焔桜は今日も舞う
皆さん、こんにちは。
この作品をタップしてくださってありがとうございます。
今回は少し切ない短編です。最後まで読んでいただけたら嬉しいです。
どうか皆さんにとって今日が素敵な一日になりますように。
それでは、リラックスしてお楽しみください。
「卒業式の後、焔桜の下で話したいことがある」
その言葉を言ったときの俺...寛洋純がどんな表情をしていて、相手がどんな表情をしていたか覚えていない。これは俺の一世一代の大勝負だ。この判断が吉と出るか凶と出るかなんてわからない。...幸福か破滅のどちらへ向かうかわからない。それでも、俺はこの関係を変えたかった。数年以上変わらないこの関係を。あれは中学一年生のころだった。クラスに馴染めなかった俺に真っ先に声をかけてくれたのが、彼女...香松玲美だった。
「ねえ、君名前はなんていうの?」
「お、俺?」
「そうだよ!ちょっと待って。名前当ててあげるよ。...『ウィリアム・ルーシー』じゃない?」
「俺、外国人とかだと思われてる!?寛洋純だよ」
「わかった!ウィリアムって呼ぶね!」
「話聞いてた!?」
すぐに俺は彼女と仲良くなった。そして、彼女の助けも借りながらクラスの輪にも少しずつ入れるようになっていった。
「ありがとうな、香松。香松がいなかったら俺は寂しい学校生活を送るところだったよ」
「私は少し背中を押しただけ。それに対して君は引き返したりせずに、あとは自分で歩み寄った。行動したのはウィリアム自身だよ」
「それでもだよ。それに、こうして香松と過ごすようになったのは、間違いなく君から話しかけてくれたおかげでしょ?本当にありがとう!俺は香松と友達になれて嬉しいよ」
「も、もういいから!わかったから!ほら早く行くよ。...ほんとに顔が熱いったらありゃしないよ」
「なんか言った?」
「何も言ってませんよ〜だ!」
「え、ちょ!走るの!?」
それからも俺たちは少しずつ共有する時間を増やしていった。
「ウィリアム!高いよ、高いよ!わぁ〜!」
「ちょっと!揺らさないでよ、ゴンドラ落ちるかもしれないじゃん」
「その時は、助けてね☆」
「俺をどこのヒーローだと思ってるんだよ」
茶目っ気あふれる表情でウィンクをしてみせる香松に、俺の心臓は早鐘を打った。
「ウィリアム!見てみて!イルカがいるよ、可愛いね!」
「うんそうだね。とても可愛い...でも」
「でも、何?」
「っ!なんでもない!」
「どうしたの?顔赤いけど...」
「大丈夫!なんともないよ。あ、あっちにはジンベエザメがいるみたいだぞ、早く行こう!」
「え、ほんと!?よし、行こう!」
美しい魚たちに目を輝かせる玲美の横顔に、俺の顔が火照った。
「ウィリアム!あそこ!めっちゃでっかい綿菓子あるよ!あれ、思いっきり潰したらどうなるかな?」
「ウィリアム!海だ、海だよ〜!わぁ〜初めて来たなぁ」
無邪気にはしゃぐ玲美を見ているとこっちまで楽しくなっていった。今までの人生で一番楽しい時間だと思えた。
「はい、これ。ウィリアムへのバレンタインチョコだよ。欲しい?欲しいでしょ!じゃあ...あげる!え?これは何チョコかって?ガトーショコラだよ。そういう意味じゃない?そ、そんなの言えるわけないじゃん...なんでもないよ!」
「すごい!雪が降ってるよ!ホワイトクリスマスだ!ウィリアム!雪合戦しようよ!ん、何?え!クリスマスプレゼントくれるの?ありがと〜!これマフラー?しかもこの柄...!じゃ〜ん!私も同じのを買いました!色違いだけどね。これでお揃いだね!」
君からプレゼントを受け取る度、幸せで胸が一杯になって、その夜は眠れなくなった。それからも、中学校での三年間はほとんど玲美と一緒に過ごした。それは俺にとってとても楽しい思い出になっていって...でも、
「ウィリアム!〜〜!」
「ウィリアム。〜〜」
「ウィリアム!?〜〜?」
「ウィリアム!」「ウィリアム!」「ウィリアム!」
いつまで経っても彼女は俺を名前では呼んでくれなかった。「ウィリアム」そう呼ばれる度、胸の奥底に重みが増していく気がした。自分が笑顔でいる時間が増えていくのが嬉しかった。一方で、自分の笑みに陰りが増えていく気がして不安だった。そして、こうして悩む自分を自覚する度、思い知らされる。俺は彼女のことを...
