プロローグ
ここは、村を見下ろす位置にある小さな神社。
この神社の境内に一人の少年がいた。
少年は、賽銭箱に向けて十円玉を投げると、手を合わせた。
「なるほど…なるほど…気になるあの子への告白が成功しますようにね…青春してるわね~」
少年の真上…神社の屋根に腰かけた少女がそうつぶやいた。
少女は、ほっそりとした体で、病的なほど白い肌をしており、腰ほどにまである長い黒髪をずいぶんと下の方で止めている。
そこまでなら、まだ、どこかにいてもおかしくないのだが、特筆すべき点は彼女の服装にある。
今は、12月…クリスマスも間近だというのに、少女は着物を着ていたのだ。
「うまくいくといいけどな…。」
少年は、そんな少女がいるのに気付く様子は一切なく、階段の方へ歩いていく。
「さてと…仕事しようかな…時間よ止まれ!」
少女がそう言うと、風や水滴に至るまですべての時が停止し、当然ながら歩いていた少年の動きも止まった。
「悪いけど見させてもらうわよ…。」
少女は、少年の頭に手を当てて記憶を見始めた。
「ふんふん…なるほどね…まったく、いわゆる草食系って言われてるようなタイプね…。」
少女は、メモに少年の情報を簡略化して書いていく。
この神社は、縁結びの神様が祭られていることで有名なのだが、小さな神社ゆえに地元の人がときどき訪れる程度である。
そのため、少女は、珍しい参拝客に興味を持ったという訳なのだ。
「まぁこれなら、特に何かする必要はなさそうね…時間よ動け!」
少女がそう言うと時間が再び動き始めた。
少女は、少年の目の前に立っていたのだが、少年は、その存在に気づくことなく立ち去って行った。
「でも、こうなると暇なのよね~なんだか、恋愛イベントを発生されるまでもないなんて…。」
少しがっかりした様子の琴葉が、先ほどまでいた神社の屋根に戻ろうとすると、突然後ろから背中をたたかれた。
「キャ!」
琴葉は、おどろいて声をあげてしまった。
ちなみに、琴葉は縁結びの神様で、神社にお参りに来た人の告白を手伝ったり、彼女ができるようなシチュエーションの用意をしている。
琴葉は、神様なので、その姿を知覚できる人は、同業者(つまり神様)か、一部例外ぐらいなのだが、例外に分類される人間は、琴葉の知る限り一人しかいない。しかし、その人物は、今、学校にいるはずなので、この近くにいるはずがなかった。
「えっと…どちら様ですか?」
琴葉が恐る恐る振り向くと、黒髪で和服を着た女性が立っていた。
「琴葉! 調子はどう?」
「あっ光葉! 久しぶり!」
普通の人には姿が見えないはずの琴葉に話しかけたのは、琴葉の幼馴染である光葉だった。
光葉は、全国を旅しており、偶然近くに来たので寄ったようだ。
「しっかしまぁ、最初あなたが神様やるって言った時にはおどろいたけど、結構やれてるじゃん。」
「まぁね…でも、大変よ~それに、最近は参拝客も少なくて、仕事もお賽銭も減る一方よ…そうだ! 屋根で話そうよ! この神社、小高い山の上だからさ、結構景色いいのよね!」
琴葉は、光葉の手を引っ張って浮き上がり、神社の屋根へ向かう。
「あたしだって一人で飛べるよ!」
「いいじゃん! いいじゃん! たまにはさ、こうして人のぬくもりを感じたいわけよ!」
「人のぬくもりね…そういやあんた、とんださびしがり屋だったね…。」
光葉の言葉に琴葉は静かにうなづいた。
そして、神社の屋根の上…ここからは、晴郷村を一望することができた。
晴郷村は、人口も少なく、のどかな村なのだが道路の関係上バスが入れないため、実質的に村の玄関口は、晴郷線の終点である晴郷駅のみとなっている。
雪が降り積もった田んぼの真ん中を二両編成の旧型車両がゴトゴトと走る姿は、とても絵になるため、終末にもなるとわざわざこんな田舎にまで写真を撮りに来る人がいるほどだ。
「うわーすごい風景だわ…こんな景色見ながら語らうのも悪くないかもね…。」
「でしょ! せっかくだったら、光葉の土産話でも聞かせてよ! 今、下からお茶取って来るから!」
「おー琴葉にしては、気が利いてるじゃん! よろしく!」
琴葉は、上機嫌で下へと降りて行った。
この数日後、彼女が神の座を下りることになるなどと、だれが予想していただろうか…
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