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とある一枚の虎の毛皮。

その毛皮は実に見事なものであった。

毛並みは艶やかで美しくまるで、今まさに毛皮になったのではと

思わんばかり。

一撫ですれば、その美しさに魅了され、この虎生前の体温と息遣いを

幻視してしまう。

何より既に虎本来のものでないはずの目が、

自分を確かに見ていると思わせるのである。


この虎の毛皮、その素晴らしさから多くの権力者の元を渡り歩いてきた。

頭目や首領、異国の元首、マフィアのボス、フィクサー

この毛皮を持つ者、富と権力に恵まれるとうわさがあり、特に脛に傷をもつような

者に好まれた。


今は関東随一のヤクザである、山田組の組長がこの毛皮の持ち主である。

山田組が関東一と呼ばれるようになったのは、ここ数年のことで

組長である、山田 徳一郎が毛皮を手に入れてからのことであった。


「見事な毛皮だ」

山田は、一人自室で件の毛皮を見ながらそう独りごちた。

ここ最近は、自室で毛皮を見ながら、ヴィンテージワインを開けるのが

山田の日課となっている。

この毛皮を手に入れてから、山田の人生はまさに鰻登り。

大手の二次団体でしかなかったはずの組はあれよあれよという間に

関東で知らぬ者無しと言える程の組となった。

欲しいと思った物は、全てこの手にすることが出来た。

その中でも、一番と言えば嫁の恵だ。

昔の自分であったら見向きもされなかっただろう、それ程にいい女だ。

この毛皮の力は本物だと自分の底を知っている山田は思う。

「虎の威を借りるとはことかもしれないな・・・」


借りた物は返すというのが世の常識。

この毛皮にはもう一つある噂が付きまとっていた

曰く勝利をもたらした虎は代わりに命を頂いていく。

この毛皮を手に入れた者は、手に入れて数年で死している者が多い。

この噂、最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた、

唯の売り文句を大仰にしているだけだと

毛皮を見つけたのもただの偶然であったし、

そもそもカビの生えたような骨董品屋の一角に置いてあったような物

これが富や権力をもたらすという噂すら信じてはいなかった。

素晴らしい毛皮だったので、

少しばかり無理して手に入れたまでだ。

そもそも毛皮などある程度金が無いと手に入らない、

そうなればそもそも富と権力を持っている者ではないか、

その人間の飛躍など遅かれ早かれ起こっていたこと

死に関しても、人はいづれ死ぬ、金持ちや権力者の死が一般人より目立つ

と言うだけだ、多かれ少なかれ持っている者は恨まれるものだしな。

本当にそうなら、そもそもわしなんかが手に入れられるものでないと思った。

それこそ本家の親父殿が持っているべきものだ。

所詮うわさはうわさ、そんなものに期待や恐怖を感じる年齢でもない。

そう思っていたんだが、こと今となっては信じるほかない。

この虎の毛皮は確かにわしに富と権力をもたらした。

普通ではありえないのだ、わしの器ではない。

とすれば死の方も本当なのであろう。

最初は怖くなかった、もう若くはない、次代に託すことしか考えて無かった

最後の戯れで買った毛皮がもたらしたものがわしに欲を与えた。

まだ生きていたい、好きな物を食い、好きな物を飲み、恵を抱きたい。

あきらめていた自分の子も欲しい。

死ぬのが恐ろしい。

問題は虎の毛皮がどうわしに死をもたらすのかさっぱり分からないという点だ。

疑心にかられ組の者すら近寄らせていない。

組を継がせようと思っていた一番の腹心などは

わしが子を作りその子に組をと思い始めてから

忌まわしいと思う心が透けて見えたか、わしに対する忠誠心は無くなり

今や一番の敵であると言える。

死は確かにわしの周りをくるくると回り始めている。

虎の静かな唸り声が耳元で聞こえるようだった。


早く売り払ってしまいたい、いや誰かにやってもいい。

一度試そうとしたことはある。その時は大事な取引が頓挫しかけ

わしどころか組の存亡も危ぶまれ慌てて取り戻したのだ。

やはり無理か、ならばせめて子が出来るまで生きてやる。

子が出来ればその子と恵にわしの全てをやれる。

まだわしはわしの望む全てを貰ってないぞと虎を睨みつける。

睨みつける、そこにいる虎を

そうそこには虎がいた、毛皮ではない、本物のまごうことなき虎。

聞いていない、それは反則だろう。

よもやそれそのものなど誰が想像できる。

虎は鷹揚な歩みで近づいてくる。

虎の一挙手一投足、目線の動き一つ一つに冷汗が出る。

既に喉元にかみつかれている気分だ。

「わしで遊んで、おもしろいか」

緊張がピークに達し、よく自分は立っているものだと

生まれて初めて自分自身を褒めたとき、

虎が大きく一歩前に歩みを進めた。

それだけで、先ほどの称賛の気持ちは霧散し、

無様な悲鳴を上げ、逃げ出そうとした時、何かに足を取られ・・・・


一代で山口組を関東有数の組織にした。

山田 徳一郎は死んだ。

人の死とは分からないもので、

次代の寵児と言われた男は酔っぱらった末

自室に転がっていたワインの瓶でつまずき

頭を強く打って死んだのである。

この恥ずかしい死に組の者は事実を公にすることが出来ず。

病死と発表している。

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