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「卒業式の後、焔桜の下で話したいことがある」
だから、俺はあの日勇気を出して彼女に伝えたんだ。それが卒業式3日前の話だ。その日はどうやって家に帰ったかも、晩御飯を食べたのかも覚えていない。ただ、目が覚めたとき段々と自分がしたことを実感し始めて、いきなり緊張してきた。
「やばい...本当に言っちゃったよ...。卒業式の日、俺はあいつに告白するんだ...」
彼女とのこの関係を変えたい、そう思ったのも本当だ。...でも、もしかしたら彼女と今のように気軽に話せなくなるかもしれない。もちろん二人とも別の大学に行くので、物理的な距離という理由もある。だが、それ以上にこの告白でお互いと過ごすのが気まずくなったりしたら?そう思うと「やっぱりやめたほうがいいのかな...」なんて弱気な自分が顔を見せる。それでも!そんな自分を追い返すように俺はブンブンと顔を横に振った。そして、パアン!と部屋に響くほどの強さで両頬を叩いた。
「どうせもう言っちゃったんだ。覚悟を決めろ、俺。何も行動しなくても大学の間に疎遠になる可能性だってあるんだ。なら、どんなに小さいチャンスだって掴みにいく。俺は玲美が...好きなんだから」
鏡に映る自分にそう宣言した俺は、胸を張って今日も輝く太陽のもとへ歩き出した。
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学校へ続く一本道を歩いていると、先の方に見慣れた背中を見つけた。あれは...。俺は迷った。中途半端に手を上げ、声をかけようと少し開けた口を固まらせて、少し悩んでしまった。でも、ついさっき覚悟を決めたばかりじゃないか。こんなところで...悩んでなんていられるか!
「玲美、おはよう!」
「あ...純、おはよう」
俺の声に反応して振り返った彼女は、俺の姿を見ると少し目を見張った。しかし、俺が瞬きした頃には、もういつもどおりの彼女に戻っていた。いや、正確にはいつもどおりを装おうとしている、だろうか。
「今日もいい天気だね。陽の光が眩しいな」
「う、うんそうだね。...あっ、猫ちゃん!可愛い〜!」
「ほんとだ。可愛い。まあ、玲美の方が可愛いけど」
「っ!よ〜しよし!いい子だな〜!」
「相変わらず玲美は猫が好きだね」
「うん、大好き!」
「俺も同じくらい玲美が好きだけどね」
「っ!ど、どうしたの今日!なんかやけに...」
「やけに...何?」
「〜っ!あぁ、もう調子狂うなぁ!早く学校行くよ!」
「はいはい、じゃあ行こうか」
そう言いながら、俺は玲美に手を差し出す。彼女はその手を見て、一瞬硬直した後、顔を真っ赤にして慌て始めた。ああ、なんて可愛いんだろう。俺は昨日勇気を出したおかげで吹っ切れたのか、一種の無敵モードに入っているのかもしれない。こんな顔が見られるならもっと早く勇気を出せばよかったかもな。
「ほら、固まってないで。行くよ?」
俺は彼女の手を取り、歩き始めた。
「あ、ちょっと...これじゃいつもと逆じゃない...も〜う!」
すると、玲美は俺の前に出て手を引いてきた。いつもは自分からガンガン行くタイプだから、攻められてばかりは性に合わないらしい。そういうところも...
