祐介だった。
「ゆ、祐介!」
「祐介君!」
刺された包丁は体から引き抜かれ、祐介は倒れていった……。
「和樹……由奈……、しっかりと生きてくれよ……」
祐介は最後にそれだけを言って、力尽きた。僕達の目の前で……。僕を庇って……。
「祐介ー!」
『邪魔は居なくなった……。これで本当に最後よ!』
刺した祐介の事に目を向ける事なく、すぐにこちらを向いてやって来た。
「待って沙耶さん!」
僕は慌てて名前を叫んだ。
沙耶
これが彼女の名前。10年前にこの学校で起きた女子生徒殺害事件の被害者。
『どうして……私の名前を……』
包丁を落として、驚く沙耶。そして……。
「え……。沙耶お姉ちゃん?」
一番驚きを隠せていない由奈……。
桜井 沙耶
この少女の本名。そして……。
桜井 由奈
その妹がこの後ろに居る僕の親友。
「もっと早く気づけば良かったんだ。10年以上前、よく僕と遊んでくれたお姉ちゃんが彼女だってことを……。そして、由奈のお姉ちゃんだという事を……」
よく彼女は妹の事を話していたのに、気づけなかったんだ僕は……。
『和樹……君? ゆ……な?』
彼女も僕達の名前を思い出したらしい。あとは……。
「和樹君、どうして私のお姉ちゃんが? 確かに私のお姉ちゃんが、私が小さい頃に遠い高校に行ったのは知ってるし、そこで事故に巻き込まれて死んじゃったのも知っている。それがきっかけでこっちに転入する事になったんだもん……。でも、それと彼女は関係ないでしょ?」
「それが関係あるんだよ由奈」
この伝説の謎解きをするだけ。
「関係あるって?」
「まだ10年前の話だから由奈は知らないと思うけど、この学校で大きな事件が発生したんだ。卒業式前日に女子生徒が不審者に包丁でめった刺しにされて死んだという事件があったんだ」
「じゃあまさか……」
「そう。その女子生徒が沙耶さんなんだ。小さかった由奈には事故って教えられたんだと思うけど、本当は君の
お姉さんは殺されていたんだ」
「そんな……。でも、何で和樹君が私のお姉ちゃんを知っているの?」
「この事件が起きる更に前、みんなと会うより少し前、よく沙耶さんと遊んでもらっていたんだ。だけど、祐介や春菜と遊び始めてからは遊ぶ事が無くなっちゃって……。この事件を知った時は本当に悲しかった。何でもっと遊ばなかったんだろうって……」
「和樹君……」
そして、こんな形で再会するのはもっと悲しい……。それが僕の本音だ。
「じゃあこの学校にあった伝説の正体って……」
「うん。沙耶さんが起こした事件だったんだよ」
ここまで来ればこの学校の伝説の正体を説明をするのは簡単だ。事件に巻き込まれ、卒業式という大切な思い出を奪われた沙耶さんは、犯人を憎みそれが実体化してしまった。でも、霊だから学校から出られないから、復讐が出来ない。そこで彼女は考えた。これから卒業式を迎えるか生徒に自分が味わった痛みを味わらせてやろうと、思い出を奪ってやろうと。だから、今までの噂は全て沙耶さんがやっことで、真実。
これで長年続いた伝説は終わりを告げる。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
僕が全部説明し終えると、由奈は真っ先に沙耶さんに抱きつこうとするがそれは叶わない。だって、彼女は死んでいるのだから……。
『由奈……、こんなお姉ちゃんでごめんね……。抱いてあげられなくてごめんね……』
「お姉ちゃん!」
『さよなら……』
そう彼女が言うと同時に、辺りが一瞬で光に包まれる。
「お姉ちゃん!」
何も見えない真っ白な視界の中、由奈の叫び声だけが聞こえる。果たして彼女の声は届いているのだろうか? それは分からない……。ただ……。
『ありがとう……由奈……和樹君……幸せになってね……』
僕が見た最後の彼女の顔と聞こえた声は、とても幸せそうだった……
全てが終わりを告げた次の日、何もなかったかのように卒業式を迎えた。校長からはあの惨劇があった事は一切語られる事なく平凡な卒業式で終わった。勿論僕と由奈も参加した。昨日はこちらに戻ってきてから、警察の取り調べなどやる事が沢山あり、本当は心身共に疲れきっていたけど、死んでしまった2人の為にも参加した。そして、沢山泣いた……。本当は4人で迎えるはずだった卒業式、でも2人足りない。たった2人なのに、その穴はとても大きい。彼らはもう帰ってこないのだから……。
「和樹君……。私……私……」
特に由奈は昨日あった事何もかもがショックで、朝僕に会うなり泣き始めてしまった。そして、卒業式が終わった今も、校内にある桜の木の下で体育座りをしながら泣き続けている。
「私ねお姉ちゃんが死んだ事で、年上の誰かに甘える事が出来なくてずっと寂しかった。誰かに甘える事ができればいいなってずっと思ってた。だから、和樹君や春菜ちゃんをずっと年上だと思い続けていたの。同じ年でも誰かにきっと甘えられると思って……」
泣きながら語る由奈。恐らく僕達が自分より年上だと思い続けた結果、言語がいつの間にか敬語に変化していたと思う……。
「でもこれからは、誰かに甘えられる事も出来ない。卒業して私と和樹君はそれぞれ別の道に行っちゃうし、春菜ちゃんと祐介君はもう居ない。だから寂しいの……。誰かが側にいて欲しいの……。わがままかもしれないけど、本当に居て欲しいの……」
1人泣きながらわがままを言う由奈。僕はその反対側で寄りかかりながら桜を眺めている。そして僕は、ずっと言いたかった言葉を言う。
「じゃあさ由奈、そのわがまま僕が叶えてあげるよ」
「え?」
勿論彼女は驚いている。これが僕の本当の気持ち。あの事件の時からずっと感じていた誰かの側に居て、守ってあげたい気持ち。それを彼女に伝える。
「僕が由奈の側にずっと居る。守ってあげる」
「和樹君……」
お互い通う大学は違うけど、僕はずっと彼女の側に居てあげたい。守れなかったものの分まで守りたい。絶対繋いだ手は離さない。僕は立ち上がり、手を差し伸べて彼女に言った。
「じゃあ行こう、由奈」
それに由奈は笑顔で答えた。
「うん」
僕達は満開の桜の下で卒業式を迎え、新しい未来への一歩を踏み出し始めた。