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第一話 姉はマジ天使

 いきなりで何だが、俺はシスコンである。それはもうお姉ちゃんが大好きで仕方がない。

 陳腐な設定で悪いが、七歳の時に両親が死んだ。二人とも仲が大層よろしくて、子供の俺を近くに住んでいる親戚の家に預けて遊びに行っていた時、二人は事故で死んだ。そしてそのままその親戚の家に引き取られたのである。

 そう、その親戚の一人娘が俺の姉だ。初めて会った時、第一印象は特になにもなかった。特別可愛いとも思わなかったし、そこら辺にいる女子と大差はなかった。しかし、その性格はファンキーとしか例えられないくらいアグレッシブなものだった。

 初めて親戚の家に預けられた時、初対面で、『その陰気な雰囲気が気に食わない』と言って顔面をグーで殴る様な性格である。確かに、当時の俺は両親が構ってくれなくて若干暗めな性格をしていたが、それでいきなり殴りかかるのはどうかと思ったものである。そこで気付かされたのは、俺は結構な負けず嫌いで、かつ卑しい性格だということ。

 殴られたのも気に食わなければ、所詮は女子。殴り返せば泣くに決まっている。それにこっちは年下だ。例え泣かしてしまってもそこまでお咎めはないと踏んで殴り返した。子供ながらに最低な考えを持っていたものだ。

 そして、顔面をグーで殴ったら、思いのほか力が入ってしまい、小さき姉は吹っ飛んでしまった。尻餅をついたまま肩を小刻みに震わせる姉を見ながら、こいつはやばい、やりすぎたかと慌てていたら、姉はいきなり何かを投げつけてきた。殴られた場所が公園と言うのがまずかった。それは砂利だった。完璧な不意打ちに目を瞑るも、砂が目に入ってしまう。こっちの目がつぶれた事をこれ幸いと姉は一気呵成な攻撃を仕掛けてきた。

 まず鳩尾を何の躊躇いもなく突いてきた。あの衝撃は今でも覚えている。あの痛みと息苦しさはその後の人生でも一度も味わっていない。こっちの体勢が崩れたと思えば、足払いで地面に倒して、そのままマウントポジションだ。何の容赦もなく上から拳の雨を降らせてくる。防ぐこともままならず、二、三分殴られ続けていたと思う。これはもう無理と悟った所でようやく降参した。

 攻撃がやんだのを見計らって目を開けると、ニヤリと笑った姉がこちらを見下ろしている。顔に痣なんてものはなく、あれはわざと食らった振りをしてこちらの隙を作ろうとしたんだなと、幼いながらも姉の狡猾さに舌を巻いた物だ。

 姉は俺を見下ろしながら一言。

『あたしの子分にしてやってもいいよ』

 後に聞いた話だが、どうやら姉の連続攻撃はある種のパターンで、それで何人もの男子をのして来たらしい。俺ほどに姉の攻撃を耐えたのは初めての事で、それを見込んで子分にしようとしたのだ。

 俺はその時思った。この人に付いていきたいと。



 さて、そんな攻撃的な姉ではあったが、それはあくまで昔の話だ。俺が大好きだったファンキーな姉はもういない。中学の時にいなくなってしまった。

「だから、姉よ。無言で後ろに立たないでくれ」

 僅かに感じた気配を元に後ろを見ると、そこには我が姉の姿。髪の毛はぼさぼさで伸び切っており、肌も若干荒れている。うざったい前髪が邪魔して良く見えないが、眉毛も生やし放題だろう。全体的に空気が薄く、視界に入っても気付かない事が多々ある。

 そう、今の我が姉は、私地味です暗いです、とアピールしてるのかと思えるくらいに変わっていた。


「忍者かお前は。何分前から後ろにいた」

「三十分前」

 一般的な二階建の一軒家。そこのリビングのソファに座ってマンガを読みながらお菓子を食べていた。そして、何となく後ろを振り向いているとそこには姉の姿。暗闇で後ろに立たれたらと思うと怖くて仕方がない。

「私は忍者じゃない」

「どう考えても忍者だから。素質あるから」

 天職が忍者としか思えない程に、気配を断つのが上手い。後ろに立たれて気付かない事なんて当たり前。部屋で寝転がっていた時、姉は侵入すら気付かせずに俺の部屋に一時間ほど立ち尽くしたこともある。

 姉はこちらを見つめて何かを言いたそうにしている。髪の毛が邪魔をして表情もろくに見えない。昔は言いたい事は言う。言いたくない事も言う。それに加えて思ってもない事を言う人だったのに、今では口を開くことも少ない。口を開いても言葉少なめ。変わったものだ。

「何か用? 言いたい事があるなら言ってくれ」

 こちらが促してようやく口を開く。

「今日、親いないからご飯作って」

 しかし、根本的な所は変わっていない。傍若無人な性格はこういう所に表れている。申し訳なさそうに口を開くでもなく、それが当たり前の様にご飯を作れと命令をしてくるのだ。