「可愛いな、玲美は」
「もういいから、わかったからぁ!もうやめてぇ〜!」
玲美は首筋まで真っ赤にしながら、叫ぶ。それでも俺の手は硬く握って離さなかった。硬く...指を絡ませて離さなかった。その温もりが嬉しくて、俺はその手を愛おしそうに見つめた。この日が、俺たちが一緒に登校した最後の日になるなんて、このときの俺はまだ知らずに、学校への道を急いでいたんだ。
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「あ、玲美と寛洋くんおはよう〜...って!二人ともどうしたの!?」
教室に二人で入った途端、目の前にいたクラスメイトの女子が、大声で反応した。なぜなら、
「お前ら...付き合ってたの?」
「付き合ってないよ、何で?」
「いや、何でって言われても香松...お前純と恋人繋ぎして、登校してきてそれは無理があるぜ」
「え?そんなこと...」
そう言いながら玲美は自分の左手を見る。その瞬間だった。
「ひゃあっ!」
「おっと」
玲美は弾かれたように俺の手を離した。少し名残惜しさもあったが、これ以上やっていると周りの勢いに押されて付き合う...なんてことになりかねない。付き合うのは...あともう少し後、ちゃんと俺が気持ちを伝えてからじゃないと。
「二人って...確かにめっちゃ仲良かったけど...いつの間に付き合ってたの?」
「ねえねえ!どっちから告白したの!?」
「ああもう!まだ付き合ってないってば!」
「まだ?まだって言ったよ!じゃあ付き合う予定はあるんだ!」
「い、いやっそれは...」
玲美と仲が良い女子の二人が玲美を問い詰める。玲美が質問に答えないでいると、彼女たちはその光る目に俺を捉えた。
「寛洋くん!実際どうなの?玲美と...付き合ってるの?」
「教えて教えて!」
キラキラとした目で詰め寄ってくる二人、勢いにびっくりしながら俺は玲美に目配せする。玲美はハラハラとした表情でこちらの動向を伺っている。
「うん。玲美の言う通り付き合ってないよ。まだ、ね?」
そう言いながら、俺は玲美にウインクをする。刹那、玲美の頭から湯気が上がり、教室中から歓声が上がった。
「きゃ〜!今の見た!?完全に恋人同士じゃん!」
「純ってああいうこともするんだな...俺もちょっとドキッとしちまったぜ」
「ちょっと!?何やってんの!?」
あははははは!!
「こら、うるさいぞ!職員室まで響いているぞ!」
このときの俺達の笑い声は学校全体に響いて、全員こってりと担任の先生に絞られてしまった。いや〜誰のせいなんだろうね?
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「玲美、昼ご飯一緒に食べようよ」
「はいはい、いいよ。その代わり、あ〜んは無しね」
「えぇ〜ダメなの?そうか、玲美は恥ずかしがり屋さんだもんね。じゃあ仕方ないか」
「そんな安い挑発になんか乗らないわよ。もうただでさえかっこいいのに、今日は特に心臓に悪いんだから...これ以上は耐えられない...」
「え?今なんて?」
「っ!しまった!」
パッと口を抑える玲美。でも、そんな可愛いことしたって俺の記憶が飛ぶわけがない。
「ふ〜ん?」
「い、今のナシ!何も言ってないから!」
「へえ〜玲美俺のことそう思ってくれてたんだ?」
「ああもう!そうよ、かっこいいと思ってるわよ!これでいい!?」
「ふふ、嬉しいなぁ。ご褒美にあ〜んしてあげよう」
「っ!あ〜んは無しって言って...」
「あ〜ん」
「だから...」
「あ〜ん」
「絶対に!ダメだからぁ!」
あははははは!!
