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俺は恋をしちまったらしい

朝起きるとまずそいつの顔が浮かぶ。

ちゃんと飯食ってのか、変な男にまた貢いでやしないかと心配になる

もっとそいつのことが知りたいし、もっと俺のことを知って欲しい。

5分に1回はそいつのことを考え、ソワソワしちまって

煙草の本数が増えた。

情けねぇ、叶わない思いだとわかっちゃいるのに。


俺は所謂ヤクザだ。

ヤクザが肩に風切って街中を歩き回った時代は終わり

今や堅気にヤクザと言っただけでお縄になる肩身の狭い

時代だ。

それでもただのチンピラだった俺が今や兄貴と慕われ、

そこそこの暮らしが出来ているのも大恩ある親父のおかげだ。

親父を最初に見たときはヤクザだと分からなった。

どこにでもいる、しなびたおっさんに見えた。

普通に一人で定食、食ってたしな

何となく話すようになって、つい天涯孤独の身の上や

仕事がなくなりそうだと話しているうちに、

組に誘われ今に至る。

運が良かったのは俺が組に入ってから数年で組がどんどん大きくなり

関東の極道と言えばうちの名が挙がるようになったことだ。

ただ、親父は組が大きくなるにつれ顔に険が増し

今や、どっからどうみてもヤクザになっちまった。

まぁ俺もどっからどう見てもヤクザなんだがな。

寂しさはあったが恩が無くなった訳じゃない、

報いる為に俺は一生懸命に組の為働いた。

俺の主な仕事は集金だった、カタにはめたやつから金をむしり取る役

俺は体格が良かったので見込まれた形だ。

最初に教わったのが、あいつらは人じゃないゴミだという言葉と

死なない殴り方。

心が痛んだが、いろんなやつを見ていくうちにそれもなくなった。

俺が言うのもなんだが大抵ろくな奴じゃない。

可愛そうな身の上だと真剣に同情していたら全部嘘だったなどザラだ。

普通に生きていれば闇金に手を出して、うちから追い込みかけられることは

無いので当たり前と言えば当たり前だが。

やり始めの頃は、そいつらに騙されたり、若気の至りで無茶もやったが

徐々に慣れ、わざわざ大声で喚かなくても金が出てくるようになった。

立場も変わり、辰の兄貴と慕ってくれる子分を連れるようになった頃

そいつと出会った、典型的にカタに嵌った女で、名はユキと言った。

ホスト狂いの末、闇に手を出したらしい。

ユキを見た瞬間、電撃が走った、一目惚れだ。

こんな上玉見たことがない、元№1キャバ嬢と言うのもうなずける。

気が強そうなのにどこか儚げで、守ってやりたいと思った。


その日からユキの所の集金には必ず俺が行った。

日に日にやつれていく彼女の姿を見るのは辛かったが、

何も声をかけることは出来なかった。

正直、カタに嵌めた女、今の俺の立場ならどうとでも出来る。

過去、実際にそうした女も一人や二人じゃない。

だがユキにはそれがどうしても出来なった。

ユキが働いている店や、通っているホストクラブ、貢いでる相手。

そんなのをこそこそ調べるので精一杯だった。

しかしあいつのどこがいいのだろうか、借金してまで貢ぐ相手か?