「わかった。何でもいいよな?」

 こくんと頷くと、それに釣られて長い髪の毛もばさっと動く。

 姉は変わってしまったが、俺が姉の事を大好きなのは変わっていない。



 夏は暑いものだ。日差しは強く、時折吹く風も生ぬるくて汗ばんだ肌を心地よくしてくれる事はない。右を見れば、暑そうに歩く男子生徒。前を見れば、うちわを持った女子生徒。左を見れば、どう考えても暑苦しい髪の毛の姉。姉は汗一つ掻いていない。

 シスコンである俺にとって姉と登校するのは当たり前の事である。シスコンが姉と登校しないなんて有り得ない。いや、ツンデレ系のシスコンならば、それに当てはまらないかもしれないが、俺はデレデレのシスコンだ。例え、姉が登校中何も喋らなくとも一緒に登校しているという状況で楽しめる。

 姉は俯き気味に歩いている。たまに躓きそうになるから地面を見ているという訳ではなさそうだ。俺からしたら躓く姉というのも、何となく微笑ましい。そして、躓いた後にこちらをちらりと見る姉を見ると身悶えそうになる。たまんねえ。

 そして、一言も交わさずに学校に到着する。校門で姉は何も言わずに俺から離れていき、俺は幾許かの寂しさを抱えながら離れていく姉を見る。姉は学校で俺と共に行動しようとしない。何を意図してそうしているのかはわからないが、避けられているため無理に近付けない。

 俯き歩いていく姉。そして躓く姉。いいね!

「おはよー!」

 ちょっとドジっ子が入っている姉を目で楽しんでいると、肩を強めに叩かれながら声を掛けられた。そちらを向いてみると、中学から割と仲が良い女子がいた。

「うぃー」

 名前を東別院そより。見た目、どこかのお嬢様っぽい雰囲気を持つ女子である。腰くらいまで伸びた髪の毛は手入れが整っており、目はぱっちり二重のくっきり。すっと通った鼻梁に桃色の唇。それだけ。噂では物凄いお嬢様と聞く。しかし、本人はお嬢様っぽい見た目に反してフランクな奴で、良い奴である。

「何だー? そのぞんざいな挨拶はっ。もう一回! はい、おはよう!」

「おあよう」

 この暑い中テンションの高い奴である。何が楽しいのかにこにこ笑っている。まるで夏の太陽だ。誰彼かまわず照らしてくる。

「まあそれでいいよっ。君はまたお姉ちゃん登校?」

「当たり前だ、東別院。姉と共に登校し姉と共に下校する。シスコンを名乗るならそれくらいは初歩の初歩だぜ」

「うわー、まったく恥ずかしがらないね! それはそれでカッコいいよ!」

「お前はシスコンのなんたるかをわかっているな。恥ずかしがる奴にシスコンを名乗る資格はない」

「褒めたつもりはなかったんだけどなー。ま、いいや」

 にこにこ笑っている。眩しすぎるくらいだ。そう言えば、姉の笑顔をここしばらく見ていない。東別院の笑顔など何の価値もないのだ。姉だ。姉の笑顔を見たいのだ。

「東別院、最近姉の笑顔を見ていないんだけど」

「え、私に言われてもわからないよ」

「どうにかして姉の笑顔を見たいんだけど、どうしたらいいと思う?」

「うーん……昔は明るかったんだよね?」

「明るいなんてものじゃなかった。朝起きれば頭をはたかれ、はたき返したら地獄突きだ。殴り愛とはよく言ったものだよ」

「仲良いのそれ?」

「ノーザンライトボム、フランケンシュタイナー、餅つきパワーボム、ブレーンバスターにDDT……へへ、思い出してもあの衝撃は鮮明に感じられるぜ」

 まるで往年の名プロレスラーばりに大技を繰り出してきたものだ。シャイニングウィザードを食らった時は『お前は三沢か!』と叫んだものだ。惜しい人を亡くしたな。

「姉はマジ天使。異論は認めません。だから天使の笑顔が見たいんだ」

 感慨深く呟く俺を見て、東別院は何やら呆れた様な目をしている。姉の良さが伝わらないのだろうか。

「……そのシスコンさえなければなあ」

「何がだ?」

「ううんっ、別に! そうだね、昔に戻してみたらどうかな?」

「戻してみるって、どうすれば元に戻せるんだよ」

「それは自分で考えないと。お姉さんが大好きなんだよねっ」

「ああ、大好きだ」

「シークエンスゼロで答えを返すなんて流石だね!」

「あんまり褒めんなよ。照れるだろ」

「褒めてないよっ」

 東別院のアドバイスはもっともだ。今の姉も嫌いじゃないと言うより大好きだが、昔の姉はもっと好きです。あのシャイニングウィザードが忘れられない。

 口さがない連中は今の暗い姉を見て、何か中傷する様な事を言う奴がいるが、昔の姉はそんな連中には挨拶代りにジェロム・レ・バンナばりの左ストレートが爆発していた。しかし、それはもうないのだ。あのイカれた姉をもう一度見たい。