クラスに再び笑い声が響いた。教室の扉を担任の先生が再び勢いよく開けたのは言うまでもないだろう。
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「もう終わった...明日から学校行けないぃ...」
その日の放課後、俺達は一緒に家路をたどっている。教室を出るときは、ニヤニヤするクラスメイトに見送られた。事情を聞いた担任の先生も「青春だなぁ」と言いながら笑顔で手を振っていた。そんな中、玲美は頭を抱えて浮かない顔をしていた。
「どうしたの玲美?もうすぐ卒業式なのに学校行けないだなんて。悩みがあるなら聞くよ?」
「強いて言うなら君が悩みのタネかなぁ!?絶対わかってて聞いてるでしょそれ!」
「ははははは!」
「笑ったって誤魔化されないんだから!結局みんなの前であ〜んをし合うなんて...どこのバカップルよ!」
「まあまあ落ち着いて、玲美」
「お前が原因だよぉ!」
ぬわ〜!ときれいな髪をぐしゃぐしゃにしながら天を仰ぐ玲美。ふむ...可愛い。
「あ、それで思い出したけど弁当箱学校に忘れた」
「え〜忘れ物したの〜?」
「ごめん、先帰ってていいよ?」
「え...」
玲美を待たせるのも悪いと思い、玲美に声をかけておく。しかし、玲美は虚をつかれたといった様子で顔を上げた。
「ん?どうしたの?」
「いや、なんでもない、けど...。何でこんなときに限って無駄な優しさ見せるのよ...」
「何か言った?」
「い〜や?何も言ってないよ〜だ」
「ふ〜ん?」
腕を組んでツンとそっぽを向く彼女の横顔をじーっと見つめてやる。すると、数秒後にはすぐにぷるぷると震え始めて...
「わかったわよ!待っててあげるから早く行ってきて!」
「は〜い」
そう返事して、俺は弾む足取りで校舎へ向かった。
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教室の扉を開けると、そこには誰もおらず、俺の机の上に弁当箱が置かれていた。やはり教室に忘れていたのか。無事に忘れ物を回収した俺は踵を返し、来た道をまた戻っていく。その道中、廊下に差し込む眩しい夕日に目を細めながら、今日のことを思い返す。今日は心と口を阻むものがなにもないようだった。自分の気持ちが正直に言葉になって飛び出してしまう。それが...なんていうんだろう。嬉しい?いや、違うな。でも、心が満たされていくような...多幸感に溺れていくような...。なんて言葉に表現したらいいのだろうか。
「いや、言葉にするほうが野暮ってもんか」
俺は誰に向けるでもなく微笑みをこぼした。頭の中に浮かぶのは、愛しい彼女の色々な表情。今日はずっと顔が真っ赤だったな。いつもの元気いっぱいな顔も好きだけど、今日のような恥じらう顔も破壊力抜群だった。そんなことを考えていると、すぐにでも顔が見たくなってしまった。
「早く戻ろう!」
大好きな彼女のもとへ。俺の足は勝手に加速を始めていた。直後、何が起こるとも知らずに、満面の笑みをたたえて。
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「あ、やっと戻ってきた。遅いよ〜」
「ごめんごめん。うちの校舎広いからさ」
「まあ、それはわかる」
「でしょ...じゃ、帰ろうか」
「うん、そうだね」
どちらともなく手を握って、俺達は歩き始めた。手に感じるほっそりとした手の感触、肌で感じる君の体温、それらを感じるだけで胸が暖かくなっていく気がする。玲美の声が聞こえるだけで、君と同じ空気を吸っているだけで、全てが輝いているように見える。夕日に照らされた家の窓や行き交う人々の瞳、アクセサリー、バッグ...。頭も幸せという実感だけで埋め尽くされていって...
ビーーッ!ビーーッ!ビーーッ!ビーーッ!
「うわぁ!」
「わぁ!びっくりしたぁ。いきなりどうしたの?」
「はあはあ...」
「ねえってば、ねえ!どうしたの!」
突如、頭の中に突如大きな音が響いた。玲美のおかげでじんわりと暖まっていた体温が、急速に冷めていくのがわかる。全身に冷や汗が伝っていく。これは、何だ?何の音だ?違和感?危険信号?一体何に反応して...俺はすぐに目を閉じて思い出す。横で玲美が大きな声で話しかけてくれているが、今はそれどころじゃない。思い出せ。俺は何を感じた?さっきまでの五感情報を全て呼び起こす。玲美の手の感触、玲美の体温、玲美の声、玲美の匂い、それを感じるだけであたりが輝いているように見えて...家の窓、瞳、アクセサリー、バッグ...バッグ?バッグか!俺が思い出したその瞬間だった。
「死ねえええ!」
「っ!」
「きゃああ!」
突如、辺りに住宅街に見合わない怒声が響いた。振り返ると、そこには雑に投げられたバッグと、その持ち主であろう男性と...包丁!それが目に入った瞬間、俺の体は考えるよりずっと早く動いていた。それはただひとえに、この世で一番大好きな彼女を、守るために。
「玲美!!!」
「あァン!?」
俺は男の前に立ちふさがった。
グサリ ズブズブ...