ユキが借金させて貢がせる方だろうに

ユキは親父がよく通っていたキャバクラの№1だったのだ。

俺も何度か連れて行ってもらったことがある。

親父が姉さんと結婚してキャバクラ通いを止めてから、

ユキが入って来たので俺はその店で

働いていたユキを見たことは無かったが、あの高級店で一番であったなら

それこそ親父以上の玉の輿に乗れたはずだ。

しかしユキは№1になった直後からめっきりやる気が無くなり、

ホストクラブに通い出した。

ママ曰く、目標が無くなったと落ち込んでいたユキを元気付けれればと思い

紹介したが間違いだった悪いことをしたと今でも思っているそうだ。

そのうち、遅刻や素行の悪さが目立ち始め、クビにするほか無かった。

ただママも罪悪感あってか、知り合いの店を紹介しそこでユキは今でも働いてる。


それから数か月たって、結局俺はユキに思いを告げることも手を出すことも

助けることもしちゃいない。

ユキはとうとうキャバの稼ぎだけではどうにもならず、

泡に沈められていた。

うちに所縁のある店で、見た目の良さから待遇は良かったが

そこまでいっても静観している自分が情けねぇ。

店の稼ぎから直接回収になり、ユキに会うことも無くなった。

かといって店に客として行く勇気もねぇ。

いつから俺はこんな小便くせぇガキになったんだ。

唯一の救いはユキがホスト通いを止めたことだ、

ユキに何もしてやれないならせめてホストをと思いユキにもう近づくなと

追い込みをかけた。

ホストが店を辞めてから、ユキがそれを苦に思って首くくるなんてことにならねぇかと

心配になったが、ユキは存外そのホスト自体に興味が無かったらしく。

あっさりとホスト通いも止めちまった。

借金までして嵌っていたホスト通いもあっさり止めたのが以外で、読めねぇと思ったが安心した。

これでユキはあと数年もすれば綺麗な体になれるだろう。

そんとき改めて会ってみよう。取り立てじゃなくて普通に、

そんな俺らしくない、いや俺らしいことを考えていたが

再会の機会はすぐに訪れることになる。


「兄貴、人を殺したことがありますか。」

もう俺の子分になって長い昭雄が突然聞いてきた。

「ねぇよ、言ったろ殺さねぇのがプロだって」

「はは・・・そうっすよね。」

「どうした?殺っちまったのか?」

「いや、まだなすけど叔父貴に殺って来いって命令されて。」

殺しなんて馬鹿のすることだと言っていた叔父貴が

今の時代殺しなんて厄介なだけで一円にもならん。

どうも信じられん

「冗談だろ、誰をだよ。島の取り合いだってしてねぇのに。」

「ユキさんです。」

「は?」

こいつは何を言ってるんだ、思わず殴りそうになった。

「意味が分からねぇ、ちゃんとやってるあいつがどうして殺されなきゃならね」

昭雄にあたってもしかたがねぇことは頭では分かっていたが、

俺はそう言って昭雄の胸倉をつかんでいた。

「俺だって分かんないっすよ、ただ姉御の命令みたいで。」

「姉御の?」

そこでやっと死にそうな顔の昭雄に気が付く、

大好きな姉御の役に立ちたい、でも人を殺す勇気がない、しかも

知り合いだ。俺がユキに熱を上げてるのも知ってる。

こいつはマジで一杯一杯なんだ。

そこでやっと落ち着けた、いや腸は煮えくり返っているが頭は動くようになった。

「昭雄、よく話してくれた。頼む、お前に迷惑はかけねぇこの件俺に預けてくれ。」

「そんな頭上げて下さい。臆病者俺は最初から兄貴に丸投げしようとしてたんです。

頭下げてもらうような価値、俺にはありません。」


昭雄はその代わり、自分に出来ることがあれば何でも言って下さい。

と言ってくれた。

それから、昭雄の知っていること全てを聞いた。どう始末をつけるかも

一番厄介なのはこの命令元が姉御だということだ、うちの組で

姉御に心酔している奴は多い、あの叔父貴でさえそうだ。

顔見知りで近づきやすいだろうと昭雄が選ばれたが、昭雄が殺らなくても

別の誰かが喜んで殺るだろう。

うちは関東でも一番と言われる組だ。変に逃亡生活などしてもいい結果にはならないだろう

昭雄にユキを逃がす時間を作ってもらい

その間に、姉御と直に話て、殺す命令を取り下げてもらう。

どうも姉御が一個人に殺す程興味を持ってるとは思えねぇ


そうと決まればまずユキの家に行こう、こんな再開は不本意だが

そうも言ってられねぇ

今日は非番のはずだ、家にいてくれるといいが、

ユキの住んでいるアパートには着いた頃には辺りは暗くなっていた。

幸いなことにユキの部屋の窓からは明かりが漏れている。

この扉の前に立つのも一月ぶりだ、俺のこと覚えてるだろうか、

話を聞いてくれるだろうか、ええい、時間がねぇ

ままよと押した間延びしたチャイム音が嫌に聞こえる心臓の音と重なった。

返事がない。もう一度押す。また無反応。

さっきとは違う理由で心臓が暴れる。

思わずドアをたたき、叫んでいた。

頼む生きていてくれ。

何度目かの時、扉の鍵が開く音がした。

我慢できず半ば押し入る形で扉を開ける。

そこにはユキがいた。

ユキの顔を見た途端、考えていてセリフは吹き飛び。

逃げようと大声で言っていた。

ユキはまるで子ウサギのように震えていた。

しまった、怖がらせてどうする。

言葉が出ず、再度怖がらせないよう丁寧にここから逃げようと言ったら

意味が分からないと言われてしまった。

そりゃそうだ、いきなり俺に逃げようと言われても困惑するだろう。

俺は馬鹿だから、とにかく正直に話そう、

それで信じえ貰うしかない。

姉さんの指示だと話した時点で顔色が変わった。

そういえば、少しとはいえ同じ店で働いていたんだ、ショックだろう。

ここだけでも隠せばよかったと自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしていると

ユキが笑い出した。

冗談だと思ったのか?決して嘘ではないと伝えようと言葉を出そうとしたが

出なかった。

ユキはまるで子供のように無邪気に笑っていた。

今までずっと、狭い檻の中にいた兎が、

地平線の先まで真っ青な草原に降りたった時のようにはしゃぐ。

綺麗だった、きっとこれがユキの本当の姿。

美しく妖艶なのに、どこまでも無邪気で幼い。

自由に飛び回る兎を見て、邪魔をしないよう

俺は小さく好きだとつぶやいた。

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