「東別院、ナイスだ! 俺は姉を昔に戻す! 名付けて『お姉ちゃん改造計画』だ!」

「声が大きいよっ。皆見てる!」



 とは決めたものの、昔の姉に戻す方法なんて思いつく訳がなかった。今現在、俺と姉の身長差はそこそこにある。悲しいかな、姉の様な天使には俺みたいな無駄にでかくて重い人間にブレーンバスターをかますなんて出来ない。地獄突きにしろエルボーにしろ姉に鍛えられたおかげで、避ける能力も高い。昔と比べるとリーチが短く感じるので無意識的に避けてしまうだろう。つまり、姉を発奮させてこちらを殴らせると言うのは使えない。

 ならば他に方法があるかと聞かれたら、特に思い付かない。

「そこでだ東別院。何か方法はあるか?」

 残念ながら俺の頭はあまりよろしくない。俺の通う高校は中々に偏差値が高い。何故俺の様なくるくるぱーが受かったと言うと、それは姉がこの高校に通っていたからだ。姉を思う弟の想いが奇跡を生んだのだ。

「そこは自分で考えた方がいいって言ったよねっ」

 学食で東別院とランチタイムだ。四限が終わり速攻で学食に来たので席は確保できた。周りには席を確保できなかった生徒達がうろうろして、非常に混雑している。

「無理。思い浮かばない。悔しいけど全く思い浮かばないんだ……!」

 ごめん、姉ちゃん。俺じゃあ無理みたいだ。駄目な弟を許しておくれ……!

「うわあ……本気で悔しそう」

「だから手伝ってくれ東別院よ。お前なら何かを思いつくだろ」

「そうだなあ……手っ取り早く変えたいなら見た目からじゃないかな」

「別に俺は今の姉の見た目に対して何の不満も持っていない。人間は見た目じゃないのだ」

「カッコいいこと言ってるけど、シスコンなんだよねっ。そうじゃなくて、人は見た目に釣られるものなんだよ」

「と言うと?」

「お姉さんの見た目を君が変えたらいいんだよ。変わった自分を見ると人は性格も変わってくるからねっ」

「……一理あるかも」

 ファンキーな頃の姉は見た目もファンキーだった。スカートを履きながらハイキックなんてお手の物。ガチのプロレスごっこといって、公園でパンツ一枚になった時もある。髪の毛も今みたいに薄ら長いものではなく、男子ばりのショートカット。あの頃はいつも笑っていた。俺を殴りながら。

「まずはあの髪の毛を切ったらいいと思うなっ」

「確かにそうだな。よし! 今日帰ったら切ってみよう!」



 とは決めたものの、俺はそういった細かい作業は苦手である。下手に変な髪形にしてしまったら姉に申し訳なさすぎる。死んでも償いきれまい。

 ならばどうするか。金さえあれば美容院へと向かわせるのだが、生憎と俺は万年金欠である。

「と言う事だから、東別院。お前のコネでタダで髪の毛切れない?」

『何がと言うことなのかわかんないよ』

 携帯で東別院に連絡を取る。お嬢様という噂が本当ならもしかするかもしれない。

『しょうがないなっ。何とかしてみるよっ』

「お、マジで? 流石だな東別院。ありがとう」

『別にいいんだねっ。代わりにこれからはそよりって呼ぶことっ』

「うぃー、わかったそより」

 携帯を切って姉の部屋へと向かう。

 ノックして姉の呟き声が聞こえたのを合図に扉を開ける。

「何か用」

「姉よ、今度の日曜に髪の毛を切りに行くから」

「何で?」

「べ、別に勘違いしないでよね! あんたのためなんかじゃないんだから! 俺が髪の毛を切りたいだけなんだから!」

「意味わかんない」

 ああ、ツンが出てしまった。基本デレデレの俺だが家ではごくたまにツンデレになってしまう。しかし、このツンの出かたならデレを予想出来るだろう。

「とにかく、日曜は予定を開けといて」

「私、お金ないけど」

「俺の知り合いがタダで切れる所を紹介してくれる」

「何であんたと一緒に行かないといけないの?」

「え……? 俺と一緒じゃいや、なの? べ、別に全然悲しくないけど、それだとタダにならないから一緒に行かないといけないんだよ!」

 ああ、素直に一緒に行きたいと言えばいいのに。俺の馬鹿馬鹿馬鹿!

「ふーん、わかった。ま、タダなら行くよ」

「……本当に?」

「本当だって」

「じゃ、じゃあ日曜日ね。詳しい日時はまた教えるから!」

 姉と久しぶりの外出か。何を着ていこうか。


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