「うっ、ぐふっ」
「なに、が...」
腹がとても熱い。腹の中に何かが割り入ってくる感触がする。
「ハッハハハハハハ!ざまあみやがれ!」
耳障りな笑い声が耳をつんざく。男は血走った目をぎょろりと動かした。
「ひっ」
そして、その目は俺の横に立つ、か弱い女子に向けられた。
「次はてめえだぜ...」
「ぐっは!」
「や、やめて...」
俺の腹から抜いた凶器をより強く握りしめて、歩み寄っていく。
「い、いやっ...こないで...」
「ハッハハハハハハ!怖いか?俺が!」
「...〜...〜〜〜〜」
「いたっ!」
あとずさりしていた玲美が、段差につまずいてしまう。それでも容赦なく男はゆっくりとその距離を詰めていく。
「いや、いやぁ!」
「運が悪かったなぁ?」
「...め...ろ、や...〜〜」
「来ないで!」
「俺の目についたことをあの世で悔いろや!」
「やめろおおおおぉ!!!」
俺は、体に残った力も血液も全て振り絞って、右足を振り抜いた。
「がっ...んだ、てめぇ...」
男の体は軽々と吹っ飛び、塀に勢いよくぶつけられた。その衝撃は、男の意識を確実に刈り取っていった。
「ぐっ、げほっげほっ!」
「だめ...だめだめ!ねえ!誰か、誰か!来てください!」
「何だ?ちょ、こりゃどういうことだ!」
「え!?ど、何が起こったの?」
「救急車を!救急車を呼んでください!」
「ああ、わかった!」
「みんな、この男を押さえとくぞ!」
辺りが...何か騒がしいな...人が、来てくれたのか?俺の体を誰か抱いてくれている感触がする。
「しっかりして!ねえ!」
「玲美...無事で良かった...」
「馬鹿!何で...ひぐっ...」
「うぅ...げほがはっ!げほげほげほ!」
「血が、止まらない...!」
お腹に圧迫感がある...玲美が、抑えてくれているのか?でも、もう多分これは...
「純...純!ダメだよ、死なないで!」
初めて...ちゃんと名前を呼んでくれたね。
「がっは...はあ...はあ...れ、み...ごほっ」
「純!ダメ...もう喋らないで!」
「多分...む、りだよ」
「諦めちゃダメ!ねえお願い!卒業式の後伝えたいことがあるんでしょ!?」
「...ああ、だから今、伝えるよ」
「え...」
そうだな...本当は俺も卒業式の後ちゃんとしたときに伝えたかったけど...そうも言ってられなさそうだ。
「...ぐっがは!...れみ......す、きだ...この世で...一番、す...きだ...ごほっごほ!...」
「私も純のことが大好きだよ!だから死なないで!純!私の隣に...ずっといてよ!」
玲美の顔が...悲しさに染まって、その目からは涙がとめどなく溢れている。はは...大好きな人に『好き』って言ってもらえて...こんなに俺のために泣いてくれている。俺は...幸せものだな。震える腕を、とてつもなく重い腕を持ち上げようと動かす。それに気づいた玲美が俺の腕を取る。俺は、指で玲美の目元を拭う。
「はは...そっか...玲美も、俺の......こ、とが...うれ、しい...よ」
とても嬉しいこの気持ちを、伝える元気は俺の体には残されておらず、力ない笑い声をこぼすしかなかった。
「...隣で...か。そうだ...な、......俺も...もっ...と.......一緒に...ぐっ...いたかった...」
「いたかった、じゃないわよ!だめ!嫌よ、いかないで!純ってば、ねえ!」
「そんな...悲しい顔、しない...でくれ...。俺は...れみ...の...笑ってる、かぉ...が、好きだ...から...」
「そんなの...!」
俺は体に残されたちっぽけな男のプライドで、口角を上げた。目には膜が張って、口角は震えている。俺の今できる最高で不格好な笑顔だった。
「わら...って、いて...」
「っ、ふぅっ...ひぐ、これで...いい?」
玲美も涙にまみれてくしゃくしゃな笑顔を見せた。それは俺と同じでとても不格好で...でも世界一...
