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一匹の鼠が、ゆっくりと歩いている。

ここは暗く閉鎖された空間である。

ただここで生まれ育った彼の足取りは確かなものであった。

皆が彼を見ていた、それでも臆することなく

彼は悲しき丘に登っていく。

その丘はかつて家族だったもの、彼らの悲しみの記憶。

彼はその頂上にて皆に、生きている家族達に語りかけた。

「もう終わりにしよう。」


鼠達はもう長いことこの倉庫で暮らしている。

先祖達がこの倉庫を見つけたときここは天国だったそうだ。

豊富にある食糧、外とは違い危険も無く、寒さに凍えることも無い。

生活の拠点となってから瞬く間に数を増やしていった。

そして数も相当になってから鼠達は違和感に気が付く

どうしてこんなにも同胞がいる?

食料も少なくなってきているのになぜ皆この倉庫にとどまっている?

確かに快適ではあった、しかしそれは昔のこと

今や、同胞犇めくこの空間は住み良いとは言えない、

なのに、一匹としてこの倉庫から出ていない。

ここで生まれここしか知らないものの方が多い、

出て次の住処を探そうと思うのは必然のはずなのになぜ

答えは単純でこの倉庫から出ることが出来ない

入るのは容易いのに出ることが出来ない。

確かに頑丈だとは思うが我々の歯で破ることが出来ないほどでは

無いはずの倉庫。

しかし一匹たりとも出ることが出来ない。

戸惑いや焦りがじわじわと広がっていく、発狂しなかったのは

この原因にどの鼠も心当たりがあったからだ。


この倉庫には王がいる。

倉庫の最奥に虎が一匹鎮座しているのである。

この虎は先祖に非常に寛容であったらしい、

自らの縄張りであるはずの倉庫に侵入した先祖達を受け入れ

あまつさえ人間が残した備蓄と呼ばれる

食い物や水の場所を教え下さったそうだ。

自分達の幸運を喜んだ。

我ら一生貴方様についていくと誓います。

そう誓った。

誓いが呪いであった、気が付いた時にはもう手遅れ

皆が悟ったもう出ることは出来ないのだと。


もう出ることが出来ないと分かった後、問題になったのが

食料問題だった。

あまりに増え過ぎた同胞を食わすあてがない。

このままでは数日と持たない。

既に飢えている者もいるのだ。

幸か不幸か水を得る手段はあった、雨水が滴る場所があるのだ。

鼠達はそれを倉庫内のあった瓶に溜め飲料水とした。

贅沢出来る量ではないし、天に頼らざるを得ないが無いよりましと言えた。


鼠達は必死に考えた、自分たちが出ることは出来ないが、外部にいる

他の鼠と交流できないかとか、雨水が滴るなら

そこから何か得られないか、倉庫内に口に他に口に出来そうなものはないか

虎に許してもらうことは出来ないか、虎を殺すことは出来ないか


結果から言うと全て失敗に終わった、

外部の鼠は頭が悪いのかこちらの意図を全く組みとってくれなかった。

それどころか危険だと言って倉庫に入ってくる鼠もいた。

雨水が滴る元はどう探しても見つからなかった。

口に出来そうだった、木や段ボールは食いつくしていて、残るは鉄等は

とても食べれるものではなかった。

勇気ある者が代表となって虎と掛け合ったが

虎は与えただけだ、許すような罪は汝らにないと言った。

ただ襲い掛かった者の命は刈り取った。


虎は刈り取った骸を食べようとはしなかった、

そもそも虎が何かを食べたり飲んだりしている所を

見たことがない、そんなものは虎には必要ないのだろう。


目の前にあるのは家族だったものの塊、

飢えた彼らには新鮮な肉にしか見えなかった。


そこから幾日も時が過ぎ去っている。

彼が立つ丘がその時を示してる。

まさに骨の髄まで喰らわれているため原形などない、

残りかすで出来た丘。

それでもこの丘に彼の曾祖母、両親が眠っている。

皆の家族が眠っている。


あの時より出来た掟、子を生し、育て、伝え、老いれば

次の世代の糧となる。

それをずっと続けてきた。

子供の時食べた肉は曾祖母だった、子供の頃は疑問に思わなかった、だってそれが普通だったから

でも、これは間違っている。

自分の子に両親の肉を食べさせている時に思った。

こんなはずはない、こんなものが我々の当たり前であってたまるか

だから俺はこの丘に登って皆に語りかける。

「もう終わりにしよう。」

「俺の下にあるのは何だ、ゴミの山か?違う家族だ。」

「皆は、子に両親の肉を与え、美味しいと言った子供の

顔を見てそれはおじいちゃん、おばちゃんなんだよって笑顔で言えたか?」

「これから、それを子供達にしろと言えるか?」

「本当にこの世界が正しいと思うか?」

「もう終わりにしよう。俺たちの手で。」

「虎は与えるものだ、ならそれを返しに行こう。」

「返しもしないで許してもらおうと思ったのが間違いだ。

虎がくれたのは食料。」

「俺たちは今、次の世代の食料と言える。なら俺達の世代全員の命を虎に捧げればそれは返したことにならないか?」

「どのみち失敗しても、虎は俺たちを喰わない。死ぬのが少し早くなるだけだ。」

「俺は運命に抗いたい、伝え聞いた外の世界を子に見せてやりたい。」

「だから俺と一緒に死んでくれ!!」

反応はない、そりゃそうだ。こんな荒唐無稽な話聞いてくれただけありがたい。俺は無力だ・・・とうなだれた次の瞬間

「うおおおおおおおおおおおお!!!!!」

湧きあがった歓声で倉庫が揺れた。

皆も同じ気持ちだったのだ、これは間違っていると心の奥底では思っていた。

だが皆が従っている掟、皆を子を生かす為のルール

それを違うと言えなかった、自分だけ従いたくないと言える訳がなかった。

ただ思いは一緒だったのだ。

変えたい、子に明るい未来をあげたい

丘の上に立つ勇気ある一匹の鼠が声に出してくれた、思いを形にしてくれた

なら止まる必要などない。

変えよう、救おう、死んでやろう未来の為に

数万に及ぶ鼠達の心が一つになった。

彼は一様に吠える皆を見て

その心を知って、ただ涙した。

興奮の波の終わりに、彼の生涯で最後の言葉

「さぁ行こう。」

それを聞いた全ての鼠達が一点を見つめた

そこは虎が座する最奥。

絶望に幽鬼のような表情だった彼らは

どこか満ち足りた表情へと変わっていた。

これからも続く絶望の為に死するのではなく、

希望の為に死ぬことが出来る。

こんなに自分を誇らしいと思ったことはない。

彼らの踏み出した一歩は力強かった。

しかし倉庫に轟いた生涯で聞いたことの無い音によって

誰も二歩目を踏むことが無かった。

音の先は、もはやどうなっているかも分からない。

見えないのだ、こんなに強い光を彼らは見たことがない。

それでも鼻孔に届いた新鮮な空気の臭い。

誰もが思った外だと

逃げることが出来る、その事実を脳がとらえた瞬間

鼠達の本能が決壊した。

皆、我先にと唯一の出口に向かって走り出した。

そこに先ほどの決意も家族の情もない

あの丘で皆に語った鼠ですら押しのけるように出口に向かっている。


ただの獣となり下がった鼠どもを冷たい目で虎は見送る。

確かに返して貰った。

人間の置いていった食料など虎のあずかり知るところではない。

虎が、鼠に与えたのは知性であった。

輪をなして一先ず完結です。もしかしたら、牛、虎と書くやも

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