丑
何の気なしに私の生まれた時からの写真を流し見る、まん丸の肉団子のよう。
どうやら私に痩せていた時はないようで
変化といえば、年齢が上がるにつれて端の目立たないところに移動している点ぐらい。
私が人生で一番目立たないようにしていた高校の時の写真に目が止まった。
写真の中央では華々しく笑っている女が映っている。
写真を抜き取りいつも外で控えている男を呼び渡す、
「この真ん中の女殺してきてくれない?」
男は逡巡した様子だったが、写真を受け取るとそのまま出て行った。
冗談だったのに、行っちゃった。
小さいころから何かにつけて体型については言われた。
小学生の頃は心無い男子から豚だの牛だの、
特に私は胸が大きかったので、搾乳体験以降はホルスタインや牛と言われることが多かった。
その時から私の顔には笑顔が張り付くようになる。
笑ってさえいれば、ニコニコしてさえいればきっと大丈夫。現に男子はそれ以上私をけなすことは無かった。
男子の目が変わったのは中学からだ、
男の子達が私の胸を見ているのは分かっていた。
ちょっと嫌だったけど、それでもニコニコしていた。
そしたら何故か、女子たちの目も変わっていた、
いつ私が男子に色目を使ったというのだろうか、散々陰口を叩かれた。
ただ陰口で終わるなら可愛いものだと知ったのは高校に入ってからだった。
環境を変えたかった私は
私のことを知っている人が一人もいないよう登校に一時間かかる高校を選び、
人目を避けるように度の入っていない眼鏡をかけ始め、
より牛に拍車のかかった私の高校生活は無難にスタートした。
対応に困ると笑ってごまかす癖は抜けなかったが努めて男子との係わりを絶ったのが良かったのか
それなりに話す友達も出来た。
これで大丈夫、私の望んでいる高校生活を送ることが出来る。そう思っていた。
その女に目を付けられたのは一学期も終盤に入り、やっと期末試験から解放された解放感も
夏の始まりを感じさせる蒸し暑さにかき消された頃だった。
名前はサキだったかユキだったか覚えていない、手足が細く、目が大きい
とてもかわいい子だった。
いつもクラスの中心で注目の的だった。
男子は彼女に気に入られようと必死だし、女子は彼女に嫌われないよう必死だった。
私とは何から何まで真逆の人間。同じクラスとはいえ係わることのない人間。
そのはずだったのにその女は私に興味を持った。
いつもと変わらない日だったように思う、いつも通り、帰り支度をしている私の机の前にその女は立った。
「どうして、度の入っていない眼鏡をかけているの?とればいいのに」
私は笑っていたように思う、どうしてと言われても困る。
「おしゃれの為?だったらもっと可愛い眼鏡にしなよ、なんならかそうか?」
「いや、そんなの悪いし・・・」
そう返すので精一杯だった。
「そう、でも絶対、取ったほうが可愛いよ」
私は褒められているんだろう、それは分かる、
こういう時に相手を褒め返さないといけないと中学で学んでいる。
「ありがとう、貴女もウサギさんみたいでかわいいと思う。」
どうやらこれが間違っていたらしく、女は大きな目で瞬間私を睨みつけたと思ったら
そのまま取り巻きと去っていった。
この日より私の生活は一変する。
普通の高校生活を送りたいという私の慎ましい願いはいじめのテンプレートで塗りつぶされた。
中学の頃は、悪口を言われても笑っている私にいじめ甲斐が無くなるのか
大体、直ぐに終息したのだが、その女には燃料でしか無かったようで、
学年が変わっても、クラスが変わっても、女がクラスの中心から学校の中心に変わっても、
私にご執心だった。
ささやかにいた友達も早々に消え去り、陰ながら私を救おうとしていた男子の幾人かも淘汰された。
元々、自分の定義を持っていない私は、私の人生により他人事になっていった。
私を救おうとした男子など、いじめを加速する為に用意されたのではと面白かったぐらいだ。
それなりに色々あった三年間だったが、ついぞ女が直接私をいじめることは無かった。
話したのも、全てが変わったあの日に一度のみだ。
もはや自分がいじめられていることにすら無関心になっていたが、
そのことだけ僅かにイラっとしたのを覚えている。
卒業後は家を出て一人暮らしを始めた、大学に行かなかった。
両親には何の相談もなしに決めた。
私がいじめられていたのを知っていて、何も言えない気弱な両親だ。
私の決めた事に文句を言うはずもなく、私と似たような顔でほほ笑むだけだった。
一人暮らしは気楽そのものでやっと人生が始まったような気がした。
お金が欲しくて、キャバで働きだした。
私にあっていたようで、もはや私の顔といってもいい張り付いた笑顔もこの体も武器になった。
男と寝ることも私は苦に思わなかったので、そう時間もかからぬ内にお店で一番になった。
幸運だったのは、店が実力主義で妬みや嫉妬よりも尊敬されたこと。
中学、高校の境遇は同情すらされた。
ここでは男に色目を使って稼ぐ、それこそが価値だった。
働いて数年がたちお酒の飲み方も覚え、グレードの高い店に移り、
私の人生で一番充実していた頃に、今の旦那と出会った。
主人は所謂やくざだ。関東でも有数の組の組長らしい。
求婚してくる客は沢山いた、その中でお世辞にも顔は良くはなく、
年齢も30ぐらい離れている主人を選んだのは、お金もあるが
その暴力に惹かれたからだ。
その圧倒的な暴力、望めば人ひとり消すことなど造作もない力に。
そして、今
結婚して五年になる。主人の部下も私に良くしてくれている。
主人も元気なもので今だに週一ペースで誘われる。
あの女は死ぬんだろうか。そりゃ死ぬか、私が命令したんだし。
恨むなら律義にアルバムなんてとっていた家の両親を恨んで欲しい。
興味本位で使ったことの無い力を使ってみるなんて誰でもすることじゃない?
窓からは暖かな日の光が注いでいる。このぐらいがいい、蒸し暑いのは好きではない。
何とも眠気を誘うのどかな一日だ。
私は、ゆっくり背を伸ばしながら大きくあくびをした。