「さい、こう...に...かわい...ぃよ............」
俺の腕がアスファルトにうちつけられる。
「純?純!?ねえ...だめ、よ。ダメ!純、目を覚まして!純!!!」
世界一大好きな人の声も、もう俺には届かず硬く閉じられたまぶたが開くことは、二度となかった。
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ん...ここは、どこ、だ?僕は恐らく...死んだはず。なら、ここは?あれ?おかしいな。この景色、見覚えがある。というかここ...!僕は走り出した。風も追いつけないほどの速度で、ある場所を目指す。そして、すぐに目的地が見えてきた。全速力で走ったのに、息が全く切れないが、そんなことはどうでもいい。僕は、目の前に現れたドアを開けようと手を伸ばした。
スルリ
「はっ!?」
しかし、その手になんの感触も感じなかった。驚いて僕は立ち止まってしまう。勘違いではないかと、もう一度ドアに触れる。だが、結果は同じで。僕は嫌でも理解してしまった。
「僕は...やっぱり死んだのか...」
この世に未練が残っているからだろうか。魂だけの存在、すなわち幽霊になってしまったということだ。まあいい。この際自分が幽霊でも、僕は彼女の様子を見たい。それだけだ。僕はゆっくりとドアを透過した。エントランスにでかでかと掲げられた看板には「卒業式」と書かれている。僕も本当なら玲美といっしょに卒業して...いや、たらればの話はやめよう。想像したところで現実は何も変わらない。僕は軽く深呼吸して、重厚な扉に手を伸ばした。扉を透過した瞬間、耳にしたのは「旅立ちの日に」だった。ちょうど卒業生が在校生に向けて合唱をしていたところだったらしい。僕は、舞台に続くレッドカーペットの上をゆっくりと歩きながら、舞台に視線を巡らせた。そして、見つけた。
「っ...!」
その瞬間、もうこの世には存在しない目から、流れるはずのない涙が流れた気がした。僕の視線の先の玲美は、笑っていた。柔らかな微笑みを浮かべながら、この先の未来に期待を膨らませているように「旅立ちの日に」を、感情豊かに歌っている。でも、僕にはわかる。その笑顔の裏に、深い悲しみが隠れていることに。口角をいくら上げようとも誤魔化せない、瞳の揺らぎがこの距離でも伝わってくる。あんな笑い方、今まで見たことがない。僕の遺言を守って笑顔でいるから?僕が死んだことをあんなにも悲しんでくれるから?違う。君にそんな顔をさせてしまった自分が悔しくて、僕はこの場にいる誰とも違う涙を、一人流し続けた。
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玲美にあんな顔をさせたのは、間違いなく僕のせいだ。でも、いやだからこそ、玲美を見ていられなくて、僕は会場を飛び出した。走って、走って。降りしきる雨の中、走り続けた。体に雨は当たらないのに、なぜか全身が冷え切っていた。それを自覚すると、また虚しくて。疲れを知らないこの体の激情に任せて、走り続けた。その時、突如僕の足が急ブレーキをかけた。いつの間にか閉じていた瞼を開け、顔を上げる。刹那、視界が鮮やかなピンクで覆い尽くされた。僕は驚いて、これはなんなんだと辺りを見回す。そして、ある場所に目が止まった。そこにあったのは、
「焔桜...」
僕が玲美に告白する場所として選んだ場所。恋愛に関するジンクスなんてものはない。ただ、樹齢千年とも言われるこの大樹は、神様が宿る神木ともいわれているとかなんとか。焔桜は普通の桜より一際色が鮮やかで、風で花びらが舞うと、それはまるで焔のように美しい景色を見せてくれるという。だが、今は生憎の雨天。その木が僕に美しい姿を見せることはない。
「そうか、僕はこの場所に未練があるのか。だから、ここに来てしまったのか」
