第九章【8】
1人の男がドアから消えてからも、ショウは、ピクリとも動かなかった。
「ショウ……ショウ……ショウ!!」
ワタシは、うわ言のようにショウの名前を何度も繰り返し呼んでいた。
しかし、うつぶせに、ぐったりと倒れているショウの耳には、まったく届いていないようだった。
しばらくして、男がバケツを手に下げて戻ってきた。
ショウの近くに駆け寄って、律儀にリーダー格の男に向き直った。
無言で、リーダー格の男が、頷く。
勢い良く、バケツの水がショウにかけられる。
「う……」
一瞬、びっくりしたように、身体をこわばらせ、ショウは、小さくうめいた。
「ショウ!ショウ!!
よかったぁ……
本当によかったぁ……」
ワタシは、心からショウの無事を喜んでいた。
「お前、馬鹿だろ?
さっきまで、殺されかけてた相手に、なにいってんだよ」
リーダー格の男が、呆れたように、そういって笑った。
蔑みに満ちた傲慢な笑い声だった。
「あんたなんかに、ワタシの気持ちなんてわかるわけないじゃない!!」
ワタシは、男を睨みながら、そう叫んだ。
「こっちは、お前の命を助けてやったってのに、なんなんだよ。ったく」
男は、面白くなさそうにそう答えたが、語尾には、嘲笑が含まれていた。
別にこの男は、ワタシに感謝されたいとは微塵にも思っていない。
ワタシが殺されたら、この男の立場が悪くなるのだろう。
だから、助けたのだ。
それだけのことだ。
ワタシの気持ちなんて、この男にとってなんの意味も持たないことを、ワタシは、これまでに身をもって知ってきた。
ワタシは、何をいっても無駄なこの男に、それでも、何かいってやろうと、口を開きかけた。
その時、ショウが、こちらに苦しそうに向きなおった。
「ごめ……んね…」
小さな消え入るような声だったが、ショウは、確かに、そういった。
顎が、血で真っ赤に染まっていた。
口の端には、よだれと血が入り混じった細かな水泡がいくつもまとわりついている。
左目は、大きく腫れ上がり、糸のように細くなっていた。
「ショウ……」
お願いだから、
謝らないで……
ワタシみたいなオンナのために、
どうして、そこまでしてくれるの?
「ショウ、いいの……ワタシ、ここから出られないくていいの……
だから、もう、こんな無茶しないで……」
気がつけば、ワタシは、そう叫んでいた。
「けっ!茶番だよなぁ~」
男は、あざけるようにそういいながら、指にはさんでいたタバコを床に投げ捨てた。
わざと、ショウの顔の前に落とし、大げさに、右足で、踏みつける。
タバコは、ショウの血ヘドでジュっと短い音をたて、男の靴でつぶされた。
「うわぁ……血とゲロで、靴がベチョベチョだよ」
男は、わざとらしい動作で、すぐさま足を引っ込めた。
「おい、こいつ、もう、連れて行けよ」
すぐさま、二人の男がぐったりしたショウに、にじり寄る。
ショウは、二人の男に両側から抱きかかえられた。
首をうなだれ、足は、力なく床に触れているだけだった。
支えがないと、おそらく自分で立つことなんて出来ないだろう……