僕はその木の下で、座り込んだ。頭の中に浮かぶのは、あの日のことだった。玲美を助けたことに後悔なんてない。でも、僕がもっと早く反応できていたら?もしも別の道から帰っていたら?忘れ物をせずに、家にそのまま帰っていたら?今も二人で笑っている未来があったかもしれない。
「全部僕のせいだ。僕のせいで玲美は...」
「...私のせいで純が...」
僕はその声が聞こえた瞬間、弾かれたように立ち上がった。聞き間違えるわけがない、この声は...僕が桜の木の裏を覗き込むと、
「純...あなたがいなかったら、私はどうすれば良いの...?」
びしょ濡れの制服で、木にもたれかかる玲美がいた。
「玲美!」
「なんで、こうなっちゃうかな。ちょっと前まで幸せの絶頂だなんて考えてた私がバカみたい」
「玲美!玲美!」
「はじめは親切心だった。一人でいる純が寂しそうな顔をしていたから。でも、一緒に過ごすうち、あなたに惹かれていった。さりげない優しさに、ふとした時に見せるかっこいいところを、気づけば好きになってた。私がいくら振り回したって笑ってついてきてくれた。いつも、私が純を引っ張ってると思ってたけど、違った。いつしか、あなたが私を支えてくれていたのね...」
「...」
僕は玲美の独白を黙って聞いていることしかできなかった。何かを口にするたび、痛々しい表情を見せる彼女に、僕の心もキリキリと締めつけられる気がした。
「あなたがいなくなって、私はこんなにも辛い。純がいなかったら何もできない。もう...なんで生きているのかもわからなくなっちゃった...」
玲美の命を守っただけで勝手に満足して、遺した言葉は彼女をかえって追い詰めている。僕は、あの日の「俺」が恨めしくて、今何もできていない「僕」が憎い。
「...ごめんね。あなたにせっかく助けてもらったのに、私はこんな命捨てたいと思ってしまう」
ついには、こんなことまで言わせることになってしまった。僕はその言葉を聞いた瞬間、自責と自己嫌悪で押しつぶされそうになった。しかし、泣き笑いを浮かべ、何か吹っ切れたような様子の玲美を見て、全てが吹き飛んだ。彼女はゆらりと立ち上がり、ゆっこりと歩を進め始めた。...まさか!
「ダメだ!」
「純に顔向けできないな。命懸けで助けてもらっといて、すぐにそっちに行くなんて。でも...もう無理だ」
「やめろ!行くな!ダメだ、玲美はまだ!くそっ!」
いくら手を伸ばしても僕の手は、何も掴めない。玲美が振り返ることも止まることもない。なあ神様!この木にいるんじゃないのかよ!いるなら助けてくれよ!人が死のうとするのを黙って見てるしかできないのか!ダメだ。ダメだ、ダメだ!玲美、
「玲美っ!」
「っ!」
その時だった。僕の手が玲美の右手を掴んだ。玲美は振り返り、目に入った光景が信じられないといった様子で目を見開いた。
「玲美、行っちゃダメだ...」
「...純。純...なの?」
僕はハッと顔を上げた。すると、玲美と目が合った。いつの間にか雨は止み、僕たちを日光が照らす。
「玲美」
「ほんとに、純なの?」
「ああ、そうだ」
「夢じゃないの...?それとも幻覚...?」
「違う」
玲美は目をごしごしとこする。しかし、目のの前の僕が消えることはなかった。
「...触れられる」
玲美の手が、僕の頬を撫でる。僕は彼女の手に自分の手を重ねた。
「純...温かい...」
「玲美に...僕の言葉が届く」
刹那、僕たちはどちらからともなく抱き合った。
「夢でも幻覚でもない。僕だ」
「...純...純〜!」
玲美が僕の首に手を回した。そして、強く、強く僕を抱きしめた。僕もそれに応えるように、腕に力を込めた。
「ごめんね。僕のせいで玲美を追い詰めて。あの時は僕も必死だったんだ」
そういうと、腕の中で玲美が首を振った。
「謝らないでよ...私のせいで純は死んだんだから」
「確かに僕は死んだ。でも、玲美のせいなんかじゃない。自分を追い詰めないでくれ。好きな人を守って死ぬのは本望だ...と言いたいけど、あんな顔をさせるつもりはなかったんだ」
「もしかして...卒業式見に来た?」
「うん」
玲美が体を動かし、僕の目を見つめた。
「笑っていてって言われたから、頑張ったんだけど...ごめん、無理だった」
「ううん。僕が無理を言ったのが悪かった。僕が逆の立場だったら、きっと笑うなんて無理だったと思うから。でもね」
そこで僕は言葉を一度区切った。一呼吸置いて、玲美の目を見て、言葉を続けた。
「やっぱり僕は、玲美にこの先も笑って生きてほしい」
「純...」
「僕のためにも、さ」
「うん...わかった。頑張ってみる」
目元を拭って、笑ってみせる玲美。その時、丘に一陣の風が吹き抜けた。その風は僕たちの髪を揺らし、焔桜を揺らした。刹那、辺りに大量の花びらが舞い、花びら一枚一枚が虹色に輝き始めた。
「これは...」
「虹色の...焔」
突如広がった光景に僕たちは目を奪われる。
「...きれいだね」
「うん...とってもきれい」
示し合わせたわけでもないのに、僕たちは同時にお互いを見た。その時、玲美が目を見開いた。
「純!体が...」
「体?」
僕は腕を持ち上げ、その腕を見る。すると、その腕は少しずつ色をなくしていっていた。
「あぁ、もう時間が来た、ということかな」
「純!」
玲美がもう一度僕の体にしがみつく。僕も彼女の小さな体を抱きしめかえす。
「ごめん。僕ももっと一緒にいたいんだけど...。あまりわがままは言えないからな」
「うん...」
「玲美、頑張れる?」
「っ...うん!」
玲美は袖でこぼれる涙を拭き、満面の笑みを浮かべた。
「世界一、可愛いよ」
「ふふっ、ありがと」
二人で笑みを交わし合う。その笑みに、もう陰りはない。清々しい、とは言えないかもしれない。それでも、今地球上で確かに一番輝く笑顔だった。
「玲美...大好きだよ。世界で一番、君のことを愛してる。君と過ごした時間は僕の人生で一番の幸福な時間だった。これからはここで、君のことを見守ることにするよ」
「私も純のことが大好き!純と出会えたことが私の人生最大の奇跡だよ。だから、ありがとう。私を守ってくれて。私、頑張るから、これからも見守っててね?」
「ああ。ずっと見ているよ。寂しくなったり、辛いことがあればこの桜の木の下に逃げてきたって良いんだよ?見えなくても、ずっとそばにいてあげるから」
「うん。ありがとう。じゃあ、ばいばいじゃなくてまたねがいいかな?」
「ふふっ、そうだね。じゃあ」
「「またね」」
僕の体は少しずつ粒子になって、焔桜の幹に溶け込んでいく。僕の魂は、多幸感に包まれながらゆっくりと眠りについていく。次に君がこの木の下に訪れるその時まで。君に神の加護があらんことを。僕と君の気持ちを抱えた焔桜は、僕の目から流れる雫のように、この先も儚く輝き続ける。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、「伝えたい想いは、伝えられるうちに伝えてほしい」という気持ちを込めて書きました。
純は大切な人を守ることを選び、玲美はその想いを受け取って前へ進むことを選びます。悲しい出来事から始まる物語ですが、最後は「別れ」ではなく「またね」で締めくくりたいと思い、このラストにしました。
書いている途中は、事件の場面や別れの場面が本当に苦しく、自分でも何度か手が止まりました。普段はあまり重い展開を書くことがないので、思い描いたものを文章にする難しさも強く感じました。それでも、二人には最後だけは笑顔でいてほしい。その一心で最後まで書き上げました。
この作品が、少しでも皆さんの心に残る物語になっていたら、とても嬉しいです。
感想やコメントをいただけると、今後の創作活動の励みになります。
また、この作品をきっかけに僕に興味を持ってくださった方は、現在連載中の『お人好し高校生、猫系美少女を助けたら俺だけの忠犬になって、俺は「ご主人様」になりました』も、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。
それでは、またどこかの物語でお会いしましょう。本当にありがとうございました。




